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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇二年

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65/336

65.第二十五次防衛戦 小和泉始動

二二〇二年十一月二十五日 一六五八 KYT 居住区下層部


小和泉は鉄狼を探し求め、日本軍の攻撃が始まっていない居住区を彷徨っていた。

総司令部より鉄狼発見の報せと座標を送って来るが、すでに移動した後か見間違いか、中々鉄狼と接触することができなかった。

何せ、激しい銃砲撃が行われている最前線を迂回し、月人に見つからぬ様に隠密行動を取っている為、早い移動が難しかった。

―さて、本日五か所目は当たりかな。―

小和泉は、鉄狼に出会えなくとも気にしていなかった。この広い戦場ですぐに遭遇することなどあり得ないと考えていた。

大樹に偽装された排気筒に潜り込み、排気口の隙間から周囲をファイバースコープで索敵する。

近くのアパートの二階から金属が反射する光を捉えた。スコープの倍率を上げていくと、窓の内側で長剣をかざす兎女の姿が見えた。逃げ遅れた若い女がパイプ椅子を振り回し抵抗している。

他の部屋を見ると状況は似たようなものだった。

襲っているのが狼男か兎女。襲われているのが男か女か。その違いしかない。

―今から助けに行っても間に合わないかな。敵は分隊規模が、各部屋に分散しているね。ならば狩りましょうか。さて、鉄狼は居るかな。―

小和泉は、素早く総司令部に物理キーボードで信号を送る。

『宛 総司令部。

発 特科隊 小和泉大尉。

建物に強行偵察す。目標部分への攻撃は控えられたし。』

総司令部の返信を待たず、目標のアパートへと影の中を静かに近づいていった。

「総司令部、了解。戦果を期待す。」

換気塔を降りた頃に総司令部より返信が入った。


アパートの壁面には、通信ケーブルを通したパイプが地中から三階までの各階に通じていた。小和泉はパイプの強度を確認した。何度か強めに揺すってみるが、ビクともしなかった。

―これならば、僕を支えられるかな。―

小和泉は、パイプを掴むとスムースに壁面を登っていく。建物の階段を使用し挟み撃ちに遭うよりも、落下の危険性はあるがこちらが安全だと判断した。

音も無く易々と三階まで登り、ファイバースコープを使いベランダから室内を覗き込む。

一匹の狼男が住人を蹂躙していた。この部屋に何人居たか分からない程、肉塊にされていた。それでも狼男は一心不乱に肉塊をかき集めては、拳を振るう事に熱中していた。

小和泉は、静かにベランダに降り立ち、窓ガラスが割れたサッシをくぐり抜け室内に入り込む。

小和泉がガラスを踏んでも割れず音もしなかった。錺流武術の歩法だった。小和泉は、実際にはガラスを踏んではいない。足裏全体が床に接している様に見えるが、実際にはつま先だけが床に接している。音が鳴る物が無い狭い範囲に歩みを進めていた。

室内の生物は、目前の狼男の背中だけだった。他の月人は居ない。小和泉は、自然な動きで狼男の背後に近づき、銃剣を肩甲骨の裏に刺し入れ、心臓を抉った。

狼男は、全身を痙攣させ前方の肉塊へと倒れていこうとするが、小和泉は首を掴み音が出ぬ様にゆっくりと床へと降ろした。


―さて、まずは一匹か。―

小和泉は温度センサーを起動させ、隣室や階下を見渡す。

各部屋にそれぞれ二~四個の熱源が感知された。

―複合装甲の温度センサーでは、人間か月人かの判断はつかないな。装甲車や戦車に搭載される様な大型の物であれば、区別はできたかな。手持ちには無いし、全員敵と認識しよう。

さて、このアパートは、一つの階に三部屋か。で、今居る三階には熱源を三つ確認。ならば。―

小和泉は、折り畳んでいた二脚銃架を展開しアサルトライフルをリビングの机に据え置き、床にしっかりと腰を据えた。

アサルトライフルの出力を最大にし、絞りは細く絞り込む。

小和泉は、熱源センサーをアサルトライフルの照準を同調させ、望む瞬間が来るのを待った。

その瞬間は、直ぐに来た。壁の向こうで熱源がアサルトライフルの射線上に直列した。

小和泉は機械的に引き金を引いた。瞬間的に昇圧装置の作動音が微かにし、アサルトライフルの銃口から糸の様に細い光が発し、小和泉の視界が全て真っ赤に染まった。

―しまったな。温度センサーの事を考えてなかったな。―

温度センサーの動作を切ると真っ赤に焼けた銃身が目の前にあった。どうやら、この熱をセンサーが拾った様だった。

銃身は真っ赤に焼けようが、鉄ではなく強化セラミックス製の為、ライフルとしての使用には問題無い。しかし、銃剣術に使用するには銃身が冷めるまで熱くて持つことができない。


気を取り直して壁を見ると高熱で溶けた穴が開いていた。直径は三十センチ程だった。

小和泉は、壁に近づくと未だに外縁部が赤くとろけ、熱気を帯びている穴にアサルトライフルを突っ込んだ。アサルトライフルの照準用カメラを利用し、隣室の状況を確認する。

銃口を動かしながら、アサルトライフルの設定を初期状態に戻した。

床に肉塊と化した人間だったらしき血だまりの上に、頭部が無い兎女がうつぶせに倒れていた。

他に見落としが無いか確認をするが特別な事は無かった。

―まずは一匹か。反対の壁はどうかな。―

射線上の反対の壁にも同じ様な穴が開いていた。照準用カメラをズームするが、さすがに壁の向こうを覗くことまではできなかった。

―仕方ない。奥の部屋まで足を運ぶか。―

小和泉は、ベランダへ出ると周囲に月人がいないことを確認し、手すりの上を猫の様に歩き、奥の部屋へ近づいた。

ファイバースコープを差し込む。中を確認するが動く気配は、一切無かった。

この部屋のガラスは割れておらず、侵入するのに足音を気にする必要は無かった。壁に身を隠し、再度室内をスコープで確認する。床には、狼男に首を絞められている男が倒れていた。狼男の頭部は無く、男の胸はポッカリと穴が開いていた。

どうやら、狼男に首を吊られた状態で小和泉の射撃を受けた様だった。

―おやおや、射撃時は生きていたかな。まぁ、一部屋一部屋制圧していても結果は同じかな。運が無かったね。よし、三階は制圧完了ということで。二階に行こうか。―

小和泉は、一瞬だけ民間人に意識を向けた後、すぐに忘れ去った。


小和泉は温度センサーを再起動させる。先程の焼き付きからすでに復帰していた。床下を見ると各部屋に一匹ずつ動き回る反応があった。今度は民間人は、いない様だ。正確には、生きていないだけだが。

小和泉は静かにベランダに戻った。二部屋の境界の柵を乗り越えて手すりに足を引っかけ、逆さまに脚力だけでぶら下がった。慎重にアサルトライフルだけを二階に突き入れる。照準用カメラが狼男を捉えると同時に引き金を引いた。

糸の様な光が静かに狼男の側頭部に吸い込まれ、足からゆっくり崩れ落ち始めた。

小和泉は即座に隣室へアサルトライフルを入れ替え、照準を合わす。隣の部屋から聞こえた物音に反応した兎女が壁に振り返る瞬間、後頭部から撃ち抜いた。

兎女も同じ様に足元からゆっくりと崩れ落ちていった。

―これで二匹追加。では、お隣りへ参りましょう。―

静かに二階中央の部屋のベランダへ身を滑りこませ、端の部屋へ近づいた。壁越しにファイバースコープにて中を覗き込む。死体を引き裂く狼男の姿が見えた。他に動く影は無い。狼男は死体を引き裂いた後、ダイニングの机に座り込み、動かなくなった。

小和泉は、その狼男を見た瞬間に精神が醒めていくのを感じた。


小和泉が戦闘で興奮することは、圧倒的優位にある時だ。

小和泉の神経が冷や汗を流すのは、友軍が劣勢に陥る時だ。

小和泉が撤退を決意する時は、部下に損害が出る恐れがある時だ。

小和泉の意識が覚醒する時は、そこに強敵が居る時だ。


机に座っている狼男は、通常の狼男より二回り大きかった。

全身が獣毛で覆われており、鉄の様な色だった。

ただ一つ、小和泉が望んでいた敵と違ったのは、隻眼ではなく両目が健在である個体だったことだった。

小和泉は、物理キーボードで信号を送る。

『宛 総司令部

発 特科隊 小和泉大尉

一号標的発見。援軍不要。接近する者は敵性勢力と判断。無条件で攻撃。接近を禁ずる。

排除を実行す。』

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