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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇二年

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63/336

63.第二十五次防衛戦 二人の思考

二二〇二年十一月二十五日 一四五一 KYT 特科隊第二控室 装甲車三号車


小和泉は、整備班が着々と進める控室の要塞化作業を静かに眺めていた。

内心では、戦いに出たい気持ちもあったが、友軍がひしめき合い、勢いよく押し返す戦では、小和泉の趣味を楽しむ暇は無い。そう考えると、血のたぎりは治まり、冷静になっていった。

整備班長の指示のもと、整備班は効率良く扉やシャッターの防御力を上げていく。

人間用の扉は使用しないと割り切り、余った鉄板を溶接していた。

資材搬入用シャッターと外部出動用シャッターは、数台あるフォークリフトなどの重機の側面に装甲車の装甲板を溶接し、シャッターにベタ付けをしていた。

確かに、これにより防御力も上がり、重機を動かす事により出動することも可能だ。さらに重機を数台使用した事により、シャッターを上げても重機移動分の空間ができるだけの為、人間だけが通り抜けることができる幅にも、装甲車が通過する幅にも調整が出来た。

また、小和泉が指摘をしようと思っていた天井に複数ある換気口に関しても、整備班は全て換気を確保すべく鉄パイプを格子状に組み、月人の侵入を防ぐべくパイプを溶接していった。

文句のつけようの無い仕事ぶりだった。

「整備班の連中、楽しそうだね。彼らは仕事も遊びも一緒なのかな。」

小和泉は、独り言を漏らす。返事が欲しかったわけでは無かったが、桔梗が聞き逃すはずが無かった。

「はい、本当に楽しんでおられます。まぁ、この控室を作ってしまう様な方々です。鹿賀山司令のお墨付きならば、もっと暴走するかと思っておりました。」

「となると、整備班にしては大人しいということになるのかな。」

「恐らく、恐怖心があるのではないでしょうか。正規の軍人とはいえ、実戦経験はありません。」

「そうだったね。初陣は怖いだろうね。」

「私の初陣は、小隊長がおられましたので怖くありませんでした。」

「桔梗は本当に嬉しい事を言ってくれるね。」

思わず小和泉は、桔梗のヘルメットをやさしく叩く。

その行為に桔梗は、頬を染め、身体を小さく縮めた。

「隊長。ズルいっす。俺もポンポンして欲しいっす。」

「以下同文。」

菜花と鈴蘭が抗議の声を同時に上げる。

相変わらず、特科隊第一分隊と第二分隊は、どの様な状況に陥ろうと変わらなかった。

「不謹慎です。友軍が命懸けで戦闘中です。その様な事は平時にお願い致します。」

装甲車の後方で端末を操作していた愛が勢いよく立ち上がり抗議する。

「日常の光景ですよ。相手をしていたら疲れますよ。」

横にいる舞に宥められ、不承不承、席に座った。配属当初に比べ、愛と舞も小和泉に毒されてきたようだった。

「ところで隊長はよろしいのですか。」

「何がだい。桔梗。」

「血が騒ぐと申しますか、腕が鳴ると申せばよろしいでしょうか。」

「なるほど、戦闘狂の僕が大人しくしているのが不自然なんだね。」

「戦闘狂とは申しません。闘争本能が人より強い隊長が待機命令に従われるのが意外です。」

桔梗の言葉に小和泉以外の装甲車に搭乗している戦闘班や整備班の面々が一斉に頷く。

「みんなは僕の事を勘違いしているよ。狂犬と呼ばれているけれど、僕は分別のある人間だよ。ちゃんと命令には従うよ。それに、こんな混沌とした戦闘に参加してもお楽しみができないじゃないか。」

「やはり、お楽しみが出来ないことが分かっていて、出撃を上申されないのですね。隊長らしいです。」

「命令があれば、嫌でも動くよ。」

小和泉は、無駄話は終わりだということを伝える為、コーヒーを一口飲んだ。

それを察した兵士達は、即座に無駄口を止め、装甲車に静寂が訪れた。


二二〇二年十一月二十五日 一四五八 KYT 特科隊第二控室 装甲車一号車


鹿賀山は、戦略ネットワークの戦域図を見つめていた。リアルタイムに更新されている為、状況は掴んでいる。敵の不意打ちを喰らった当初は月人に勢いがあり、多くの居住区が制圧されていた。

しかし、立て直した日本軍の反撃は凄まじかった。確実に月人の占領区を開放し、殲滅していく。

そもそも日本軍と月人では火力が比較にならないのだ。日本軍の圧倒的な火力に月人は抗する術を持っていない。月人の武器は、爪や牙、長剣といった白兵戦向きの武器と圧倒的な数の暴力でしかない。白兵戦となれば日本軍は蹂躙されてしまうが、接近させなければ月人の攻撃を喰らう事は無かった。

突然変異と思われる鉄狼だけが、日本軍の銃撃を無効化する天敵だった。

鉄狼に抵抗できる手段が白兵戦に限り、それも手練れでなければ相対することもできない。今後の日本軍の課題として、鉄狼対策が問題だった。今は小和泉と菜花に頼るしかなかった。

その鉄狼の目撃情報も現状では確認されていない。

それに伴い、戦闘予報の死傷確率も好転していった。


戦闘予報。

籠城戦です。侵入者を撃退して下さい。

死傷確率は30%です。


だが、死傷確率30%は敗北と同義である。この防衛戦により、日本軍の再編成は免れない。

今までの生存圏拡大作戦がしばらく止まり、目標である地下都市OSKの捜索が足踏みとなる。

手痛い損害だった。

―総司令部からの出撃命令は無し。待機継続か。小和泉は暇を持て余しているだろう。奴は戦闘マニアだからな。―

小和泉の表情には出さない不貞腐れた顔が脳裏に浮かんだ。

「鹿賀山司令、我々は戦闘に参加しなくてもよろしいのですか。戦況を鑑みますとここが襲われる可能性はありません。総司令部に出撃の上申をされては如何でしょうか。」

副官である東條寺が、一般的な献策をしてきた。それも隣の席にいるにもかかわらず、小隊無線をわざわざ使用していた。鹿賀山もあえて小隊無線を使用し返事をする。

「一個小隊を投入したところで、戦況に変化は無いだろう。総司令部としては、ここの頭脳と技術と設備を失う可能性を考えて、待機を命じているのだろう。」

「その様に好意的に捉えてよろしいのでしょうか。役立たずに思われていないでしょうか。」

「それは無い。役立たずに思われているのであれば、今頃は最前線で囮にされている。特科隊は、普段から限られた資源を優先的に回され、優遇されている。それは皆が研究と実験の成果を出している証拠だ。もっと特科隊に誇りを持って良い。」

「分かりました。待機及び監視を続行致します。」

東條寺はあっさりと引き下がり、無線を切った。

―東條寺も副官らしくなったか。状況を理解しているにもかかわらず、下級兵士の疑問を解く為に敢えて無知を装う。中々に出来る事では無い。おかげで特科隊全員の士気の低下が収まったな。兵士達が居ない処で褒めてやるか。しかし、最近の東條寺は良い方向に変わったな。さてはて、小和泉が何かしでかしたのだろうか。―

鹿賀山の想像は当たっていた。

東條寺の怒りが小和泉へ向くことにより、一年前の作戦の大失態に思考が割かれる事が無くなっていた。それに伴い、やや思考が攻撃的になった感はあるが、今までの内に籠る思考回路に比べれば、数十倍もマシだった。仕事の質も向上した。

以前は、作戦を完全に任せることができなかったが、今の東條寺であれば、問題無く作戦の立案から遂行を任せても良いと鹿賀山は考えていた。

―あの噂は本当だろうか。東條寺が小和泉へ求婚しているそうだが…。

上官としては、止めるべきだろうか。俺には、お互いが不幸になる未来しか見えないのだが。

いや、東條寺は小和泉の私生活と軍での懲罰歴を知っているはずだ。ならば、良く言えば包容力があり、悪く言えば節操が無い男が好みなのであろうか。

女心は分からぬ。さて、我が婚約者の薫子は無事だろうか。研究区画に居れば戦火からは逃れているはずだ。後もう一人、士官寮に居る女中のウネメも無事だろうか。こちらは居住区が戦区と近い。通信ができれば良いのだが、今は作戦遂行中。気になるが、無事を祈るしかないな。―

鹿賀山は、婚約者であり小和泉の主治医の多智薫子と鹿賀山の家事全般の面倒を見てくれる女中であるウネメの二人の無事を祈りつつ、無力な己に歯噛みをした。

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