61.第二十五次防衛戦 待機
二二〇二年十一月二十五日 一三四二 KYT 特科隊第二控室
小和泉が戦闘状況を確認している間に、鹿賀山達は武装を整え装甲車一号車に乗り込んだ。
一号車は、司令部専用であり司令部要員が乗り込む。標準車よりも情報端末の装備が強化され、車内中央には、大型の机上型ディスプレーを装備している。このディスプレーを囲む様に参謀達が座り、作戦や実験計画などを論議している。
二号車は、司令部護衛の第三分隊専用であり、司令部の盾になる為の重装甲及び機銃一門と戦車用レーザー砲一門が装備されている。重装甲により出力不足になった分、車内にも六台のモーターを積み込み、車輪一つにつきツインモーターの強力なトルクで無理やり走らせ、武装用の発電機も別に装備する仕様となっていた。足回りの弱さを除けば、装軌式戦車と防御力も攻撃力も遜色は無かった。豊富な資源があれば、通常の装軌式戦車が支給されるのだが、資源が無い現状では標準仕様の装甲車を使用するしかなかった。その為、支給された当初は標準仕様の装甲車のままだったのだが、整備分隊が戦場から廃棄品を分捕り、勝手に改造を施し始めた。第三分隊隊長の井守では、整備兵達を止める力も無く、鹿賀山が気付いた時には、戦車砲が装備された後だった。
そして、なし崩し的に実験車両という形で改造の許可が取り、現在の形となった。
しかし、整備兵の間では未だに改造の余地がありと検討をしているという噂を聞く。
三号車は、小泉率いる第一分隊と第二分隊が同乗する試験車両だった。地中観測機と地中貫通弾の発射設備を装備していた。特科隊でもっとも実戦を経験してきた車両である。
相次ぐ実験により、原型である六輪装甲車の角ばった無骨な面影は無く、ロケットの発射時の爆風を逃す流線型の丸みを帯びた形に改造されていった。
後部の連結器は、車内から連結器自体を操作できる様に改造されている。本来は、台車の中心線上に装甲車を合わせて、後退させつつ連結させる手順だ。
これを連結器の可動化により、地中貫通弾の台車の連結が簡便となった。
装甲車三台の後部大型ハッチが解放され、整備兵達が予備の兵器を車内へと積み込んでいく。手榴弾の詰まった箱やグレネードランチャーなどを載せていく。
その間に研究者たちは、司令部要員が乗る一号車へ乗り込んで行った。研究データは、日本軍のサーバーにバックアップされている。無理にここから持ち出す必要は無かった。
二号車は、その重装甲をもって積極的に盾になり、小和泉が乗っている三号車は最前線へ突入することが前提になっている。貴重な頭脳である研究者が最も安全な一号車に乗り込むことは、至極当然の事だった。
小和泉は、準備が整う間、戦術ネットワークの情報の羅列を見守っていた。
一言呟き、モニターを眺めることを止めた。
「無駄かな。」
小和泉は、桔梗がいつの間にか用意してくれたホットコーヒーを一口啜った。
「小隊長、何が無駄。」
運転席に座っている鈴蘭が問いかけてきた。
「何か、状況でも分かれば良いなと思ってモニターを見ていたけれど、何も分からないね。とりあえず、どこかで戦闘はしているようだけど、どこだろうね。」
「隊長なら、すぐにわかるんじゃないすか。」
菜花が機銃を周囲の警戒用に旋回させながら、尋ねてくる。
「情報がね、矛盾しているんだよね。偽情報、違うか。誤情報が多いんだよね。」
「つまり、情報の正誤が判断できないわけですか。」
舞が地中貫通弾ユニットの接続を行いながら、聞いてきた。
「そうなんだよ。どれが正しい情報だろうね。」
「フィルタリングをかけますか。」
プログラムが得意な愛が、指を慣らし、目を輝かせて提案してきた。
「小隊長は、考える事を鹿賀山司令にお任せしたいのですよ。」
桔梗が小和泉の考えを代弁し、
『面倒だからね。』
最後の言葉が小和泉と桔梗の声が綺麗に重なった。
非常時にもかかわらず、三号車の車内は、和やかな風が吹いていた。戦闘経験の豊富さから余裕だった。油断では無い。監視カメラの映像は、分担して確認を続けている。
そんな落ち着いている第一分隊と第二分隊を見て、整備兵達もあせりが無くなり、冷静さを幾ばくか取り戻した。
一方、一号車の東條寺は、戦術ネットワークのモニターの情報に振り回されていた。
「12中隊は、十一層にいたので、三十三層で戦闘はできないから誤情報。この43中隊が二十六層で接敵は…。だめ、この中隊は非番だから誤情報。57中隊が全滅。そんな。あ、違う。これも誤情報。57中隊は最初から存在しない。もう、正情報が無いじゃない。」
小和泉への怒りを端末へぶつける様に叩き続ける。まさに鬼気迫る迫力だった。
「東條寺少尉、肩の力を抜け。情報分析は総司令部でも行われている。他の参謀も同じ様に分析をしている。今は総司令部からの正式命令を待つ位の余裕で良い。」
鹿賀山が東條寺の仕事への打ち込み振りに危険性を感じ、釘を刺す。
しかし、怒りが原動力となっている東條寺は冷静では無かった。仕事に打ち込まなければ、小和泉の事を思い出してしまうのだ。
何もせず待機していると、小和泉の指や唇、そして甘い囁きが鮮明に蘇る。その度に胸の鼓動が早くなり、頬に血が上り、顔が笑みに変わる。
「分かりました。待機致します。」
東條寺は、鹿賀山の命令を素直に守った。今は軍務中だ。それ位の分別をつける余裕は残っている。
だが、東條寺は勘違いをしていた。しかし、その勘違いに気がつくのは、後日になってからだった。
「余剰装備の積載状況はどうか。」
「順調です。あと一〇で完了。」
「食料の積み込みも忘れるな。外部出撃用ハッチ及び周辺の状況はどうか。」
「食料は、積載済み。ハッチ、ロック確認しました。何時でも遠隔操作で開閉できます。内部カメラ、外部カメラともに敵影及び友軍は確認できません。」
鹿賀山の確認に司令部要員が順々に答えていく。
実際に内部通路の画像を見ても、冷涼としたセラミックの壁が映されるだけで人影は無かった。
外部カメラの映像を見ても荒野が延々と広がるだけで、月人の姿は見えなかった。
そして、地下都市の屋上に設置されている砲兵陣地からの発砲も確認できなかった。砲兵陣地からの発砲が無いということは、地表に敵が見えないということになる。砲兵陣地には、兵士が常駐している。地上にいる敵に攻撃が出来ないことはありえない。
―敵は地表ではなく、地中から進攻して来たのか。では、地下へ要撃任務が下りるか。それとも実験小隊である我々は温存されるのだろうか。総司令部は、どう判断する。―
鹿賀山は総司令部の命令を待った。
戦略モニターには、第一特科小隊待機と表示され、作戦要綱と進行状況が表示されるのだが、こちらは戦闘予報しか表示されていない。
戦闘予報。
籠城戦です。侵入者を撃退して下さい。
死傷確率は60%です。
戦闘予報の死傷確率は、10%上がっていた。
―どこかで相当の被害が出たか。―
鹿賀山は、無表情を装うが嫌な汗が背中を伝った。
総司令部も状況を把握できずに作戦を立てることができないのであろうと鹿賀山は想像していた。




