60.第二十五次防衛戦 奇襲
二二〇二年十一月二十五日 一三〇一 KYT 特科隊第一控室
第一特科小隊所属する全員が、総司令部にある正規の控室である第一控室に集合していた。
全員が整列する前方に鹿賀山、小和泉、菜花が立っていた。そして、向かい合う様に日本軍総司令部のお偉方数人が立っていた。
少将の階級章を付けた将官が、長々と訓示を述べた後、三人の一階級昇進が伝えられ、新しい階級章が交付された。菱村大尉の話の通りとなった。
鹿賀山は大尉から少佐へ、小和泉は中尉から大尉へ、菜花は曹長から兵曹長へ昇進した。
菜花が士官過程を終えているのであれば、曹長から准尉へとなれたのだが、士官学校を出ていなかった。菜花本人は、士官になるつもりはない。堅苦しいことは嫌いだ。勲章で給料が上がれば充分だった。
これで菜花は兵士の中で最高階級へ到達した。これ以上の昇進は無い。あとは勲章で誤魔化されるだけだった。
簡素な式は、すぐに終わった。ただ、背後から小和泉を刺し殺すような視線と気配だけが、式には不似合いだった。
東條寺が小和泉に声を掛けようした瞬間、金属製のベルがKYT全域に鳴り響いた。
電子音による警報でも無く、ネットワーク通信による警報でも無かった。
アナログ式の金属ベルの警報だった。絶対に鳴ってはならない警報だった。
鳴る筈の無い警報に総司令部の全員が浮き足立ち、統制が乱れた。
鹿賀山と小和泉の二人だけが冷静だった。
「侵入されたな。」
「その様だね。」
「俺は総司令部に残り、情報収集に努めよう。小和泉は最前線に出てくれるか。」
「それは止めた方がいいと思うよ。ここが安全である保障は無いから、特科隊は固まっていた方がいいね。そうじゃないと僕が大変だよ。」
「ふむ、違いない。状況が分からぬのに戦力を分けるのは愚かだな。」
鹿賀山は、集合している特科隊全員の顔を一人一人見た。隊員達は、指揮官の落ち着きぶりに感化されたのか、落ち着きを取り戻し、命令を待っていた。
鹿賀山は、おもむろに口を開いた。
「諸君傾聴。地下都市KYTの日本軍基地内部に敵が侵入した。この金属ベルは、基地最終防御壁を抜かれた時にだけ鳴る警報だ。規模、侵入箇所、全てが不明だ。基地及び都市内で敵を見つけた場合、即座に無力化せよ。兵装無制限。施設に損害が出ても構わない。行動は特科隊を一単位とし、分隊での行動は禁ずる。完全装備で車両ハンガーにて待機。では、諸君。行動開始。」
鹿賀山が敬礼をすると即座に全員が敬礼を返し、武装が保管されている第二控室である車両ハンガーへ整然と走り出す。
現在、武器を携行している者はいない。基地内部に敵が侵入される事を想定していないからだ。
今は、武器が必要だ。特科隊の全員が整然と基地の廊下を走り抜けていく。
廊下の反対側を同じ様に特科隊と逆方向に走る部隊と時折すれ違う。
一秒でも早く、ハンガーに辿り着き、武装しなければならない。それだけが生き残る確率が上がる方法だ。
戦闘予報。
籠城戦です。侵入者を撃退して下さい。
死傷確率は50%です。
慌ただしい基地内にコンピュータが、戦闘予報を何度も場違いな声色で構内放送を繰り返していた。
二二〇二年十一月二十五日 一三四二 KYT 特科隊第二控室
特科隊のハンガー入口まで、敵に遭遇する事無く順調に小和泉達は来ることができた。
どうやらこの地区には敵に侵入されていない様だった。
それとも、運が良かっただけかもしれない。
小和泉が指記号で桔梗達に指示を出す。第一分隊と第二分隊が人間用のドアを警戒しつつ、取り付く。第三分隊は、後方に待機し背後からの襲撃に備えた。
戦闘力の無い司令部と整備兵と研究者は、ひとかたまりとなり廊下にうずくまった。
もしここで月人と遭遇しても肉弾戦しかできない。促成種は、生まれつきの運動神経で互角以上の戦いはできるだろう。だが、自然種は月人に引き裂かれるしかない。
小和泉の指示でゆっくり扉とシャッターを少しだけ開き、内部を確認する。
隙間から見る限り、荒らされた形跡や侵入者の陰は無いようだった。
新たに小和泉が指示を出す。音も無く、第一分隊と第二分隊がハンガーへと侵入する。資材、プレハブ、装甲車などに身を隠し、ハンガー内を捜索していく。異常は無かった。念の為、装甲車の内部も確認していく。装甲車は、全部で三台。比較的大きい運転席の窓ガラスから中を窺うが、人気は無かった。
続いて、事務所として使用しているプレハブ小屋の窓ガラスから内部を窺う。こちらも人気は無い。
「鹿賀山、クリアだよ。」
小和泉は、廊下に待機している鹿賀山に静かに声を掛けた。小和泉の額にうっすらと汗が光った。
さすがの小和泉も月人との遭遇に緊張していた様だ。
「総員、無音行動にてハンガーに入れ。全ての出入り口を施錠後、完全装備。急げ。」
鹿賀山は落ち着いた低い声で命令を静かに出す。だが、その顔は僅かに青い。鹿賀山も、いや誰もが恐怖を感じているのだ。
研究員、整備兵、司令部要員、第三分隊の順に足音を立てずに静かにハンガーへ入った。全員がハンガーに入ったことを確認した第三分隊隊長の井守准尉が扉に鍵をかけた。
先に入った整備兵達は内部通路に通じる資材搬入用シャッターと外部出動用シャッターへ走り、施錠されていることを確認した。
小和泉達は、プレハブ小屋の控室に入り複合装甲の装着を開始する。促成種である桔梗達は、関節部分のプロテクターとヘルメットを被るだけで済むが、自然種である小和泉達は、全身を覆う装甲を着込むため、どうしても装着に時間がかかる。
桔梗達は、すでにアサルトライフルへ銃剣を着剣し、イワクラムの残量を確認している。
小和泉は、まずヘルメットを被り戦術ネットワークを起動させ、網膜モニターに特科隊の生体データを表示させた。情報は何よりの武器になる。情報が無ければ戦場も敵の規模すら分からない。
複合装甲を着込みながら、情報を確認するが戦闘が発生している旨しか分からなかった。
まだ、情報が集まっていないのか、まとめられていないか、その両方だろうか。
促成種達は、装甲車に取り付き起動させ始めている。司令である鹿賀山や小隊長である小和泉が指示を出さずとも先読みし、行動をしていた。
本来の軍では、命令が無いと兵士達は動けない。しかし、特科隊だけは、他の部隊と毛色が違った。小和泉は格闘戦などの単独行動を行うことが多く小隊を留守にする為、自然と部下達が小和泉の思惑を汲み取り、行動を起こす様になった。
小和泉は複合装甲を着用し、装備を完了した。これで月人と相対しても勝つ見込みが出た。心に余裕が生まれる。
戦闘準備ができているのは、第一分隊と第二分隊だけだった。他の分隊は、生体信号がネットワークに反映されていなかった。つまり、複合装甲の着用が完了していないということだ。戦闘経験の差だろう。
小和泉は、本来は鹿賀山が出すべき指示を代行していく。
「戦闘班は、装備完了後、装甲車に乗車し戦闘態勢へ移行。研究者及び整備兵は、余剰武器を装甲車に搭載。完了後は、装甲車に分乗し待機。総司令部よりの命令を待つ。」
『了解。』
各分隊長達からの返事を聞きつつ、小和泉は装甲車の助手席に乗り込んだ。
目の前のモニターには、戦術ネットワークの情報がすでに表示されていた。桔梗達が立ち上げておいてくれたのであろう。複合装甲で受け取った情報よりも装甲車の端末で情報を受け取る方が、情報量が格段に多い。
戦術ネットワークの未確認情報の項目を開け、内容を確認していった。




