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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇二年

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56.菱村狂想曲

二二〇二年十一月二十二日 一二一二 KYT 特科隊第二控室


「菱村大尉、小和泉の大笑い、もとい非礼をお詫び致します。

本題ですが、軍編成に関しての権限を本官は持っておりません。総司令部へ話を通された方が良いかと考えます。」

「無論、筋は通す。いわゆる根回しに来た訳だ。」

「そうでしたか。ですが、我々特科隊は実験部隊です。機密の塊です。通常作戦に投入されることは稀です。32中隊に編入されることは難しいかと思います。」

「俺の部隊に編入されなくても良い。護衛部隊として使ってくれても良い。実験部隊の性格上、指揮権がそちらに必要ならば、持って行ってくれても良いぞ。同じ階級だ。問題無い。」

「階級は同じですが、そちらは先任大尉であり、中隊長です。若輩大尉の小隊長が指揮権を掌握するとは前代未聞です。」

「なら、さっさと階級を上げてしまえ。俺は兵士からの叩き上げだ。これ以上の昇進は難しい。その点、鹿賀山大尉は士官学校卒業のエリート様だ。すぐに上がる。」

「何を根拠に仰います。今回の功績は、菱村大尉と小和泉中尉と菜花軍曹にあります。本官には、ありません。」

「何だ、知らないのか。すでに総司令部は、鹿賀山、小和泉、菜花の三人の昇進を決定しているぞ。」

「待って下さい。その様な話は全く聞いておりません。そもそも私が昇進する理由がありません。」

「簡単な話だ。一号標的である鉄狼を倒した功績により二人が昇進。すると狂犬は上官と同じ階級になる。勲章でお茶を濁しても良いが、そうなると後の論功行賞に影響が出る。で、簡単な方法が上官も昇進させてしまえと言う事だ。」

「小和泉と菜花の昇進は納得できますが、本官の昇進は誰も納得しないでしょう。実績がありません。」

「それは、鉱山での戦闘だけを見ているからだろう。連戦で記憶が薄まっているかもしれないが、鹿賀山大尉は、新兵器の実験に成功したのだろう。ならば、ご褒美があるべきだろう。」

「確かに実験は成功しましたが、本官は取りまとめたに過ぎません。」

「その取りまとめが、一番厄介な仕事じゃないのか。この一年間、企画した新兵器を形にさせたのだろう。

能力はあるが、個性の強い者を同じ方向に向かせて仕事をさせ、完成させる。それは指揮官として優秀な証拠じゃないか。それも新兵器の実用化に成功だ。誰もが納得の功績だ。」

「では、部下も昇進すべきではないでしょうか。」

「部下は、鹿賀山大尉の指示に従い動いただけだ。そう判断するのが軍隊だ。ボーナスはあっても昇進は無いな。」

「確かにその様な理不尽さは、軍にはあります。納得しました。辞令を待ちます。」

鹿賀山は、自分達ではどの様にも出来ない事柄、つなり無駄な話を終わらせた。


「で、あのロケット。俺にもくれ。量産化はいつだ。」

菱村がにやつきながら言う。

「そちらが本命でしたか。量産化は未定です。それ以上は機密です。お察し下さい。」

「しかし、鉄狼があのロケットの爆発にも耐えるとは恐ろしいものだ。そこは改良されるのか。今のままでは普通の部隊では勝てんぞ。」

「そうですね。改良の必要は、感じているとだけ申し上げます。」

「鉄狼に勝てるのが狂犬だけでは、戦争に勝てぬ。奴が一匹だけの突然変異ならば、安心できるのだが。」

「今回の地上戦では、鉄狼は確認できませんでした。恐らく一匹だけの変異種でしょう。鉄狼が束になれば、我々には勝つ手段が無くなります。」

弁当を黙々と食べながら、話を聞いていた小和泉の中に違和感が生じた。

―帰月作戦の鉄狼は、一年前の鉄狼だったのだろうか。本当に断言できるのか。―

小和泉の中に大きな疑問が湧き上がる。

―一年前を思い出せ。違和感の正体は何だ。明確に思い出せ。一年前の洞窟からの脱出戦を思い出せ。

前回は、疲労困憊の状態での格闘戦だった。今回は疲労の無い状態ゆえに鉄狼は動きが読め、前より遅く感じた。いや、弱かった。修行の成果だろうか。

もしも他に原因があるのであれば、何だ。何が考えられる。

鉄狼は一匹だと決めつける理由は何だ。根拠は無い。希望的観測に過ぎない。あれが二匹目の可能性は…。―

小和泉が思索の海に漂っている間に、昼食会は和やかな雰囲気と化していた。長時間、小和泉は考え、ようやく結論を出した。

「今回の鉄狼は二匹目だ。間違いない。」

それは皆に冷や水を浴びせることになった。小和泉の発言に皆が沈黙で答え、視線が集中した。

「根拠はあるのか。」

鹿賀山が代表して小和泉を問うた。

「僕の思い違いだと困るので確認したいのですが、今回の鉄狼は隻眼でしたか。」

この中で鉄狼をしっかりと肉眼で見ていた菱村大尉へ小和泉は確認した。

「いや、両目ともしっかり開いていたな。」

鉄狼戦を一部始終見ていた菱村が答える。

「なら、間違いないです。今回の鉄狼は、別個体です。」

小和泉は、確信をもって答えた。

控室にカランと弁当箱が落ちる音だけが響く。

東條寺が顔を蒼白にし、弁当箱を床に落とし中身をバラまいた。

食事を終えた桔梗は、涼しい顔をして座っていた。

鹿賀山は額に掌をあて、過去の記憶を掘り返していた。

前回の鉄狼を知らない菱村は、事態の急変を面白そうに眺めていた。


「小和泉、記憶を探ってみたが別個体と特定する証拠がないのだが。」

鹿賀山が額に手をあていたのは、記憶を探っていた為だった。当然、記憶に残っている筈は無い。

〇一一〇〇六作戦の撤退戦の折は、早期撤退の為に重りとなる不要な装備を廃棄していた。その中には、映像記録用のカメラも含まれていた。撤退戦の映像は一切無い。小和泉達生き残り六人の証言だけが全てだった。その報告書の中に小和泉は、不確定要素の為にあえて報告していないことがあった。今、初めて報告することになる。

「鉄狼から逃れる為、岩の隙間に飛び込んだ。奴が手を伸ばし、掴んでくるため射撃。その時に目を焼いた。どちらの目かは確認できなかったけど、奴はその時に負傷し隻眼になっているはず。桔梗は覚えているかな。」

小和泉以外にその戦場にいた桔梗へ確認を行う。

「小隊長が最後に発砲されたのは間違いありません。ただ、狭い岩場の為、着弾は目視しておりません。しかし、小隊長の動体視力であれば、仰る通りだと考えます。」

桔梗は、小和泉が真剣に言った事は無条件に信じる。桔梗への確認は、意味が無い事だと小和泉はすぐに気付いたが、他の者達は別個体であるという衝撃にそこまで意識が回らなかった。

「今回のは、二匹目か。やれやれ、楽しい昼食会にしたかったのだが、有意義な情報を得られたことには満足だ。わざわざ特科隊へ来た甲斐があった。うちの連中も話を聞けば喜ぶだろう。ふははは。」

菱村は嬉しそうに笑う。

「ひ、菱村大尉は、嬉しそうですね。な、何か対策があるのでしょうか。」

顔面蒼白の東條寺が恐る恐るたずねる。

「そんなものは無い。狂犬が考え、鹿賀山大尉が実用化させる。そう信じているだけだ。」

「そんな、無責任な…。」

「僕は頭を使いたくないよ。面倒だからね。鹿賀山、任せたよ。」

「せめて、弱点なり情報をよこせ。」

「嫌。あんなのに前線で遭遇したら私は耐えられない。殺される。」

「小隊長がおられれば、大丈夫です。二度も遭遇して生還されておられます。」

「え、もう鉄狼と戦うのは嫌だな。痛い目には遭いたくないよ。今も全身の骨のヒビが痛いんだよ。」

「鎮痛剤をご用意致しましょうか。」

「感覚が鈍るからいらないよ。我慢する。」

「狂犬は戦闘狂じゃないのか。」

「菱村大尉、それは勘違いです。人生、面白おかしくがモットーです。」

「小和泉中尉、お願いです。何でもしますから鉄狼を倒して下さい。」

「東條寺少尉、次は鹿賀山に任せるから、鹿賀山にお願いしてくれるかな。」

「鹿賀山大尉、鉄狼に勝つ方法を考えて下さい。」

「東條寺少尉、落ち着け。鉄狼とは、そうそう出会うものじゃない。現に私達は見たことが無い。」

「本当に遭遇しませんか。本当ですか。信じて良いですか。」

「前線に出なければ遭遇しません。」

「今回は、KYT内部まで来たよね。」

「中尉、怖がらすのは止めて下さい。私、夜、眠れなくなります。」

「今晩、僕の家に来るかい。桔梗も居るから安全だよ。」

「行きます。今日だけでも泊めて下さい。」

「東條寺少尉、止めておきなさい。危険です。」

「では、鹿賀山大尉が守ってくれますか。」

「無理を言わないで下さい。本官には白兵戦の才能はありません。」

「お嬢ちゃん、俺の家に来るかい。部下には家の周りを警戒させよう。」

「菱村大尉は、独身じゃないですか。狼の巣には行けません。」

特科隊の士官達の異様な盛り上がりに周囲の兵士達は、訳も分からず、呆気に取られていた。

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