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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇二年

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53/336

53.精密検査

二二〇二年十一月二十一日 〇七〇〇 KYT 士官寮


「錬太郎様、起きて下さい。朝です。二度寝は×です。」

小和泉は、桔梗の愛らしい声に目が覚めた。

士官寮の小和泉の寝室には、小和泉、桔梗、菜花、鈴蘭の四人が居た。

桔梗だけが白いワンピースを身に着けていたが、他の三人は全裸だった。昨夜の営みのままだった。

桔梗の声で他の二人も目を覚ます。身体を隠す素振りもしない。

小和泉の意識は覚醒していたが、桔梗に甘える事にし寝たふりを続行していた。

「もう朝か。桔梗、おはよう。相変わらずキッチリしているな。身支度、完璧じゃねえか。」

菜花が床に胡坐をかき、大きく伸びをする。

「ベッドでの睡眠、三日ぶり。もっと、寝たい。」

鈴蘭が小和泉の左腕を抱きしめ、ひと寝むりをしようとするが、

「離れなさい。」

「離れろ。」

と、その行動は桔梗と菜花に阻止され、引きはがされた。

「錬太郎様も狸寝入りなのは分かっています。起きて下さい。朝食の準備ができています。」

「ばれていたかい。みんな、おはよう。」

「おはようございます。」

「おはようっす。」

「おはよう。」

三者三様に朝の挨拶に答えた。


小和泉が身体を起こし、ベッドサイドに腰を掛けると同時に電話が鳴った。

小和泉は、誰からの電話も確認せずにベッドテーブルの端末を操作し接続した。

珍しく映像通信だった。小和泉の正面に人物が投影された。

軍関係者は、敬礼や服装をチェックされる事を敬遠し、音声通信が主流だった。小和泉は軍関係者からの電話だと思い込み、全裸のままで受信していた。

「やあ、おはよう。朝早くからどうかしたのかい。」

小和泉は、映像通信に動じることなく電話を続ける。掛けてきた相手も小和泉の全裸を見ても、一切の動揺を見せなかった。

電話の相手は、鹿賀山の婚約者であり、小和泉の掛かりつけ医である多智だった。

映像通信は、一般人では主流だ。一般人は、相手の顔を見ながらの通信を好むからだ。

「お前が病院に来ないから、わざわざ電話してやった。しかし、軍から聞いていた状況より元気そうだな。四人でするとは、怪我は痛まないのか。軍医の話では、多数の亀裂骨折を認めると聞いているが。」

その声で思い出したかの様に、小和泉が端末を操作してサブウィンドウを開くと多智へ送信している画像が映し出された。

そこには、小和泉の背後に桔梗、左腕に絡みつく鈴蘭、右腿に頭を乗せる菜花が一緒に映っていた。もちろん服を着ているのは桔梗だけだ。この状況証拠では、昨晩何があったか迷う余地は無かった。

「おや、精密検査が必要だったのかい。ヒビなんて放置しておくしかないかな。固定もできないしね。」

「それは私が決める。軍から検査を受けろと言われているだろう。こちらも検査結果を軍に報告しなければならぬ。今日の九時に病院へ来い。予約を入れ直しておいた。」

「え~、やっと昨日穴倉から帰還したばかりだよ。軍医の診察で半日拘束され、やっと解放されたのに。それと今日中に報告書を鹿賀山に出さないといけないのだけど。病院に行かなきゃダメかな。」

「ダメだ。お前は、複合装甲が全壊する様なダメージを受けている。脳の中も診る。軍医ではそこまでの技術と設備は無い。言い方は悪いが、軍医は応急処置専門だ。怪我人を戦力に即座に戻すのが仕事だ。あと、戦力にならない者を後送するのも軍医の仕事だな。」

「御高説どうも。軍令なら仕方ないかな。」

「あと、鹿賀山が心配している。友人を困らすな。」

「ふむ。友を泣かせるのは、僕の主義じゃないね。〇九〇〇出頭するよ。」

「では、必ず服は着て来いよ。」

多智はそう言うと電話を切り、空中に表示されていた映像が消えた。

電話の間、多智の表情に変化は無かった。医者になれば、人間の裸は見慣れたものなのだろう。

いちいち裸を見て照れていては、仕事にならない。そう小和泉は結論付けた。

「では、本日の特科隊の予定は、僕は病院へ、三人は通常通り軍へ出勤ということで。」

「付き添いは無くてもよろしいのでしょうか。」

「いいよ、桔梗。精密検査だから終了時刻が読めないからね。通常勤務、いや、僕の代わりに報告書をまとめてくれると助かるかな。」

「なら、私する。要点、まとめるの得意。」

「鈴蘭の報告書は分かりやすいが、僕の文章じゃないとすぐにわかるよ。」

「俺は無理だからな。」

「菜花には、僕の背中を守って欲しいから、そちらで頑張ってほしいな。」

「そう言われちゃ、今日は筋トレに励むか。」

「と云う訳で、報告書は桔梗がまとめてね。」

「かしこまりました。ところで、早く服を着て支度をして下さい。出勤に遅れます。」

ようやく、全裸の三人は朝の支度を始めた。


二二〇二年十一月二十一日 一九一四 KYT 日本軍立病院


多智は、日本軍立病院にある自分の研究室にいた。

白い壁に囲まれ、窓際にセラミック製の机と椅子が置かれ、隅に更衣ロッカーがある簡素な部屋だった。

机の上には日本軍と病院のサーバーに繋がる端末が置かれていた。この端末が研究室での多智の仕事道具だった。医療器具の類は、この部屋には無い。必要であれば、診察室や検査室を使用した方が効率が良いからだ。

時間通りに病院に現れた小和泉を朝九時から昼の三時頃までおもちゃの様に様々な検査を繰り返した。

全身複合スキャンやあらゆる体液の採取を行い、最後に嫌がる小和泉へ栄養剤の点滴だと説明し一本投薬し、解放した。

そして、手元の端末には、解析された小和泉の検査結果が表示されている。

外傷としては、多発性亀裂骨折だけだった。内臓や血管の破裂や損傷は無く、脳にもダメージは無かった。

一号標的と戦闘をした事を考えれば、無傷と呼べる負傷だが、自由に動き回れる怪我ではない。ましてや、愛人三人と夜戦など不可能だ。

普通の人間が全身の骨に数え切れない程のヒビが入れば、身体を動かすたびに電撃の様な激痛に襲われ、息がつまり、息を吸うだけでも脂汗をかき、身動きが取れなくなる。

しかし、武術家とは恐ろしいもので、修行次第で痛みを意思の力により操作することができる。

痛みを知覚しながら、認識しないことが可能だった。

つまり、痛いと感じながらもそれは気のせいであり、身体は無傷であると思い込むことにより運動性能を落とさずに動くことができた。

殺し合いの最中に痛いから動けない。治るのを待って欲しい。では、話にならない。

腕が折れようが、目を潰されようが、普段と同じ動きができるように修行をしているらしい。

例にもれず、小和泉も鈍痛を感じているにも関わらず、意識の外へ痛みを外していた。

「医学的に調査をしたいのだが、今の研究案件で手一杯だな。残念だ。だが、小和泉ならすぐに怪我をするだろう。その機会に調べようか。」

誰も居ない研究室で多智は呟いた。

小和泉の身体は正直だった。発熱および発汗し、身体は悲鳴を上げていた。だが、亀裂骨折では医者ができることは限られている。消炎剤と鎮痛剤を処方する位だった。完全に折れている方が、接着剤が使える為、逆に治りは早い。しかし、ヒビで済んでいる物をわざわざ身体を切り開いて、折る必要は無い。小和泉は自由に動けるのであれば、放置すべきであろう。

鎮痛剤等は、人間の感覚を鈍らせる為、武術家は投薬を避ける傾向にある。多分に漏れず、小和泉もそうだった。その為、小和泉には栄養剤に混ぜて点滴を打った。

おそらく、今頃は点滴の正体を知り、腹を立てているだろうが、多智には関係ない。

医者として、正しい治療をしただけだ。栄養剤や生理食塩水に他の薬を足すことはよくあることだ。

多智は、医者から科学者の顔に変わった。小和泉の筋肉組織や骨組織の変異を確認し始めた。

検査結果は、計算通りだった。

「あと少しで第一世代として完成する。第一世代同士の交配をそろそろ進めるべきか。」

多智は誰も居ない研究室で呟いた。

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