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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇二年

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52/336

52.第二十四次防衛戦 終結

二二〇二年十一月十八日 〇八三九 KYT 深層部S区


菜花が鉄狼の折れた右腕を十手で痛めつける。小和泉へ注視していた鉄狼は不意を打たれ、まともに十手を傷口で受け止めてしまう。さらなる激痛で鉄狼が吠える。その低く腹の底に響く悲鳴は、帰月中隊の隊員に恐怖を感じさせる程だった。

しかし、小和泉は、その様な虚仮脅しに迷うことなく、地面を這うように鉄狼の懐に飛び込み銃剣を一閃させる。

弱点である鼻を削ぎ落とそうとしたが、鉄狼は痛みを堪えつつ避けた。

やはり、複合装甲の補助による敏捷性が無ければ、鉄狼の目には、小和泉の動きはゆっくりとした動きに映る様だった。

鉄狼の反撃に備え、小和泉は距離をとる。だが、反撃は無かった。いや、鉄狼は反撃をしようとしたのだが、動く事により痛みが増幅され、攻撃開始の動作で固まっていた。

痛みを知らない者は、痛みに弱い。痛みを知る者は、痛みに耐える方法を知っている。

生まれて初めての怪我であろう鉄狼には、骨折の痛みは耐えがたいものであろうと想像はできた。

―ならば、痛みに慣れる前に攻める。―

小和泉は、銃剣で鉄狼の左目を突く。小和泉の全速だが、鉄狼にあっさりと左腕で弾かれる。

だが、それは見せかけの攻撃だった。人間は、訓練して攻撃を受けても目を閉じずにいることができるが、どんな生き物でも目に攻撃を加えられると目を閉じる習性がある。

本命は、その習性を利用した左掌底の打撃だった。鉄狼が目を閉じた瞬間、鉄狼の右耳を完全に塞ぐように小和泉の掌底が決まった。


風船が割れる様な軽い破裂音と共に鉄狼の頭が大きく揺さぶられ、鉄狼の右耳から赤い血が垂れる。

小和泉が掌に溜めた空気を耳に勢いよく叩き込み、鼓膜や三半規管などを破壊した。

正直、月人へこの技は効果があるか、半信半疑ではあった。だが、空気の逃げ道を無くすことさえできれば、可能であろうと二社谷との修行中に結論を出していた。

それを信じ、ためらわずに渾身の一撃を放った。小和泉の思惑通り、空気の塊は鼓膜を破り、内耳を破壊した。

外側を鎧でまとっていても、内臓まで強化されているとは考えられなかった。いくら突然変異でもそこまでの変異を引き起こす様な個体は、大人に成長することはありえないと、二社谷は言っていた。


小和泉の目論見通り、鉄狼は内耳を破壊され、体のバランスを取ることが出来ず、巨体を床に倒れ伏した。

強烈な眩暈を起こしているのか、眼球が痙攣を起こしている。

もしかすると今の掌底で脳震盪も同時に起こしているのかもしれない。

口からは泡を吹き始めている。

あっけなく鉄狼は戦闘不能になった。痛みを知らない者は脆い。

小和泉は、鉄狼の口に銃剣を差し込み、柄頭を力一杯蹴り込んだ。

銃剣は、鉄狼の喉を突き破り、脳に突き刺さった。鉄狼は、数度、痙攣をすると静かになった。

小和泉は反撃を警戒し、すぐにその場を離れ様子を見る。確実に銃剣が脳を破壊した感触が足裏を通じてあったが、死んだふりをしている可能性を考慮していた。

だが、菜花は生死を確認しようと無防備に近づこうとする。

「菜花待て。死んだふりかもしれん。確かめるならば慎重にしろ。」

普段の小和泉とは違う冷徹な声に菜花の身体が一瞬引き攣る。

「了解。安全第一で確認。」

菜花の声も普段のけだるげな感じが抜けた。

菜花は、一歩一歩ゆっくりと近づき、鉄狼の動きを観察する。

手足は微動だにしない。胸は呼吸をしていない。眼球は動かない。

小和泉と菜花の常識では、死亡している筈だ。しかし、鉄狼の事は何一つ知らない。人間の常識と月人の常識は違う。ましてや鉄狼に関しては何も知られていない。

もしかすると脳の位置が違うかもしれない。

もしかすると脳が固い頭蓋骨に包まれ、剣が届いていないかもしれない。

様々な憶測が小和泉の脳裏に浮かぶ。

菜花が十手を背中に背負い、代わりに腰の銃剣を引き抜き、鉄狼の首へ一撃を振り降ろす。今まで固い獣毛に弾かれていた銃剣は、たやすく獣毛を切り裂き、脊髄で刃は止まった。耐久性重視の銃剣の為、骨の切断にまでは至らなかった。

他の月人と体内構造が同じであれば、人間とほぼ同じ。気管支や動脈を切断したはずだった。

鉄狼は、ピクリとも動かなかった。今の一撃ですでに絶命していた事がハッキリとした。

「菜花、死亡確認だ。」

「心拍無し、呼吸無し。死亡確認っす。」

菜花の返事でようやく小和泉の緊張が解けた。

「わかった。菱村大尉へ一号標的排除の報告を入れてくるかい。」

「え、隊長がしなくていいんすか。」

「僕の無線機は壊れたんだよね。」

「あ!そうっすね。すぐに連絡入れます。」

菜花がヘルメットを操作し、菱村大尉へ作戦終了の報告を入れるのを見ながら、装甲車に寄りかかる様に座り込んだ。全身痛いが、身体を動かすのには支障は無い。痛みを認識から外せば良いだけだ。

―ようやく鉄狼を仕留めたか。しばらく休暇が欲しいが、地上戦はどうなっているのだろうか。鹿賀山に無理を聞かせるとしよう。―

小和泉は、白兵戦の興奮を冷まそうと目を閉じた。


菱村は、菜花からの鉄狼撃破の報告を受けても気を抜かなかった。

「菱村から帰月中隊全隊員に通達。一号標的撃破。二匹目に警戒せよ。索敵は厳にしろ。以上。」

菱村の警告は、鉄狼の撃破に歓声をあげようとした帰月中隊に冷や水を浴びせた。

鉄狼は一匹とは限らない。菱村はそう言った。誰もが一匹だと思い込んでいた。いや、思いたかった。だが、誰も鉄狼が一匹しか居ないと断言できない。菱村が言う通り、二匹目や三匹目が居ても何もおかしくない。逆に地上に十万匹もの月人が攻めてきているならば、もっと存在する可能性は十分に考えられる。一万匹に一匹の変異体であれば、十匹は居る計算になる。

もっとも発生率は、もっと小さいのかもしれないが、日本軍に知る術は無い。ならば、警戒することしかできなかった。

「さて、副長。月人が侵入してきた穴は塞げるか。」

「可能です。調査はしないのでありますか。」

「そこまで俺達が頑張る必要は無いだろう。どうも俺達は捨て駒にされた様だしな。とりあえず、襲われたくない。すぐに塞ごうや。」

「了解。塞ぎます。」

「それと狂犬に護衛を付けてやれ。疲れているだろう。」

「了解。一個小隊を回します。」

「ほう。豪勢だな。一個分隊出すかと思ったが。」

「小和泉中尉のファンがおりますので、分隊規模では喧嘩になります。」

「意外だな。そうかい。任せる。」

副長は、部下に細かな指示を出し32中隊が動き出した。


菱村は、持って来させたコーヒーを啜ると今後の事に思いをはせた。

―さて、無事生き残ることが出来たが、第一ラウンドということだろうか。

日本軍か七本松家か知らんが、帰月中隊を始末しに来たのは事実だ。それとも司令官だけを始末しに来たのか。

現状では判断できんな。

総司令部から情報を引っ張って来ないと裏も取れん。俺が始末される理由は思いつかんが、狂犬は功績を上げ過ぎたか。特に鹿賀山大尉の発案の地中貫通弾とその部隊は、七本松家にとって脅威になると判断されたのか。

ならば、鹿賀山も鉱山に送り込まれるはずだが来ていない。恐らく、鹿賀山大尉は、狂犬が地下鉱山に派遣された事を知らないだろう。今回の作戦は、極秘にされている。

ならば、狙いは狂犬の排除か。鹿賀山は、今後も新しい戦術を産み出し月人との戦闘を優位に進める未来を感じる。ゆえにこれ以上の力を持たぬ様に手足を切り捨てにきたか。

そして、狂犬は個人の力を増し、自分の命を捧げる部下も複数いる危険分子と考えたか。

しかし、狂犬は軍への忠誠を尽くしている。与えられた命令に反抗した事は無い。考え過ぎだろうか。

このシナリオを考えたのは、軍を支配する七本松か、日本軍総司令部そのものかは分からんな。

それに巻き込まれたのが、俺達32中隊と七本松大佐ということか。

いや、大掛かりだが、七本松大佐も目標と考えた方が自然か。名門、七本松家の汚点である無能の七本松大佐が戦死であるならば、七本松家としての名声にはプラスとなり得るか。

全くいい迷惑だな。しかし、狂犬は面白い。俺の部下に欲しいな。しかし、鹿賀山大尉が離さんか。―

菱村が、小和泉の周りを固める一個小隊の面々を見ると女性兵士が多かった。

―これが副官の言うファンか。特科隊の副隊長が機嫌を損ねるのう。―

菱村は、小和泉の無事を本気で祈った。

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