51.第二十四次防衛戦 十手の威力
二二〇二年十一月十八日 〇八三三 KYT 深層部S区
小和泉と菜花は、鉄狼を挟むように対峙している。
小和泉に鉄狼が攻撃を加えれば、背後から菜花が攻撃を加える。菜花に攻撃が向いた時は、小和泉が鉄狼へ攻撃を加えていた。
だが、十手を使用した強打を何撃も加えているにもかかわらず、鉄狼は苦痛の表情どころか、悲鳴一つ上げない。無意味とは言わないが、見た目では効果を全くあげていない。
小和泉達は、一瞬の隙を産み出す為に攻撃を続ける。二人掛りで攻撃を仕掛ける為、二人のスタミナに現在のところは問題無い。このペースを維持できれば、もうしばらく疲れ知らずで攻撃を続ける事が出来るだろう。
しかし、疲労は確実に蓄積していく。突然、筋肉が痙攣し動きが遅れれば、致命傷を負う事は確実だった。だが、二人はあせらない。疲労が溜まるのは鉄狼も同じはず。落ち着いて、鉄狼に隙が出来るのを待つだけだった。
小和泉は鉄狼が嫌がる目や鼻への十手の突きを繰り出す。そこには獣毛が無い為、防御力が無いのか鉄狼は確実に避けるか、手で受けるかをした。
小和泉は、十手を握られる前にすぐに引き戻す。その瞬間、菜花が脇腹に突きを入れる。
菜花は、最初から寸分違わず同じ場所に突き続けている。他の攻撃はしない。今回の攻撃も効果は無かったようだった。
次の瞬間、小和泉は伏せるようにしゃがみ込む。小和泉の胴があった場所を鉄狼の爪が通り過ぎる。鉄狼は、小和泉が菜花の攻撃に気を取られている様に感じた。しかし、小和泉に隙は無い。鉄狼の筋肉の変化で攻撃を先読みし、鉄狼の攻撃はかすりもしていない。
しゃがみついでに鉄狼の膝へ十手を強打するが、やはり獣毛が鎧の役目を果たし効果が無かった。
小和泉は、即座に鉄狼の蹴りの間合いから離れ、態勢を立て直す。遅れて鉄狼の前足が、小和泉が居た場所を踏む抜き、地響きを起こす。
鉄狼は、菜花のことは無視することに決めた様だ。小和泉へと真っ直ぐに間合いを詰めてくる。
鉄狼の右突きを十手で受け流す。腕が十手を滑りドンドン鉄狼が迫る。小和泉の目の前に鉄狼の大きな口が開く。口の中には凶悪な牙が並び、よだれが照明に反射する。小和泉の目の前で豪快に口を閉じる。牙と牙がかち合い、石を打ち合わせた様な大きい音が被さってくる。同時によだれも飛び散り、小和泉のヘルメットのバイザーに付着する。
小和泉はそのままヘルメットを全力で打ちつけ、鉄狼の鼻に直撃した。
「クン。」
鉄狼が短く鳴く。
初めて漏らした苦痛だった。やはり獣毛が無い鼻は急所の様だ。鉄狼に頭突きの概念は無いようだった。頭突きを行うには、狼の様に出っ張った鼻と口が邪魔なのであろう。
小和泉の頭突きに鉄狼は戸惑いを隠せない様だ。
頭突きと同時に固い木がへし折れる音が鉄狼の脇腹からした。
菜花による十手の痛撃が、鉄狼の脇腹に喰い込んでいた。
何度も同じ場所を十手による攻撃を繰り返し獣毛に弾かれていたが、衝撃は体内に確実に蓄積されていた。
筋肉が少ない脇腹は、肋骨にもっとも近い。いくら獣毛の鎧で打撃を防いでも積み重ねた振動に肋骨は耐えきれなかった。わずかにヒビが入り、亀裂となり、ついに肋骨の一番下の骨が折れた。
「クォー!」
鉄狼が生まれて初めて感じる骨折の痛みにより、獣の様に四足で逃げる。しかし、骨折の痛みが体の動きをどれだけ阻害するかを知らない鉄狼は数歩でこけた。
鉄狼は無様に四つん這いになり、折れた右脇腹を右手で押さえ痛みに歯を食いしばっている。
小和泉は、すかさず脇腹を抑えている右手に十手を絡み付け、棒身を床に固定し引き延ばす。
鉄狼の曲げていた右手は、梃子の原理であっさりと逆方向に捻じ曲げられ、ガコンという鈍い音共にあらぬ方向に肘から曲がった。
関節技に鎧は無意味だ。関節は逆方向へ曲げられると簡単に破壊できる。
今まで関節技が掛けられなかったのは、鉄狼の筋力と俊敏性に阻まれていたからだ。鉄狼の腕を掴んだ瞬間にこちらの頭が吹き飛ばされる様な事態を避けていたからだった。
だが今は骨折の痛みに注意が向き、あまつさえ腕を逆方向に折り易い姿勢までとっている。この機会を逃すはずが無かった。
小和泉は十手を引き抜こうとしたが、腕に絡まり抜けなかった。十手を放棄しようと手を放す直前、全身に強烈な衝撃を感じた。
小和泉の身体が浮遊し、背中から装甲車に叩きつけられ、一瞬呼吸が止まる。
鉄狼に十手を抜こうとした瞬間に全力で体当たりをされた様だった。
ヘルメットの網膜投影に赤い文字とアイコンが視界を埋め尽くしていく。
小和泉は、全身の痛みを無視し警告表示を確認した。
たくさんの警告が表示されているが、結論はただ一つだった。複合装甲、機能停止だ。
鉄狼に装甲車へ叩きつけられた衝撃を装甲が吸収できず、動力である人工筋肉が破壊された。身に着けている複合装甲は、ただの重しになってしまった。
動けないのは鉄狼も同じ様だった。死力を振り絞って小和泉に体当たりをした様だが、無理に身体を動かした激痛に床の上で悶え苦しんでいた。
小和泉は、今の内に重たい装甲の固定ベルトや気密服を銃剣で切り裂いていく。壊れている物を身に纏っていても意味がない。逆に足枷にしかならない。ならば、複合装甲は不要だ。
そして、正規の手順で複合装甲を外すよりも切り離した方が早いと判断した。
小和泉は、装甲を素早く外し、地面を転がる様にして鉄狼から離れた。最後まで残っていたヘルメットを脱ぎ、放り捨てる。鉄狼の攻撃を恐れ、急いで複合装甲を脱ぎ捨てたが、鉄狼は未だに床で激痛に悶えていた。
野戦服と銃剣のみの身軽な装備になってしまった。これで小和泉は人並みの力と素早さしか持っていない。複合装甲による増力と敏捷性の上昇、複合装甲による衝撃吸収と牙と爪から守る鎧を失った。幸いだったのは、鉱山の空気が放射線や毒素等に汚染されていない事だった。
もしも汚染されている状態であれば、小和泉の命を間違いなく削り取っていただろう。
鉄狼どころか普通の月人の一撃ですら致命傷になるにも関わらず、小和泉は落ち着いていた。
―油断はしていなかったが、十手に固執しすぎたか。怪我は無いが、全身は痛みを訴え続けている。だが、体捌きには支障は無い。症状としては、全身打撲というところか。鉄狼の腕一本と複合装甲との引き換えだ。交換レートとしては、悪く無いか。―
冷静にダメージを確認し、戦闘継続は可能であると小和泉は判断した。
「隊長。いけるんすか?」
菜花が心配そうな声で確認してくる。お互いに視線は鉄狼から外してはいない。
「問題無い。戦闘を続ける。」
「まぁ、隊長がそう言うなら、了解っす。」
ようやく、鉄狼は骨折の驚きから精神的に立ち直り、血走った目で小和泉を射貫く。
だが、ダメージは大きく床に片膝を立てた姿勢だった。
痛みの為か呼吸は荒く、口から止めども無く涎を垂らし続ける。
折れた右手は骨が皮膚を貫き、余った皮に十手が巻き付いていた。骨が血管を切ったのか出血もひどく、腕や指を伝わり、ゆっくりと床を赤黒く染め上げていく。
小和泉は、十手を取り返したかったが状況を見て諦めた。奪い返す方が危険だと判断した。素手では拳を傷めることは明白だ。手元にある銃剣を攻め手の要にする戦いを組み立てる。
しかし、銃剣の強度では鉄狼の攻撃を受け流すことは厳しい。攻撃の手数が減る事は明白だった。




