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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇二年

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44/336

44.第二十四次防衛戦 氷解

二二〇二年十一月十八日 〇四三二 KYT 深層部S区


小和泉達は、ようやく鉱山の九割を制圧し、最深部へと向かう坑道の入口に立っていた。

ここは掘られたばかりで、縦横二メートル程しかない素掘りの簡素な坑道だった。照明も申し訳ない程度にあるだけで、ほぼ闇に近かった。

足元も湧水のためか、地面はぬかるみ、滑りやすい悪い足場だった。

支給された地図上では、脇道も無く奥へと真っ直ぐに延び、行き止まりとなっている。

装甲車での侵入は、物理的に不可能であり、ここより徒歩行軍となる。

小和泉達の特科隊は、32中隊の中央、つまり菱村と同じ場所に配置され、どこから現れるか分からない一号標的に備えることとなった。ここまで進めば、一号標的が現れない可能性の方が高いだろうと32中隊全員が思っていた。

ヘルメットの網膜投影モニターには、温度センサーや音波センサー等による補正表示の画像が、肉眼で見る光景とリアルタイムにて重ねられていた。これにより光源が無くとも闇の中を見通すのに不自由は無かった。

一年前、日本軍は月人共に痛い目にあわされた。天井崩し、落とし穴などの罠。割れ目からの奇襲。月人が高い知性を持つ存在であることを思い知らされた。

同じ目に合わぬ様に、怪しい箇所があれば容赦なく銃撃を浴びせた。だが、現在まで効果は無い。罠も無く、月人との遭遇は無く、帰月中隊の攻撃は、空振りに終わっていた。

最後の坑道を帰月中隊は進んで行くが、さらに坑道は細くなり、中隊での進出は不可能となった。

そこで321小隊のみが奥へ進むことになり、特科隊と残りの部隊は坑道の入口に引き返した。

もし、応援が必要となった場合でも、坑道の半分までが探査済みのため、321小隊まで数分で合流できる。戦闘に突入しても、321小隊のみで合流の時間は確保することは可能であると、菱村と小和泉の間で判断していた。

321小隊は、32中隊の中で最精鋭部隊であると菱村の折り紙付きだった。

321小隊二十名が、四方を警戒しながら足元が悪い坑道を奥へと進んで行くのを見送った。


「こちら32中隊。司令部応答せよ。」

主坑道に戻った菱村は司令部に呼びかけるが、応答は一切無かった。

「帰月中隊司令部、応答せよ。こちらは32中隊だ。誰かいないのか。」

菱村が電波強度を上げて、呼び掛けるが反応は無かった。

「誰か、司令部が出るまで呼び続けろ。」

「了解。司令部を呼び出します。」

副官が復唱し、下の者に司令部の呼び出しを実行させた。

「小和泉中尉。どうか。」

菱村が単純に尋ねてきた。だが、三文字の中に含む意味合いは大きかった。

ここに鹿賀山が居れば、考えることは任せられたのだが、今は居ない。面倒ではあったが、小和泉自身が考え、答える必要があった。

「そうですね。無線の不具合ではなく、司令部に何かあったか、何かの意図があって無線封鎖をしている、という答えは望んでおられないでしょうね。」

「それは下士官以上であれば答えられる。狂犬ならではの見解が聞きたい。」

「飛躍しすぎかもしれませんが、本官の見解を申し上げます。

帰月作戦は、特級扱いの機密の作戦のはずですが、機密に該当すると思われる箇所に心当たりがありません。

ここまでで、我々が知り得ないことは、ただ一つです。ここが何の鉱山であるかです。

金属や非金属の鉱石であれば、特級機密にするほどでは無いでしょう。それ以上に重要物資の鉱山であると考えるのが妥当です。

また、鉱山の隅々まで捜索をした私達が、ほぼ無傷で鉱山から出ることは総司令部の計算外の可能性があります。

総司令部の考えでは、千匹以上の月人により帰月中隊約百名の半数が戦死し、残りが重軽傷を負うと考えていたのではないでしょうか。」

ここで小和泉は話を一旦区切った。菱村の表情が硬くなったのだ。

「狂犬よ。俺は、そこまでは考えていなかった。七本松大佐ではなく、総司令部がやらかすと言うのか。」

「十分に考えられます。大佐は小物です。おそらく七本松の本家からも疎まれていると思われます。本人は気がついていない様ですが。七本松家の人間にしては、年齢と階級が不相応だと部下も言っております。」

小和泉は、桔梗の受け売りをそのまま披露した。

「参った。戦闘予報ならば、死傷確率100%だぞ。」

「その様です。」

「わかった。それを考慮しよう。基地に生還するまでが作戦か。」

「残念ながら、その様な事態になりそうです。」

菱村は、小和泉の意図を正確に理解した様だった。

「副官。無線はどうか。」

「反応ありません。」

「もう良い。呼び出しは終了だ。警戒レベルを上げろ。」

「了解。全部隊、警戒レベルを上げます。」

帰月中隊は、あと少しで鉱山の探索終了にも関わらず、弛もうとしていた士気を引き締めた。


321小隊は、狭い坑道を進んでいく。

鉱山に月人が侵入したのであれば、その痕跡があるはずだった。しかし、帰月中隊は発見していない。探索が終了していない坑道は、ここだけだった。つまり、この先に月人の侵入口があると考えるのが妥当だった。

321小隊は、その点を考慮し、通常よりも遅い進行速度で警戒しつつ、奥へと進んでいた。現在のところ罠や月人が隠れている様子は無かった。

先頭を行く兵士が立ち止った。

「分隊長、月人の足跡が無いのはおかしくありませんか。」

兵士の発言通り、ぬかるんだ地面には鉱夫のものと思われる靴の跡しかなかった。月人ならば素足であり、獣の足跡がつくはずだった。

また、千匹もいた月人がここを進行して来たのであれば、もっと地面が荒らされ、靴の跡すら残らない筈だった。

「良く気付いた。お前の指摘通りだ。小隊長、お聞きでしたか。」

「聞いていた。おそらく敵はいないし、侵入口も無い。突き当りまで確認しに、一気に走るぞ。」

『了解』

「三、二、一、今」

小隊長の掛け声に合わせ、321小隊が一斉に駆け出す。筋力補正がかかっているため、すぐに坑道の突き当たりへと到着した。

「周囲警戒と探索を開始。」

小隊長の命令と同時に分隊が四方に散らばり、壁や天井、床を丹念に調べ始める。

「3211分隊、異常無し。」

「3212分隊、異常無し。」

「3213分隊、異常無し。」

「3214分隊、異常無し。」

全分隊の報告を聞き、小隊長は即座に無線を繋げた。

「こちら321小隊。32中隊、応答せよ。」

「32中隊。321小隊、何か。」

「突き当たりに到着。異常なし。坑道内に月人の足跡は無い。繰り返す。月人の足跡は無い。」


「狂犬、どう考える。」

菱村が頬の傷跡を撫でながら、小和泉に問いかける。

―俺は参謀じゃない。頭脳労働は鹿賀山の仕事だ。俺は暴れられたら、それで満足なのだが、面倒だな。上官では断れないか。くそ、鹿賀山め、後で可愛がってやる。―

小和泉は、鹿賀山がここに居ないことを本当に悔やんだ。

「月人の侵入口は、ここではないことは分かりました。別の場所です。調査漏れがあるのかもしれません。」

とりあえず、当たり障りのない返事をした。菱村が求めている答えでは無いことは理解している。菱村やその副官も分かっていることだった。

「副官、地図を再確認だ。調査漏れが無いか検討せよ。」

「了解。再検討致します。」

32中隊の司令分隊が地図をモニターに表示させ、検討会を始める。

「狂犬よ。本気で調査漏れとか思っているのか。」

「いえ。特科隊も随伴していましたので、調査漏れは無いと思います。ただ、見逃した可能性はゼロではありません。」

「なら、本音を言え。」

菱村にせっつかれるが、小和泉に答えるべき答えが無かった。

「ふむ。狂犬も体力自慢の兵士だったか。やはり文武両道の兵士は居ないか。この俺も含めてな。」

菱村は、副官たちの検討会を眺めながら自嘲する。

小和泉も釣られて、検討会の地図を見直した。

違和感があった。鉱山の地図は、完璧だった。実際に小和泉も通った。

―何だ。この違和感は。何かを見落としているのだろうか。単純な事ならば、副官たちが気づいている筈だ。だが、何かが抜けているのだ。何が抜けて…。―


「菱村大尉。我々は最初から勘違いをしていたのかもしれません。」

「説明を聞く価値がありそうだな。」

菱村が鋭い眼光で小和泉を射貫く。

「全てが間違いなのです。根本が間違いなのです。」

小和泉の中の違和感が、氷解していった。

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