43.第二十四次防衛戦 進軍再開
二二〇二年十一月十八日 〇一五一 KYT 深層部S区
小和泉は、菱村に引き継ぎ、後方待機に戻った。
「警戒任務、お疲れ様。先に第二分隊小休止、交代で第一分隊小休止するからね。その後は、突入もあり得るから、白兵戦準備よろしく。」
小和泉は、第一特科小隊の全員に告げる。
『了解。』
すぐに桔梗と舞はシートを倒し、目をつぶった。眠れなくとも横になって目をつぶるだけでも疲労回復の効果はある。
だが、愛はシートを倒さず、小和泉に疑問をぶつけてきた。
警戒任務中は任務に専念すべく、考えない様にしていたのだ。
「小隊長殿。質問よろしいですか。」
「本来は、休んで欲しいから却下するのだけど、聞かなきゃ寝ないよね?」
「申し訳ありません。気になって眠れません。」
「仕方ないね。何かな?」
「上層部に嘘をついてまで、軍令違反を行うのは如何なものかと思います。」
「扉を閉めたことだよね。代替手段が愛には有ったのかい。」
「大佐殿を客観的事実に基づき、説得すべきだったと考えます。」
「本当に説得が可能だと考えているのかい?」
「大佐の階級におられる方です。その程度の思考および上申を受け入れる度量はあると考えます。」
「無理だろうね。菱村大尉が、上申しても聞き入れなかった事実を忘れたのかい。」
「小隊長殿も一緒に上申されれば、大佐殿の説得の可能性が上がったのではないでしょうか。」
「僕が上申すれば、中尉が口を出すなで終わるだろうね。逆に意固地にさせるだけだよ。そんな経験は、愛なら心当たりがあるのじゃないかな。」
小和泉の最後の一言が、愛を沈黙させた。
愛は胸に両手を当て、目をつむる。己の過去を振り返る。
小和泉の指摘通り、上官と衝突したことが何度もある。正論が通らないことが、幾多も有り唇を噛みしめる悔しい思いをした。
やはり、その時の上官達は、七本松と似た雰囲気や近い思考を持っていたことを思い出した。
「小和泉中尉、申し訳ありません。自分は、自分は、まだ過去に囚われていた様です。」
愛の顔に反省の色が深く浮かんでいた。小和泉の調教が、効果を現したようだった。
「では、小休止にお入り。少しでも身体を休めるのだよ。」
小和泉は、爽やかな笑顔を浮かべる。もちろん計算ずくだ。
「了解致しました。自分は、小和泉中尉の下に配属され幸せ者です。」
愛は顔を赤らめ、シートを倒し毛布にくるまった。
愛の最後の発言の瞬間、古参の三人から寸暇の殺気が漏れたことに気がついたのは、旧1111分隊の者だけだった。
32中隊は、帰月作戦の初戦と比べ、機敏な動きで月人を倒していた。初戦は地上戦の疲労が影響していたため、本来の動きが発揮できていなかった。中休止を入れた事により本来の力を発揮していた。
手際よく、月人を屠っていく。恐るべきことに、命を奪うことが単純作業と化していた。強固な大扉一枚あるだけで、第二回戦は32中隊に被害無く、戦闘、いや虐殺が行われていた。
しかし、誰も咎める者などいない。
月人とは会話が成り立たず、意思の疎通はできない。未だに人類は月人の言語を解読していない。月人の表情や態度による感情の読み取りにも成功していない。
解っている事は、人類への強烈な殺意だけだ。投降も撤退もしない。どちらかの死による全滅が、大半の戦闘終了の条件だった。
人類と月人は、解りあえない。交りあえない存在だった。
九十分以上の中休止の間に月人の増援が集結する可能性は、充分に考えられた。
実際に扉を開けると月人が増加した様子は感じられなかった。
確実に月人に当たる射撃が極度に減ってきた。どうやら、銃の死角に隠れてしまった様だった。
「扉を三十センチまで開放し、射角を広げる。その幅だと細身の奴が飛び込んでくるかもしれん。細心の注意を払えよ。」
菱村が正式の無線で伝える。いよいよ白兵戦の可能性が高くなってきた。
特科隊は、白兵戦を得意とする小和泉と菜花を除き、アサルトライフルへの銃剣の装着は済んでいる。小和泉と菜花は、小隊に接近した月人を銃剣で屠ることを役目としているためだ。アサルトライフルに着剣した状態では武器が長すぎるため、味方が間合いの邪魔になり攻撃に遅れが生じる。
あえて、間合いは近いが、武器が短く操作の自由度が高い銃剣のみを選択していた。
扉がゆっくりと開く。32中隊の射撃がそれに合わせて激しくなる。扉の陰や死角に隠れていた月人を即座に狙い撃っていく。そのため、扉の隙間に近づける月人はいない様だ。
隙間が大きく開いた事により、小和泉の装甲車の外部カメラでも扉の向こう側の状況が、ハッキリと分かった。
人の形を成さない肉塊が地面に積もり、その屍の上を月人が走り込んでくる。足を踏み込む度に肉塊にめり込み、赤い血飛沫が豪快に舞い上がる。しかし、月人は全く意に介さない。
月人は、肉の分厚い真っ赤な絨毯の上を走り込んでくる。すかさず、32中隊の十字砲火が月人を薙ぎ倒し、接近を許さない。
一時間以上銃撃が続き、ようやく静かになった。立っている月人の姿は無い。
「全周警戒を怠るな。死に損ないにとどめをさせ。油断して、近づいたところを襲って来るぞ。各小隊、報告上げよ。」
菱村が正式無線から勝利で弛んだ士気を締め直す。
「321小隊異常なし。」
「322小隊異常なし。」
「323小隊異常なし。」
「324小隊異常なし。」
32中隊の各小隊長が報告を上げる。月人の殲滅に成功した。
「特科第一小隊異常なし。」
小和泉も念の為、報告を上げた。事務仕事は、軍も役所と変わらない。本来の上官ではないが、報告義務があった。
「よし、貴様達よくやった。では、鉱山内の月人掃討戦に即時入れ。」
数時間ぶりに七本松の声を聞いた。静かなのは、てっきり深夜で眠っているものかと小和泉は思っていた。いや、実際に眠っていて部下に起こされたのかもしれなかった。
「了解です。各員装備点検後、坑道を進む。脇道、割れ目、天井には十分気を付けろ。怪しければ発砲してもかまわん。月人を接近させるな。」
菱村が、七本松の命令に補足を入れる。
『了解。』
32中隊は、七本松の命令に素直に従った。小和泉も反論することはない。鉱山内の月人を殲滅に来たのだ。
「特科隊は、32中隊の後衛につきます。一号標的は、お任せ下さい。」
「こちらも一号標的は、相手にしたくない。頼むぞ。」
「了解。」
これだけの無線のやり取りで小和泉と菱村の打ち合わせは終わった。
小和泉は、有名人だ。戦闘能力は、菱村によく知られている。
小和泉も今回の戦闘で菱村の考え方、戦闘方針を理解した。
お互いの仕事の分担は、はっきりとしている。
六人しかいない特科隊は、戦力として数えられていない。だが、白兵戦能力は、日本軍の中でも最強であると言っても過言ではなかった。
32中隊が対応できない白兵戦が起こった時に、特科隊が矢面に立つことを菱村に期待されていることを小和泉は理解していた。
ようやく、鉱山への進軍が始まった。装甲車は、肉塊を引き潰し、歩兵達は、肉塊を踏み躙りながら進んで行った。帰月中隊の司令部は大広間に残った。ついて来られても邪魔なだけで、小和泉達にとっては都合が良かった。
全隊が大広間から出るとすぐに大扉は閉められた。七本松の性格をよく表している。
帰月中隊は、煌々と明かりがつく大型のトラックが簡単にすれ違える程、幅も高さもある主坑道を進んで行く。
崩落防止のためにセラミックで固められた壁や天井。影さえ消し去る明るい照明。分岐に必ずある番地標識。鉱山と言うが、地下壕と言った方がしっくりときた。
途中の支道も立派な坑道だった。主坑道だと言われても違和感が無かった。
支給された鉱山の地図を確認し、分岐がある度に小隊を偵察に派遣し、本隊が待機することを何度も繰り返した。時折、月人と遭遇戦を行うが圧倒的火力により殲滅していった。
主坑道も先に進むにつれ、細くなり大型車のすれ違いが出来ない幅となり、ついに装甲車一台分の幅となった。鉱山の主要部分の七割は探索が済んだ。
奥まで進み、ようやく鉱山らしくなってきた。照明もまばらとなり、壁面も土が剥き出しとなり、要所要所でセラミックの柱が天井を支えていた。
番地標識も無くなり、ここが鉱山であることが、ようやく実感できた。
逆に言えば、敵が隠れる場所が格段に増えたことになる。
帰月中隊の進軍速度は、警戒行動が増加し、急激に落ちていった。




