41.第二十四次防衛戦 せめぎ合い
二二〇二年十一月十七日 二二四五 KYT 深層部S区
小和泉は32中隊から特科隊へと戻り、命令通りにロケットの台車が切り離されているかを確認した。連結器や通信ケーブルは、綺麗に片づけられており全く問題が無かった。
念の為、ロケット本体のパネルを開き、安全装置が作動していることを確認すると、スイッチを捻りパネルを閉じ、装甲車の助手席から乗り込んだ。
「隊長、お疲れ様でした。首尾は如何でしたか?」
桔梗がお茶の入ったコップを小和泉に渡しつつ、尋ねてきた。小和泉はお茶を一口飲んだ。
「戦闘は32中隊に任せて、特科隊は遊撃隊として自由に動くからね。一号標的を32中隊が発見した場合、連絡が入り次第、排除するから。舞、32中隊との無線の動作確認をよろしく。」
「了解、すぐに確認致します。」
舞は、すぐに32中隊と連絡を始めた。
「小隊長、無線同調確認しました。32中隊との通信、確立しました。」
すぐに舞は完了報告を行った。
「ご苦労様。では32中隊のお手並みを拝見致しましょうか。」
装甲車を扉と平行に左側面を向く様にを変えさせ、後部座席の愛と助手席の小和泉は場所を入れ替わった。
装甲車の銃眼からアサルトライフル三本が突き出され、機銃も扉へと照準を合わせた。
32中隊の菱村は、扉の正面に装甲車一台を直付けさせた。数人の兵士が装甲車の屋根と車体下部に貼りつきアサルトライフルを構えた。
その周囲を取り囲む様に装甲車四台を扇形に配置させた。
輸送車に乗車していた兵士は全員降車し、装甲車の間を埋める様に並び、アサルトライフルを扉へと構えた。
「32中隊に告ぐ。手榴弾は使うな。敵に投げ返される可能性がある。攻撃は第一小隊に任せ、抜けてきた敵のみ他の小隊がカバーしろ。一分後に扉を二十センチだけ開ける。以降、第一小隊は全力攻撃。敵は、その幅は通り抜けられない筈だ。落ち着いて隙間から撃ち込め。」
菱村が帰月中隊の正規無線で告げる。正規無線が無言では司令部に裏回線の存在に勘付かれる恐れがある。
「時間だ。扉開放。射撃開始。」
音も無く大扉が左右にゆっくりと開く。開いた瞬間、月人の長剣が差し込まれるが空を切る。
扉が二十センチ開くまでに装甲車の機銃が唸り始める。光弾が連射され扉の向こうから月人共の悲鳴が多数あがる。その悲鳴に躊躇う者などここにはいない。
扉が所定の位置まで開くと歩兵のアサルトライフルも銃撃に加わった。
月人は、死の恐怖を知らない。死体を乗り越えて扉に手をかけ、大きく開こうとする。
だが、すぐにアサルトライフルの射線が交差し、死の舞踊を強制される。一方的な虐殺だった。
扉の向こうに月人が何人いるかは分からない。こちらは音が無くなるまでひたすら撃ち続けるだけだった。
「副長、第一小隊と第二小隊を入れ替えだ。」
菱村は第一小隊のバイタルモニターを見て、交代の必要性があると判断した。
心拍数が急上昇し、脳波も極度の興奮状態を示していた。虐殺による過度の勝利による興奮状態で冷静さが失われているのだ。単純なミスが起こる前に、菱村は小隊の入れ替えを指示した。
攻撃が途切れない様、順番に兵士が一人一人交代していく。装甲車は動かすことができない為、その場に固定したまま乗員のみ交代していく。
交代完了するまで攻撃は一度も途切れることは無かった。菱村は自隊の練度に満足した。
真正面で戦う装甲車のガンカメラの映像を確認するが、未だに月人が途切れる気配は無かった。
月人は、戦法を変えてきた。突撃から扉の隙間への武器の投擲に変わった。
装甲車の上に貼りつく兵士に向かい、長剣を投げつけてくる。多くの長剣は、見当違いの方向に飛んで行くが時折正確に兵士に当たる。運の良い者はかすり傷で済んだが、運が悪い者は首に直撃を受け、大量出血の中でゆっくりと命を散らしていった。
戦死者は即座に回収され、血溜の上に交代の兵士が伏射の姿勢をとる。戦友の血を汚いなど微塵にも思わないし、感じる事は無い。32中隊は、強固な結束を持つ部隊だった。
ゆえに、帰月作戦に選抜されたのであろう。
「副官、現在までの損害はどうか?」
「はい、軽傷3、重傷2、死亡3です。」
「扉を五センチ閉めろ。それで改善されるだろう。」
「了解。五センチ閉めます。」
菱村の命令は即座に実行され、扉の隙間は十五センチに狭まれた。これにより隙間を通過する長剣の数が極端に減った。
一方で射角が減ったため、32中隊の月人撃破数も緩やかに降下した。
いつしか、長剣は投石に変わっていた。月人の手持ちの武器が無くなったのであろう。
二二〇二年十一月十八日 〇〇〇八 KYT 深層部S区
戦闘開始から一時間以上経過し、日付も変わった。
さすがに扉一枚だけを隔てた接近戦に32中隊にも疲労の気配が漂い始めていた。
32中隊の交代のタイミングは絶妙ではあったが、人間は疲れる生き物だ。水分を取り休息を行うが、帰月作戦を行う前に地上における防衛戦での疲労が出てきたのであろうと菱村は考えていた。
月人の規模は菱村の予測を遥かに超えていた。
多い。多すぎる。千匹は倒している筈だが、月人の戦意は旺盛だ。実際ガンカメラにも後続の月人を未だに捉えている。
菱村は、扉の突破は前哨戦で、坑道内部の接近戦や白兵戦が本戦になると考えていた。
まさか前哨戦が本戦になるとは予測していなかった。
「副長。扉を全閉。一時休戦だ。矢面に立つ装甲車も入れ替えだ。」
「了解。扉全閉後、装甲車入れ替えます。」
副長が無線で命令を下した瞬間、命令が却下された。
「こちら帰月作戦司令部。戦闘を継続されたし。全閉は許可されない。現状を維持されたし。」
司令部のオペレーターが割り込む。
小和泉と菱村が危惧していたことが現実になった。無能の横槍だ。
「32中隊の菱村大尉だ。七本松大佐に取次ぎを。」
「しばし、お待ち下さい。」
「七本松だ。何用か。」
数十秒の沈黙の後、傲慢さがにじむ声が無線に出た。
「扉全閉の許可をお願い致します。部下が疲労しております。」
「たかが一時間の戦闘で何を言っておる。それに適時交代しておったではないか。それで疲労だと、笑わせるな。我が日本軍は頑強な軍隊だ。戦闘を継続し、早々に敵を殲滅せよ。」
菱村の言葉を否定し、七本松は状況判断も出来ず戦闘継続を要求した。
「32中隊は地上の防衛戦も全力で行いました。本日だけの戦闘時間は半日を超えています。精神と肉体の限界です。中休止を上申致します。」
菱村は折れる訳にはいかない。部下を無駄死にさせられない。
「命令だ。大尉、戦闘継続だ。中休止は認めん。」
「これ以上の戦闘継続は被害が出ます。この作戦は始まったばかりです。ここで被害を出す訳に参りません。」
「そこを上手く対応するのが指揮官の仕事であろう。対応したまえ。」
「その対応が中休止です。全閉しても戦闘継続に支障はでません。疲労回復後に攻勢を再開致します。」
「なぜ、休む必要が有るのだ。我が軍は勝っているではないか。勝利の風を止めてはならん。この追い風に乗るのだ。」
「追い風など一切吹いておりません。むしろ逆風が吹こうとしております。」
「たかが大尉の分際で大佐であるワシの指揮に従えぬと言うのか。」
「そうは申しておりません。」
七本松と菱村の意見は真っ向から対立し、収束する気配は無かった。
小和泉は、七本松の横槍が入った時点で行動を起こしていた。
菜花をドアの開閉装置の場所へ行かせていた。
「隊長、いいのかい?お飾りが閉めるなって言ってるけど。」
愛が作った特科隊専用無線を通じ、菜花が確認をしてくる。
「いいんですよ。たまたま、偶然、思いがけず、奇遇にも、偶発的に起こることですから。」
小和泉は、七本松と菱村のやり取りを楽しそうに聞きながら答えていた。




