40.第二十四次防衛戦 空転
二二〇二年十一月十七日 二二二五 KYT 深層部S区
ようやく目的地に着いたのか車列が停止した。
「小隊長以上、司令部へ集合せよ。」
司令部の装甲車の拡声機ががなり立て、小和泉達は司令部の装甲車の前に立った。
さすがに前線の為か、七本松と右条の二人も野戦服の上に複合装甲を装備し、ヘルメットも被っていた。偉ぶっていても自分の命は惜しいらしい。二人の小物感が益々強調された。
帰月中隊が停止した場所は、直径五十メートルの円形の広場だった。入ってきた大型の両開きの強化セラミック製の扉と同じ物が対面にもあった。大型トラックが悠々とすれ違うことができる大きさだった。
そして、皆に緊張感が走っていた。その対面の扉の向こう側から何者かが、硬い物で強く強く何度も何度も叩いている。低く重い音が大広間に響き続けていた。
「さて、諸君。もう一つの最前線へようこそ。ここは地下鉱山である。この地下鉱山の奥より月人が侵入してきたことが判明しておる。
現在、この扉にて月人の進攻を防いでおる。
大半の作業員及び職員は退避済みであるが、逃げ遅れた者もおる。しかし、生存の可能性は絶望的である。
また、この鉱山に爆発物や引火性の高い物は無いため、銃火器の使用は無制限とする。
これより無線およびネットワークの封鎖を解除するが、帰月中隊専用の暗号化ネットワークを使用する。今より配布するメモリーカードを無線機に差し込む事により自動的にセットアップされる。カードを差している間は、他の周波数やネットワークは使用できない。
なお、メモリーカード内には鉱山の地図も収録しておる。参照する様に。
貴官らの任務は、鉱山内の月人共の殲滅だ。健闘を、いや完勝を期待する。」
七本松がようやく帰月作戦の全容を語った。ただのゴキブリ退治だった。
月人は、地下構造を利用する性質がある。鉱山のどこかで地下洞窟と繋がり、そこから侵入されたのであろう。
右条が、中隊全員分のメモリーカードを配布していく。小和泉は、親指ほどの大きさのカードを六枚受け取った。取りあえず自分のヘルメットに装着されている無線機のソケットにカードを差し込んだ。他の隊長達も同じ様にカードを差した。
網膜投影式のモニターにセットアップ中の文字が数秒表示され、すぐに完了と表示された。
七本松は、何か激励か訓示の様な世迷言を叫んでいるが、誰もが聞き流していた。副官である右条でさえ毎度の事なのか、聞き流していた。
小和泉は、この間に鉱山の地図を表示させる。この場所を起点に幾重にも分岐したアリの巣の様な構造だった。
主要坑道は、装甲車がすれ違える幅が十分にある。支道に関しては幅が様々だ。装甲車が一台通れる幅から、手押しのトロッコがギリギリ通れる狭い坑道まで多岐に亘る。
―基本作戦としては、装甲車による蹂躙。狭い坑道は爆破して閉鎖で良いだろう。敵兵力が不明な状態で装甲車から降車する理由は無い。後で32中隊長と打ち合わせをしておくか。―
小和泉は頭の中で作戦、いや方針を描いた。七本松が指揮する帰月中隊司令部が考える作戦には期待できないし、できれば聞きたくなかった。聞けば従わざるを得ない。
七本松の声が途絶えた。どうやら、自分自身が満足するだけの叱咤激励が出来た様だ。モニターで時計を確認すると二二三五の表示をし、とうに作戦開始時間を経過していた。やはり七本松は無能の様だ。
「では、帰月中隊、作戦開始致します。」
32中隊長が代表して発言し解散しようとするが、七本松が止める。
「あぁ、待て。言い忘れていたが、司令部はこの入口にて最終防衛線となる。帰月中隊が鉱山侵入後には扉は施錠する。以上だ。」
七本松は、顎をさすりながら気楽に言い放つ。つまり、安全地帯から一歩も動かず、月人を殲滅するまで撤退は許さないし、全滅しても良いと言っているのと同義語だった。
ますます七本松の評価が下がる。間違いなく、最前線に出れば謎の戦死をとげる士官だ。
この様な男が日本軍の牛耳る家系の一人だと思うと未来が暗く感じる。もっとも明るい未来を考える事は、この時代の人間には不可能なことなのだが。
ここは鹿賀山に頑張ってもらい、日本軍を支配してもらうことにしようと小和泉は何気なく思った。
装甲車に戻った小和泉は、皆にメモリーカードを渡し、作戦を話した。
以外にも理不尽な司令部に対しての文句は出ず、素直に命令を受け止めていた。
「おや?何か意見具申は無いのかな?」
小和泉は、桔梗達を見回すが誰も意見を述べる雰囲気を感じ取れなかった。逆に信頼の眼で皆から見つめ返された。皆は小和泉の作戦、いや行動力に期待していた。
「さてと、馬鹿に邪魔をされたくないよね。司令部だけを除外した無線周波数を用意できないかな。」
小和泉の提案に愛が即座に手を上げる。
「五分頂ければ可能です。改変ドライバをネットワークに不可視ファイルで上げます。これを32中隊にもインストールすれば、実働部隊専用の無線が可能です。」
愛の発言に小和泉は意外性を感じた。普段の優柔不断さを感じさせない。どうやら得意分野に関しては、自信をもって行動できる性格の様だった。
「では、即座に作業に入ってくれるかな。桔梗と舞は、ロケットの台車を切り離しておいてくれるかい。鉱山では邪魔になるからね。僕は32中隊長と打ち合わせしてくるよ。」
そう言うと小和泉は装甲車から降り、扉がガンガン鳴らされる中、悠々と32中隊へと向かった。
32中隊は、五台の装甲車と四台の輸送車で構成されていた。装甲車には中隊長分隊と小隊長分隊が乗り、輸送車には残りが乗り合わせていた。
装甲車には月人の脅威は無い。しかし、簡易客席と雨風をしのぐ幌だけの輸送車には月人への対抗手段は無い。さて、32中隊はどの様なものだろうか。
小和泉は、心躍らせながら中隊司令の装甲車に近づき、ドアをノックした。
「何でしょうか。中尉殿。」
運転席の装甲板が開き、中から兵士が声を掛けてきた。
「中隊長殿と打ち合わせがしたい。面会を求む。」
「お待ち下さい。」
装甲板が閉まり、三十秒程待たされる。再び、装甲板が開き運転手が声を掛けてきた。
「中尉殿、後部ハッチへお回り下さい。そちらから車内へご案内します。」
「分かった。ご苦労。」
小和泉が装甲車の後部ハッチに向かうとすでにハッチは開き、その横に敬礼した兵士が立っていた。小和泉も敬礼を返しつつ、装甲車に入った。
中は特科隊が使っている改良型の装甲車と違い、日本軍仕様のままだった。
立ち上がってこちらに右手を差し出してくる人影があった。この人物が中隊長だろうと小和泉は判断し、握手を交わした。野戦服の襟には大尉の階級章が縫い付けられていた。
「ようこそ32中隊へ。狂犬よ。俺が中隊長の菱村だ」
頬に月人に爪跡を刻まれた歴戦の四十代後半の男が野太い声で話しかけてきた。
「大尉殿も中々勇ましいアクセサリーを頬に付けられておりますな。」
握手を交わす腕に力が入る。互いの複合装甲がきしみ始め、ほぼ同時に二人は力を弛めた。
「さて、何用かな?」
「戦闘方針についての話し合いです。」
「話し合い?冗談はよせ。狂犬が手ぶらで来るわけなかろう。相互確認の間違いじゃないのか。」
小和泉のあだ名で菱村は呼んだが、不思議と言葉に嘲りは感じられなかった。
―悪気は無く、敬意をこめて狂犬と呼ぶか。珍しい。畏怖、嘲笑の言葉だと思っていたが、この菱村が言うと尊称の様に聞こえるな。こいつ、気に入った。しかし、若かったら食ってしまうのに残念だ。―
小和泉にとって新鮮さを感じさせる人物だった。
「では、率直に。お互いの連携が取れないと思われます。大尉殿に主力を務めて頂きたいと存じます。特科隊は遊撃隊として動かせて頂きます。」
「32中隊だけが前面に立って被害を受けている間に、美味しい処は特科隊が持っていくのか。」
「そうなるかもしれません。何度も言いますが、連携は不可能と判断します。こちらは規格外の小隊であります。一号標的を狩る部隊であり、集団戦は実行できません。」
「確かに中尉の小隊は、六人しかいないそうだな。増強分隊と言った方が正しい。戦力として計算はできんか。
ま、いいだろう。矢面に立ってやろう。その代わり、俺のやり方に口出しは一切するなよ。」
「もちろんであります。大尉殿、一つだけお願いがあります。」
「狂犬が頭を下げるか。何事かな?」
「一号標的はください。あれは特科隊の獲物です。」
「あれか…。判った。くれてやる。我々には重すぎる。」
「ありがとうございます。あと、土産なのですが別周波数の回線を用意致しました。司令部は傍受できません。
不可視ファイルにてドライバをアップロードしておりますので、お使い下さい。これで司令部の横槍は入りません。」
「ふははは。狂犬もあいつらが気に入らなかったか。愉快愉快。餌をくれる者に懐くのが犬だと思っていたが。」
「犬も飼い主を選びます。」
「もっともな意見だ。諺にも有ったな。失礼した。では、またな。」
「失礼致します。」
小和泉は手本となる見事な敬礼をしてみせ、装甲車を後にした。




