39.第二十四次防衛戦 能天気
二二〇二年十一月十七日 二一五四 KYT 軍専用メインエレベーター
三十メートル四方の巨大エレベーターに装甲車と輸送車が北面扉の前に六台が整列し、中央に一台が停まっていた。その中央の一台の装甲車の前に立つ二人を取り囲むように人影が集まっていた。その中に小和泉の姿もあった。
小和泉が集まった他の五人の所属を確認すると第三歩兵大隊第二中隊こと32中隊だった。
肩を並べて一緒に戦った記憶は小和泉には無かった。もしかすると桔梗か鈴蘭が覚えているかもしれない。しかし、その様な事は任務には関係ない。与えられた状況で最善を尽くすのが軍人の職務だ。
正面には野戦服姿の男が二人、ヘルメットも被らずに立っていた。
大佐の階級章を付けた男は、四十代位だろうか。中肉中背の白髪交じりのオールバックだった。懸命に滲みだす傲慢さを隠そうとしていたが、鋭敏な小和泉の感覚は知覚していた。理性で本性である傲慢さを隠す努力をしているだけマシな部類の人間であろうと判断した。
大佐の一歩下がった位置にいる少佐の階級章を付けた男は副官であろう。
こちらは三十代半ばの長身で筋骨隆々だった。今時珍しい角刈りをしていたが、その体型と凶悪な人相には良く似合い威圧感を漂わせていた。間違いなく軍用格闘術の名手であることは体捌きで明らかだった。
ただ、小和泉から言わせれば、実力を悟らせたり、無用な威圧感を表に出すのは三流である。武術家ならば実力を隠すものであるが、格闘家ならば仕方のないことであろう。暴力を身につける目的が違うのだからと納得させた。
「私が総司令部の七本松徳忠大佐である。今回の任務の総指揮を命ぜられている。背後にいるのは副官の右条刀哉少佐である。命令書は紙で配布する。
なお、これより見聞する事は軍事機密である。作戦終了後のみならず、日本軍退役後も一切の情報公開を禁じる。墓場に入っても秘密を口外する事は許されない。つまり、日記や遺書などに記載してはならない。
この命令に違反した場合は即座に死刑とし、諸君が積み重ねてきた栄誉と権利は全て剥奪される。
これができぬ部隊は今すぐ立ち去る事を特別に許可する。」
七本松は、朗々とした声で小隊長等に一方的に宣言した。
最後に離脱許可を出すと言っているが、この話を聞いた時点で選択肢が無いことを皆は判っていた。これから軍事機密に触れさせると聞かされた時点で、今後の身の安全は保障されないことを物語っている。
仮に離脱したところで最前線の激戦区に送り込まれ戦死させられることは明白だ。無事に生き残りそうになったとしても背後から憲兵隊に撃たれて死亡するのだろう。総司令部ならば、軍規違反による死刑で事態を終わらせるに違いなかった。
つまり、ここで離脱すればこの防衛戦終了と共に人生が終わる。選択の余地は無かった。
特科隊と32中隊は貧乏くじを引かされた。だが、この二部隊を指名したのは作戦完遂能力があると総司令部が判断しているとも小和泉は考えていた。
―嫌な予感は良く当たる。沈黙は得意だ。いつまでも黙っていてやる。どんな作戦か知らぬが成功させれば良いのだろう。生き残るにはそれしかない。それよりも桔梗達に重荷を背負わせたくなかったな。この狸親父が。作戦中にくたばりやがれ。―
とりあえず、小和泉は心の中で悪態をつく事で平静さを保った。もちろん表情には出さない。
他の小隊長らも沈黙を保っている。小和泉と似た様な答えを出したのだろう。
「うむ、結構。脱落者無し。さすが我が日本軍の精鋭だ。では、命令書を配布する。」
七本松の声で右条が小和泉を含めた六名に命令書を手渡しする。
A4のコピー用紙一枚、それも片面の上半分だけだ。
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機密:特級
作戦:第二十四次防衛戦 帰月作戦
戦区:S区
日時:二二〇二年十一月十七日 二二三〇開始
目標:敵殲滅
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小和泉は命令書に目を通すが分かる事は何も無い。情報量が少なすぎた。この命令書もどきが流失しても作戦内容は一切分からないだろう。
それだけに、質問する事に対して命の危険を感じていた。
「歴戦の勇者である貴官等でもこの命令書では要領を得ない事は承知しておる。
ゆえに総司令部の装甲車が戦区まで先導する。その際、車外を見る事は運転手以外禁じる。運転手は前車の尾灯を目標として追尾する事。同時に無線封鎖及びネットワーク切断を解除命令があるまで実施せよ。
なお、この部隊は帰月中隊と呼称する。」
七本松は、言いたいことを一方的に通知した。そして、小和泉達を睥睨するが、誰も微動だにしない。七本松程度の眼光に委縮する様な小物はいない。月人の眼光の方が恐ろしい。
今の行動で小和泉と古参の小隊長等は、七本松を敬うに値しない人物と判断した。
「搭乗。出発する。」
小和泉達の態度を了解と誤解した右条が、命令を発した。
どうやら、この二人は階級で部下を抑え込む性格の様だった。前線の経験も無く、安全な総司令部で椅子を温めていた口であろう。
全員が心の籠っていない形だけの敬礼をし、一斉に自車へと散っていった。
二二〇二年十一月十七日 二二二一 KYT 深層部
軍専用メインエレベーターから出発して二十分以上経過していた。
帰月中隊は、エレベーターを何度も乗り換え、上昇下降を繰り返していた。いくら地下都市が巨大であるとはいえ、目的地へこれ程の時間がかかるとは考えられない。
七本松は、場所を特定されない様に寄り道をしていた。
これが七本松の戦闘経験の不足を逆に証明する結果になっていた。促成種の能力を理解していない。自然種より筋力や記憶力等が強化されているため、無駄な行為だ。実際に運転をしている鈴蘭の脳内には、明確な地図が出来上がっていた。
「隊長。ここ三回目。」
鈴蘭がこの様な報告を上げて来るのは何度目だろうか。
「だろうね。到着に時間かかり過ぎだよね。すまないね。貧乏くじを引かせたね。しかし、総司令部の二人は馬鹿なのかね。こんな無意味な事をして自己満足しているのだろうね。側近は指摘しなかったのかな。」
「小隊長、よろしいですか?」
「舞、いいよ。」
手を上げたのは舞だった。
「七本松大佐と右条少佐が帰月中隊の指揮官だと仰いましたか?」
「そうだよ。」
「そのお二人は、日本軍統括三家の方です。七本松家、右条家、左条家が事実上日本軍を動かしています。その縁者が戦闘指揮の為、前線に出られるということは押し迫った事態ではないでしょうか。」
小和泉が助手席から後部へ振り返り、部下達の顔を良く見れば、舞の顔色がやや青い。舞は軍上層部が本気で動いていることに恐怖を感じていた。
「桔梗は知っていたのかい。」
「はい、促成種の一般常識の部分に書き込まれております。隊長には興味が無いことだと思いましたので、あえてご報告する必要が無いかと。」
桔梗は、悪びれもせずにサラリと答える。
「確かにオッサンには、興味が無いね。昇進したい気持ちも無いし、月人と戦っている方が楽しいからね。お偉いさんには名前は覚えて欲しくないんだけどね。」
小和泉は、司令部で椅子を温めるよりも前線で戦う方が良い。
「隊長、早く佐官になってくれよ。佐官になったら一戸建ての官舎が支給されるだろう。桔梗みたいに俺達も一緒に住めるじゃん。」
菜花が勘違いしたまま、自分の願望を述べる。
「菜花。私と隊長は同居しておりません。たまに部屋の掃除に行くだけです。」
桔梗が訂正を入れる。小和泉は、あえて口を挟まない。女性同士の話し合いに首を突っ込むと自分が何故か火傷をする事を経験則として知っていた。
「掃除、食事、同衾。朝の珈琲。羨ましい。」
鈴蘭が呟く。
「では、あなた方も隊長の部屋の掃除に行きますか?その日は遠慮致しますが。」
「食事、面倒。行かない。」
「俺は掃除が面倒だな。簡単な食事でいいなら作るけどよ。」
「あのう、皆さんは小隊長とはどの様な関係なのでしょうか?」
愛が恐る恐ると割り込んでくる。愛は旧1111分隊の人間関係に気がついてなかった。
「情婦です。」
「愛人だな。」
「恋人。」
三人は、照れる事も隠すことも無く異口同音に答えた。
「え~!!」
一人だけ大きく驚く愛。愛の絶叫が狭い装甲車に響く。
舞は、何となく四人が恋愛関係にあることを察していたため、今の会話に驚きは無かった。
しかし、作戦中にもかかわらず能天気な会話と無能を露呈する司令に頭が痛かった。




