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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇二年

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38.第二十四次防衛戦 兆候

二二〇二年十一月十七日 二一三四 KYT 南部戦線


相変わらず、厚い雲が覆う暗い荒野に光の帯が幾千も走り、月人との戦闘は膠着状態だった。

戦闘開始から四時間以上経過していたが、部隊内での休憩の持ち回りも上手く動き、部隊の交代も問題無く行われ、戦い続けていた。

小和泉の不安は杞憂に終わった。だてに日本軍は数十年戦争を続けていないということだろう。


戦闘予報

防衛戦が続きます。不意打ちに警戒して下さい。

死傷確率は5%です。


戦闘予報は、久しぶりの5%を表示していた。コンピュータは、人類優勢と判断をしている様だった。ならば、このままの状態であれば、月人が殲滅されて戦闘終了することになるのであろう。月人との戦闘は、月人を殲滅しなければ終わらない。最後の一匹になっても特攻してくる。月人には死の恐怖が無かった。

そろそろ、第一特科小隊も最前線に投入されるのだろうかと小和泉は考えていたが、未だ第三線の塹壕待機の命令のままであった。自軍の為に装甲車による機銃掃射のみを続けていた。

長期戦になると見込み、小和泉と愛以外に休憩をとらせていた。他の隊員は、座席を倒して眼を閉じ、睡眠を少しでも摂ろうとしていた。深夜に出動がかかっても良い様にシフトを組んでいた。

射手は定期的に交代し、今は愛が機銃を操作していた。

小和泉は、愛がヘルメットから網膜に機銃のガンカメラを投射し、スティックで操作する姿をのんびり眺めていた。暇だったのだ。

小和泉は愛を何となく観察する。経歴書では20歳女性の促成種。偵察任務で堅実に戦績を上げてきた叩き上げなのだが、外見からは全く暴力を匂わすものはなかった。

背は低く、小和泉の肩程しかなく、丸顔の童顔だった。十人中九人は綺麗ではなく可愛いと言うだろう。

年齢も二十歳には見えず、中学生と言っても差支えが無かった。私服で夜遅くに歩いていると警察官に職務質問を受けて困るので、普段から制服か野戦服を着ているという話を聞いたことを小和泉は思い出した。

特筆すべきは、小和泉が注視している胸だった。愛がスティックを操作する度に野戦服がはちきれそうに膨らむ胸が柔らかく揺れる。おそらく、この小隊でもっとも大きいだろう。

まだ実物を小和泉は見たことが無いが、そのうち、この掌で弄んでやろうと真顔で考えていた。

一方、愛は小和泉の視線を感じていた。しかし小和泉の真面目な表情を見て、その様な邪まな考えをもっているとは想像もしていなかった。単純に仕事ぶりを判定されているものだと考え、真剣に引き金を引き続けていた。まだ、愛は小和泉の本性に気がついていなかった。

おそらく、作戦中で無ければ、愛は小和泉の毒牙にかかっていたであろう。それだけ小和泉の欲望は高まっていた。


そんな小和泉の邪魔をする様に総司令部より無線が入った。

「特科隊、小和泉中尉だ。」

愛は射撃中、他の隊員は休憩中、必然的に小和泉が無線を取った。

「こちら総司令部です。第一特科小隊に発令です。直ちに軍専用メインエレベーターに集合して下さい。極秘任務につき現地にて説明致します。」

男性オペレーターが淡々と命令を伝えてくる。

「特科隊了解。軍用メインエレベーターへ向かう。」

小和泉は無線を切ると同時に車内に響く大声で全員に命令を伝える。

「傾聴!特科隊は軍用エレベーターに移動する。詳細は現地にて説明。特科隊出撃。」

その声に微睡んでいた者が一斉に正気に戻り、座席を起こす。

「射撃中止。安全装置作動。周囲に敵影なし。移動可能。」

射手をしていた愛が即座に行動を起こし、報告する。

その報告を確認すると同時に桔梗が天井のハッチを開け、上半身を装甲車の外にさらす。

「周囲に障害物無し。移動良し。」

桔梗が小隊無線を通じ、報告を上げる。

「了解。装甲車移動開始。」

運転席の鈴蘭がスムースに狭い装甲車用塹壕から装甲車をバックさせ、すぐに地下都市の軍専用の出入口へと向かう。視野の狭い運転席をフォローする為、桔梗は装甲車から上半身を出したまま人や障害物などの情報を簡潔に鈴蘭へと伝える。

狭い自動車用の塹壕を地下都市へ装甲車は疾駆する。装甲車は軽快に障害物を避ける。桔梗と鈴蘭の連携の賜物だ。他の部隊、いや隊員ではここまで軽やかに早く塹壕内を走り抜ける事はできないだろう。

ひとたび命令が下れば、マイペースである小和泉であろうとも即座に行動を起こす。特に現況からエレベーターに集合させること事態が異常だ。

敵は外だ。

だが、総司令部は地下都市内に入れと言う。事態が切迫している可能性が高い。旧1111分隊の四人はそう感じていた。


舞は、先程までの弛緩しきった小隊と今の心地良い緊張感に包まれた小隊が同じ小隊であるとは信じられなかった。

―私は小和泉中尉を、そして1111分隊を侮っていました。ここまで練度の高い部隊であるとは思っておりませんでした。この埋め合わせ、いえお詫びは行動をもってお返し致します。―

舞は、心の中で宣言した。

一方で舞は、愛についても感心していた。即座に機銃を閉鎖し、友軍への安全を配慮する余裕が心にある事だ。自分自身が銃座に居た場合、指示が無い限り月人への攻撃を続けていただろう。

これが心に余裕がある者と無い者との差かと実感していた。


装甲車は地下都市内を疾駆し、地下都市KYTの中心にある指定ポイントへ到着した。

軍専用のメインエレベーターは、巨大だった。三十メートル四方あり、高さは十メートルあった。詰め込めば、六輪装甲車が十八台入る。地下都市KYTでもっとも大きく深いエレベーターだった。

利便性を考え、扉は北面と南面についており、通り抜け型になっていた。これにより車両を搭載時にバックで入るなどの切り換えしが不要となり、円滑な乗降が可能だった。

南面から入ってきた小和泉は装甲車を北面の扉の前に停めさせた。

だが、エレベーター内は無人だった。他の車両どころか人影も無かった。

「総司令部。こちら特科隊、指定ポイント到着。指示を乞う。」

「こちら総司令部。現在、他部隊も集結中。全隊が集結するまで待機せよ。」

「了解。待機する。」

どうやら、総司令部が想定するよりも早すぎる到着だったようだ。

安全地帯に早く到着することは問題無い。部隊の死傷確率をゼロにできる。小和泉がもっとも嫌いな事は、機械がいくら壊れようが部下に損害が出る事だった。

小和泉は、部隊が集結するまでに装甲車の点検をさせることにした。数時間も機銃を休みなく撃ち続けてきた。どこかに不具合が発生していてもおかしくはない。点検をするに越したことはないだろう。

「さて、時間があるようだから全員で装甲車の点検をしようか。特に機銃は分解清掃をよろしくね。僕は無線番しているから。はい、実行。」

『了解』

五人から歯切れの良い返事が飛び出す。皆、長時間狭い車内で待機していた為、身体を動かしかったのだ。車内は、戦闘中に監視しているため点検は不要だった。

一斉に五人が様々なハッチから車外へ飛び出す。

桔梗は天井ハッチ、鈴蘭・菜花は運転席ドア、舞は底部ハッチ、愛は後部ハッチから飛び出した。

各々が車体外装やタイヤ、サスペンションなどを点検していく。外部カメラなどのレンズは丹念に磨かれる。皆が真剣に点検するのには理由がある。この装甲車の働き一つで死傷確率は大きく変わる。

ハッチが閉まらなくなれば、月人に侵入されるかもしれない。

機銃が故障すれば、月人に包囲されるかもしれない。

サスペンションが壊れれば、走行不能になるかもしれない。

カメラの汚れにより外が見えなければ、月人を見落とすかもしれない。

塹壕にいた時、味方の誤射を受けていたかもしれない。

幾らでも不具合は思いつく。実際に戦場では何が起こるか分からない。

それくらい慎重になって点検しても故障する時は故障するのだが。

どうやら、点検は終わったらしい。全員が車内へと戻って来た。出て行く前に比べ顔色が良くなっていた。やはり狭い車内に閉じこもるのはストレスになる。

「じゃあ、僕も外に出るかな。桔梗、無線番を頼んだよ。」

「了解致しました。ごゆっくりして下さい。」


小和泉は、助手席のドアを開き車外へ出る。屋内とは言え、車外とは比べ物にならない広い。大きく伸びをした後、点検具合を簡単に確認していく。

装甲車の後部へとゆっくりと移動していく。時にはしゃがみ、覗き込む。

部下達の仕事に問題は無かった。丁寧に点検がされている。可動部分は砂を落としてから注油され、ボルトの増し締めもしている様だ。小和泉的には、ここまでの点検を要求したつもりは無かった。目視点検のレベルで良かった。

余程、身体を動かしたかったのだろう。

小和泉は、装甲車を一周し助手席ドアに戻って来た。

車内に戻るか、気晴らしに外にいるか一考していた時、南面より装甲車と輸送車が数台入ってくるのを確認した。すかさずドアを開け、車内に滑り込む。

友軍とはいえ、生身で装甲車に身を晒す様なことはしたくない。銃器の誤射や暴発の恐れは常に考える必要性はある。特科隊の様に整備をしっかりと行っている保証は無い。

友軍の装甲車と輸送車は、小和泉達の横にキッチリと停めていく。日本軍らしい正確さだ。

最後の一台の装甲車だけが小和泉達から離れてエレベーターの中央に停まった。この装甲車だけが全く汚れていなかった。総司令部の物だろうと小和泉は見当をつけた。

「こちらは総司令部所属、七本松しちほんまつ大佐である。小隊長以上は総司令部装甲車前に集合せよ。以上。」

無線ではなく、拡声機を利用しての命令だった。装甲車の外部集音マイクが声を拾いスピーカーへ流す。

無線傍受されたくない程、今回の任務が外部いや軍内部に漏れるのを恐れている様だった。

―これはまずい任務になりそうだ。―

小和泉の背中に冷たい汗が一筋流れ落ちた。

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