36.第二十四次防衛戦 舞の苛立ち
二二〇二年十一月十七日 一七五三 KYT 南部戦線
「隊長、俺達こんな場所で遊んでいていいのか?前に出た方が役に立つと思うんだけど」
菜花が機銃のスティックを面倒そうに操作しながら小和泉に語り掛けた。
同時に背後より舞の気配に苛立ちと怒りが混じるのを小和泉は感じた。
菜花の話し方が上官への話し方で無いからだろう。
桔梗、菜花、鈴蘭は、直接の上官は小和泉しか知らない。他の部隊に所属したことも無い。ゆえにこの様な口の利き方が1111分隊では当たり前だった。
当然知識として、上官への正しい態度は、促成種に備えられている額の情報端子から菜花にも直接書き込まれている。ゆえに他の士官の前では自然に振る舞うことはできた。
だが、仲間だけになると小和泉の情婦でもあるためか、自然とため口になっていた。
階級順に整理すると、
小和泉中尉(第一特科小隊小隊長兼第一分隊隊長)
桔梗准尉 (第二分隊隊長)
舞曹長 (第二分隊)
菜花軍曹 (第一分隊)
愛兵長 (第二分隊)
鈴蘭上等兵(第一分隊)
の順番になる。
何とも驚くのが下士官でも無く、兵士である鈴蘭までも士官の小和泉と対等に会話をしていた。
他の部隊を経験してきた舞や愛には想像もできない状況であった。
だが、上官である小和泉が許可しており、舞はその点を指摘すべきか悩んでいた。1111分隊の活躍は良く知っている。舞自身の命を救った恩人達である。この分隊の空気が日本軍最強の分隊と呼ばれる狂犬部隊を作り上げたのだろうと想像はした。
しかし、軍規に違反するのは如何なものだろうか。舞は、実績と軍規の板挟みに特科隊創設時より苛立っていた。
「総司令部の指示だからね。最前線に出たいのは分かるけど、ここから機銃で月人を削ってね。」
小和泉は、舞の苛立ちに気付かぬ振りをし菜花に答える。
「まぁ、隊長が納得しているなら我慢するか。」
菜花は、舞の不機嫌な気配に全く気付いていないか、気にしていない様だった。いや、逆にあえて無視をしているのかもしれない。気配に鈍感であれば、とうの昔に戦死しているだろう。
「それに今回の戦いは、数的に圧倒的に不利だからね。無線を聞いていると楽観視している部隊がいるけど、これから辛くなるかもしれないね。」
「味方、調子いいじゃないっすか。何で辛くなるんすか?」
菜花は軍曹だ。下士官ならば判って当然だと小和泉は考えていたが、よもやこの様な質問が出て来るとは予測していなかった。特科隊は、階級が偏っている。通常は一分隊に下士官一名と三名の兵士で編成されるが、鈴蘭上等兵以外は下士官で編成されていた。
「理由が分かる人は、挙手してね。」
すると、予想通り、菜花を除く全員がすぐに手を上げた。
一兵卒からの叩き上げの下士官ならば、理解できて当たり前だった。
小和泉の下で菜花が白兵戦のみの功績による昇進により、軍曹になってしまい、軍略を理解していないのも分からないでもない。
頭を使うことは、小和泉や桔梗が全て行ってきたからだ。
上等兵である鈴蘭が理解しているのは、医療技術を簡単に習得する賢さと器用さと想像力を持ち合わせているからだろう。
小和泉は、菜花に対し白兵戦ばかり鍛えてきた事を若干後悔した。今後は軍略についても指導しようと心にとめておいた。
「では、舞に答えてもらおうかな。」
ここらで、舞の不満を吐き出させた方が良いと小和泉は判断した。本音を言うと戦時ではなく、平時に済ませておきたかったが、創設から十日しか経っていない速成部隊ならではの問題だった。
小和泉が舞を指名すると即座に装甲車の椅子から立ち上がり、直立不動の姿勢をとった。
「舞、座ったままでいい。このメンバーは日本軍の規格外だから、もっと気楽にしてくれていいよ。そういう固いのは他人の目がある時だけでいいからね。愛も分かったね。」
「中尉殿。僭越ながら、それでは軍の規律が維持されません。また、上官に対し礼を失する言動を発する事は許されない事です。皆にお改め下さる様お願い申し上げます。」
舞は、頑なに直立不動を崩そうとしない。どうやら、舞はお固く生真面目な性格らしい。
小和泉が特科隊に合流して十日ほどしか経っていない。まだ、舞と愛の性格を完全に把握し切れていなかった。その横で愛が居心地悪そうに小和泉と舞の顔を何度も見比べている。
舞は正論を言っている。しかし、上官の命令は絶対。その板挟みに愛は悩んでいる様だった。
どうも愛には優柔不断の気があるのかもしれなかった。
「ふむ。舞の提案は後で検討の時間を取るよ。まず、味方が不利になる理由を聞こうかな?」
「はい、疲労であります。人間の集中力は四十分から一時間と聞いております。その後は注意力散漫となり、行動効率が下降します。これは自然種も促成種も変わりません。
ですが、現状は予備兵力も投入され、交代要員がおりません。まもなく、疲労による攻撃力の低下が始まると思われます。
一方、月人の後続部隊は戦闘に参加しておりません。疲労が無い状態にて戦闘に突入するものと考えます。
疲労した味方に戦意旺盛な月人が突撃してくるのは時間の問題です。」
「はい、よくできました。全兵力による一斉攻撃の人類は、まもなく息切れするかもしれないね。でも一つ忘れている事があるよ。」
「申し訳ありません。思いつきません。」
一呼吸考えてから舞が答えた。
「古参兵の存在だよ。」
「古参兵ですか?どの様な役割をするのでしょうか?」
「古参兵はね、手を抜いているんだよ。」
「それは軍への背信行為ではありませんか!軍法会議ものです!」
どうも、舞の考え方の基本は、杓子定規の様だ。応用、いや順応性が低いのかもしれない。
「そうじゃないんだよ。舞自身が言ったじゃないか。人間の集中力は一時間もたないと。
一度、戦闘が開始されると十分で終わるかもしれないし、一ヶ月戦い続けることになるかもしれない。だから、小隊や分隊内において交代で休憩を取る様にするんだよ。
そうする事により、食事や睡眠をしっかりとれ、疲労回復もできるんだよ。」
「休息のローテーションは、総司令部が考えております。時間が来れば、最前線が第三線に下り、第二線が最前線へ、第三線が第二線へ上がります。下が考える必要は無いと思われます。」
「戦闘中に交代するのかい?それって現実的かな?」
「確かに戦闘中は、交代は難しいでしょう。ですが、交代要員を前線に送り込むことは可能です。」
「で、狭い塹壕に大人数でひしめき合うのかい?戦闘行動に支障は出ないかな?」
「そこは、交代要員が到着次第、先の部隊が抜ければ問題無いと考えます。」
「目の前に敵がいて、銃を撃ち続けないと近づかれるのに銃撃を止めるのかい?」
「そ、それは…。」
「ほんの数秒、銃撃が途絶えれば奴らは確実に塹壕に飛び込むよね。で、月人にとっては周囲がすべて敵。近くにいる者から倒していけば良いけど、僕達は味方を誤射、フレンドリーファイヤーつまりFFをするよね。どう対応するの?」
「交代部隊が白兵戦を挑み、先任部隊が銃撃を続けます。」
「で、背中を見せている先任部隊が殺され、銃撃がやみ、さらに月人が塹壕に飛び込むと。悪循環だね。さらに付け足すと月人と白兵戦を行える部隊は少ないよ。多くの部隊は、月人の腕力と機動力にねじ伏せられるね。」
「では、中尉殿はどの様に対応されるのですか!」
舞の言葉には怒りが混じり始めていた。憧れの小和泉の口から、怠慢行為を推奨する言葉を聞きたくなかったのだろう。
「すでに言った様に各個で休憩をとるんだよ。手が回らなくなれば、全員で対応するけどね。戦闘が始まれば、いつ休めるか分からないんだよ。休める時は、とことん休むんだよ。常に全力で戦えるようにね。僕は、特科隊の全員が生き残る方法を常に考えているんだよ。休暇の時だって考えているよ。愛しい君達を失いたくないからね。」
小和泉は、優しく告げた。最後の言葉に舞の怒りが少し和らいだ様だった。
舞は今の意見を整理し分析している様だ。すぐに反論せず、大人しくしていた。どうやら、説得は長丁場になりそうだ。
だが、待機中の暇つぶし、もとい、隊の意思統一と新しい部下のことを知る良い機会だと、逆に真正面から小和泉は付き合うことにした。敵を知らねば、確実に落とすことはできない。
桔梗は、小和泉の横顔を見つめた。手に取る様に小和泉の考えが分かる。
―毒牙にかかる子が二人ですか。舞曹長、愛兵長、お気の毒様です。反論は、隊長の嗜虐心を煽るだけですよ。―
そして、小和泉との逢瀬の順番に二人が組み込まれる事により、順番待ちが長くなることを思うと溜息が漏れた。




