334.〇三〇七二一OSK攻略戦 蛇喰の置き土産
二二〇三年七月二十九日 一六〇三 OSK 中層部 居住区
小和泉の全身に凄まじい圧力が加えられる。
九久多知に当たる手榴弾の破片は、一つ一つが重く硬く、複合装甲を撃ち抜くかの様な衝撃を与え続ける。
その中には、月人の肉片と骨片が九久多知に衝撃と共に纏わりつく。だが、それも次の骨片に抉られ、剥ぎ落とされていく。
ほんの数瞬の時間に過ぎない筈だった。しかし、小和泉は何度も何度も全身を大きく強く揺すぶられ、いつ血と肉の嵐が終わるのかと待ち焦がれた。
月人の頭部がヘルメットに当たり、大きく脳を揺さぶられる。
―意識を。―
小和泉は失神すまいと意識を集中させるが、血と肉の嵐が吹き荒ぶ中、暗闇へと意識を落としてしまった。
小和泉は腹部に走る電流の様な痛みと同時に血を吐いた。ヘルメットの内側下半分がどす黒い血に染まった。
大きく咳き込み、気管支に逆流した血を吐き出そうと体が咳き込む。一つ咳をする度に身体に電流が流れる。どこが痛いとかではない。全てが痛い。特定など必要無い。
痛みにより、朧気だった小和泉の視界が定まってくる。
シールドにヒビが入り、外の視界は悪くなっていた。よく外を見通すことができない。
いや、正確には埃が貼り付いていた所為だ。少し遅れて小和泉はそのことに気が付いた。
右手で乱暴にシールドを拭う。拭った跡がしっかりと残るが綺麗に拭き取ることは不可能だった。小和泉の右手も埃と月人の血肉に塗れていたからだ。ゆえに視界は悪いままだった。
埃が空中に舞っていた。つまり、失神した時間は長く無いということだ。床に仰向けに倒れていた小和泉は上半身を起こそうとすると体が重く、簡単に起き上がることが出来なかった。小和泉の身体に覆い被さる様に狼男の死体が乗っていた。狼男の背中には、無数の手榴弾の破片と骨片がささっていた。四肢は失い、そこから大量の出血をしていた。恐らく出血性ショックで死亡したのだろう。
小和泉は、至近距離の手榴弾の衝撃波を全身に浴びる筈だった。この狼男が盾となり、直撃を避けることができた。
―たまたま、盾になったのか。いや、隻狼との間に狼男、いや、月人はいなかった。なぜだ。―
小和泉は九久多知に話しかけようとしたが、喉の奥から溢れる血により咽た。声を出すことはできなかった。代わりに血を吐いた。
強く意識をする。脳波を読み取らせる為だ。
―九久多知、この狼男は何だ。―
ヘルメットのシールドに文字が表示されるが、ひび割れていて読めなかった。
―九久多知、網膜モニターに投影しろ。―
シールドの文字は消失し、網膜へ直接投影された。
<補助腕を使用。近くの月人を確保。手榴弾との間に障害物を作製。肉盾を設置。>
―ふっ。やってくれる。錺流のやり方だ。どこで学習したのだか。どけてくれ。―
<了解。排除。>
補助腕が器用に狼男を投げ捨てる。小和泉は、上体を起こし、床に胡坐をかき、周囲を見渡した。埃舞う中、起きているのは小和泉一人だった。
月人達の大多数は生きていた。しかし、床に倒れ、四肢を飛ばされ、顔を失うなど、まともな姿なものは見当たらなかった。苦痛を耐え、低く小さく呻き続けている。
小和泉は、銃紐を手繰り寄せ、アサルトライフルを構える。
アサルトライフルの外見を確認する。大きな歪みや割れは見当たらない。
―暴発したら、その時に考えよう。―
小和泉は左手でアサルトライフルを保持しようとしたが、掴めなかった。手首から先が下へと折れ曲っていた。
―そうだった。隻狼に折られたのだったな。―
小和泉は銃身を左手の前腕部に乗せる。これで少しは安定した射撃を行えるだろう。
苦痛か罵詈雑言を言っているのか知らないが、呻く月人へ照準を合わせる。そして引き金をやさしく引いた。
アサルトライフルから光弾が間断なく吐き出される。小和泉は、照準を少しずつずらし、月人達を蜂の巣にしていく。生き残れる可能性があるならば、小和泉は諦めない。実行できる手段をとる。月人を皆殺しにする絶好の機会だ。
銃身が熱を持ち始め、九久多知の左腕装甲を貫通し、地肌へと熱を伝え始める。だが、小和泉は射撃を止めない。月人の群れを掃射していく。
次第に銃把まで熱を帯び始める。
―やはり、爆発に耐えられなかったか。どこかが壊れているな。だが、使える内は撃ち続ける。―
小泉の掃射は止まらない。全体に光弾を降らせたあと、再び最初の一団から光弾を降らせていく。
ますます、アサルトライフルが熱を帯びる。野戦用手袋が焦げ始め煙が昇る。
だが、小和泉は容赦なく撃ち続ける。死んだふりなぞは許さない。ここで確実に仕留めることが生き残る唯一の手段だ。火傷程度で攻撃の手を緩める小和泉では無い。
アサルトライフルの機関部が膨れ始めた。この現象は蛇喰から聞いている。爆発する前兆であると蛇喰の経験談だ。
―潮時か。―
小和泉は、隻狼がいた筈の場所へとアサルトライフルを投げた。そこには月人が小山の様に積み重なっていた。
そして、気が付く。隻狼の姿が無いことを。
―どこだ。どこに行った。―
アサルトライフルを投げつけた月人の山が持ち上がり、勢いよく立ち上がる影があった。
立ち上がった瞬間、偶然にも小和泉が投げつけたアサルトライフルを受け止める形となった。
小和泉は、床に仰向けに倒れ伏す。
―九久多知、肉盾。―
<了解。実行完了。>
九久多知は、補助腕で近くの月人を小和泉の上に乗せる。
そして眩い閃光が周囲を染め上げ、爆音が小和泉の身体を震わせた。
ヘルメットをしていても轟音が鼓膜を痛みつける。
小和泉の身体の上を衝撃波が通過して行く。
爆発はほんの数瞬。すぐに静けさが戻った。だが、小和泉の聴覚は戻っていない。轟音により、耳が塞がれているかの様に音が籠っていた。
小和泉は、痛む身体を起こし、床に胡坐をかく。爆心地は焦げた床が広がる。その場には、月人の死体すら残っていなかった。
―九久多知、隻狼を探査。生き残りも探査。―
<了解。探査開始。探査中。>
小和泉も周囲を見回す。爆心地を除き、月人の死体に周囲を取り囲まれていた。
掃射の効果か、アサルトライフルの暴発の効果か解らないが、生き残りは居ないように見受けられた。呻く月人を確認できなかったのだ。
血を流し過ぎたのだろう。血圧が降下している。その為なのか、脳に送られる酸素量が減り、思考速度と思考力が低下していることを小和泉は実感していた。
恐らく、身体も上手く動かすことはできないだろう。格闘戦はできない。射撃戦も武器を失いできない。今の小和泉は、戦闘力が皆無だった。
<各種探査装置、精度低下。探査中。>
改めて、九久多知が知らせてくる。
複合装甲の探査装置が故障している可能性が高いのだろう。今、使える範囲で九久多知が探査を行っているのだろう。
通常よりも探査結果の報告に時間がかかっている。
だが、装甲板の大半が剥離し、複合装甲の機能の大半を失ったであろう中、探査系統が生きていたことは有難いことであった。
思考が鈍い。次に何をすべきか浮かばない。ただ、思うはKYTへ帰る。
それだけだった。
意識が混濁し始めている小和泉に哨戒は不可能だった。九久多知に任せるしかない。
小和泉は死人の様に動かず、九久多知の探査結果を待った。
<当該敵性体、確認。死亡確認。天井参照。>
網膜モニターに文字が表示された。
小和泉は痛みを堪え、のろのろと天井を見上げる。
そこには左目を昔に失った鉄狼の上半身だけがこびり付いていた。
小和泉は勝った。ギリギリで勝った。しかし、生き残っただけだ。
ここからKYTへの道程は遠い。
―蛇喰、お前に助けられたよ。置き土産みたいのものか。こんな日が来るとはね。
さてと。まずは地表へ。友軍が居れば合流。居なければ徒歩か。遠いな。―
それだけを考えると小和泉は闇へと落ちた。
精神と肉体が限界を迎え、休息を必要としたのだ。




