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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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332/336

332.〇三〇七二一OSK攻略戦 脱出不能

二二〇三年七月二十九日 一五二九 OSK 中層部 居住区


小和泉は間合いをとり、お互いの制空権から一時離脱する。

消極的戦術であれば、隻狼の出血を待ち、体力を失ってから攻めるという方法がある。

残念なことにこれは小和泉の現状にもあてはまることだ。

腹の傷は開いたままであり、何の手当てもされていない。薄い応急フィルムが破れた瞬間に小和泉の出血が始まり、一瞬で意識を刈られることだろう。

つまり、時間が無いのは小和泉も同じなのだ。

「では、どうしようか。普通ならば死角である失明している左側からの攻めが常套手段。だが、それは隻狼も読んでいる。いや、その攻撃に慣れているだろう。

コツアイが小盾の使い方を指導したのも隻眼の不利を補うためだろう。

さて、攻め口はどこにすべきか。考えるだけ無駄だね。僕らしくない。本能で攻める。」

小和泉は正面から隻狼の間合いに踏み込み、上段から十手を振り下ろす。狙いは隻狼の鼻。獣毛が無く、もっとも攻撃をしやすい急所だ。

だが、見え見えの攻撃は隻狼に小盾で阻まれた。

これは誘いにすぎない。いつの間にか、小和泉の左手はコンバットナイフを握っていた。

比較的獣毛が薄い脇腹へと突き立てる。上手くいけば、肋骨の隙間を通り、内臓を傷つけることができる。

しかし、甲高い音と共にコンバットナイフは弾かれた。既にもう一つの小盾が、脇腹を守っていた。

「これで腕二本、止めたぞ。」

九久多知の尾銃が、小和泉の股間を通り正面に回る。威力はアサルトライフルより落ちるが、そこは数で補う。隻狼の股間を中心に連射する。尾銃は次々と光弾を吐き出し、隻狼の生殖器を破壊しようと試みる。

隻狼は左手の小盾で十手を受け、右手の小盾でコンバットナイフを受けている。

つまり、両手がふさがっていた。

尾銃の攻撃を受ける、もしくは避ける手段を持っていなかった。

着弾する光弾が、獣毛を焦がし、辺りに蛋白質が燃える嫌な臭いを立ち上げていく。

隻狼は、熱さと衝撃に耐える。歯を喰いしばり、両足を地面に根を生やしたかの様に、小和泉の力押しに耐え続ける。

隻狼が足に力を加える毎に左足から血が規則的に噴き出した。それは床に血溜を作っていった。


「おらおら、お前の息子を焦がし、もいでやるよ。」

小和泉は全身に力を籠め、隻狼を抑え込む。尾銃の攻撃から逃さない。

小和泉の言葉をコツアイが通訳しているのかは分からない。だが、有効な手段である様に小和泉は本能的に悟った。

「痛いだろう。もげたら繁殖行為はできるのかな。狼男から狼女へ性転換するのかな。」

小和泉は、隻狼へと暴言を吐き出す。

読みづらい隻狼の表情だが、口角が更に上がるのを小和泉は見逃さなかった。

隻狼の力の入り方が歪となる。左足に力が入らない為だろう。

―間違いない。コツアイは通訳している。言葉攻めは有効か。そして、このできた隙を利用して。―

小和泉は、一気に隻狼へ圧し掛かり、上体を反らさせる。それに抗う為、隻狼の腹筋と背筋が盛り上がる。

―かかった。―

お互いの上半身が離れた為、自由に動ける空間が生まれた。いや、生み出した。

小和泉は右足を持ち上げると隻狼の左足を全力で踏み付けた。

小和泉の踵が、十手による傷口を容赦なく踏み付け、抉り、潰し、拡げる。

隻狼は、新たな激痛に咆哮をする。小盾の防御が弛む。

すかさず、小和泉は脇腹へコンバットナイフを小盾から滑らせ、脇腹へと突き立てる。

刃先は、固い獣毛をかき分け、皮膚にめり込み、脂肪を通り抜け、筋肉を裂き、肺へと至った。さらにコンバットナイフを根元まで埋める。

そして、小和泉のいつもの動作。条件反射の域に達した行動、ナイフで傷口を大きく抉る。

赤い血が傷口から噴き出す。動脈の一本でも切り裂いたのだろう。小和泉の左手がみるみる赤く染まる。だが、小和泉の手は止まらない。更に奥へとナイフを導くために力を込めた。捻じりながら押し込んでいく。刃は周囲の血管と神経を巻き込み、傷を広げる。

狙い通りに進む。上手くいけば、心臓に達することもできるかもしれない。


そこに油断があったのかもしれない。小和泉はあっさりと左手首を隻狼に掴まれてしまった。

隻狼は激痛を堪え、口から涎を飛ばしながら小和泉の油断をついた。

小和泉が振りほどこうとするも隻狼は、確りと手首を握りしめ離さない。

次の瞬間、手首に強い圧力を感じると同時に関節の粉砕する音が、空気を伝い耳に届く。同時に骨を砕かれる衝撃が体の骨と筋肉を通して伝わる。

遅れて、左手首から胴体、脳、手足へと激痛が満遍なく伝わる。強烈な電気を浴びせられたかの様に脊髄が震える。

一瞬、目の前が真っ白になり、気を失いかける。

肺は、反射的に大量の空気の塊を強制的に吐き出す。その呼吸法により、小和泉は失神直前で踏み止まった。

速やかに痛覚を遮断し、知覚のみへと切り替える。これ以上、痛みに付き合う必要は無い。

しかし、額に大量の脂汗が浮き、身体は悲鳴をあげている。


小和泉は体勢を立て直すために、左手を大きく降った。隻狼の手を振りほどこうとするが、離れない。がっしりと掴まれている。

左腕を振る度に手先が力なくぶらぶらと揺れる。小和泉の意志が届くことは無い。指一本すら反応しない。

―使えないものは、使えないと割り切る。また、狂医師の多智の再生手術を受ければ良いだけだ。―

小和泉は、隻狼の傷口を踏みにじりつつ、手首を握る隻狼の手へ振り十手を下ろす。

隻狼はそれを小盾で防ぐ。だが、小和泉は諦めない。

何度も何度も十手を振り下ろす。

隻狼が防御を失敗するかもしれない。もしくは、防御に専念し、手首を掴む手が弛むかもしれない。そんなわずかな期待が込められている。

小和泉は手首を責められ、隻狼は足先を責められる。傷口をいたぶられる我慢比べとなった。

一人と一匹は、互いに急所を攻め合い、密着し効果的な攻撃ができなかった。子供の喧嘩の様に十手を振るうしかなかった。

手首の締め付けがさらに強まり、折れた骨が血管を傷つけ、皮膚を破った。血が流れ始め、複合装甲の隙間から血が滴り落ちる。

手首は可動域を確保するために、装甲は無いに等しい。その弱点を隻狼に突かれてしまった。

コツアイの入れ知恵だろう。今までの月人に手首を狙う者はいなかった。

血が流れたことは小和泉にとって不利であったが、有利ともなった。

しっかりと握りしめていた隻狼の手が血で滑る。すかさず、小和泉は生まれた指の隙間に十手を捻じ込み、隻狼の手を剥した。

拘束から逃れた小和泉は、背後へと下がり間合いをとった。仕切り直しだ。

―ああ、痛い。腹だけでなく左手も持っていかれたか。手首から先は感覚も無し。指先もピクリとも動かないな。やられた。油断したか。それとも鎮痛剤が脳の動きを阻害しているのか。どちらにしても、こちらの有利性が無くなった。腹と手首からの出血。どちらも今は止血ができない。まずいな。―

小和泉と隻狼は、お互い動くことなく睨みあう。次の行動を呼吸や筋肉の動きから読み取ろうとしていた。

そんな時、ヘルメットのモニターに赤い文字が表示された。九久多知からの警告だ。

<月人、包囲網完成。>

単純明快な警告だった。小和泉は戦術図を確認する。馬蹄形であった赤い点が、小和泉と隻狼を中心にした二重、三重の円形へと変化していた。

隻狼との攻防の最中に、陣の変形を行なったのだろう。

輪の中央は、直径十メートル程の空間となっており、まるで闘技場の様であった。

―コツアイの指示か。僕を逃がす気は無し。つまり、脱出不能。コツアイは、隻狼と一対一の対決を望むのか。いや、コツアイの望みじゃないな。隻狼の望みだな。

これで逃げ道は無い。それどころか、狭い闘技場の中では有利な位置取りも出来ない。下がれば、背後から壁を形成している月人に殴られ、刺される可能性もある。有利な点が見つからない。

それに隻狼を斃したところで次は約六十匹の月人との乱戦か。僕の命運もこれまでか。―

小和泉は、一度構えを解き、全身の筋肉を弛緩させ、深呼吸を一度行った。

無駄な力が抜けて血管が広がり、少し血行が良くなったのかもしれない。新鮮な酸素が全身に行き渡り、靄がかかっていた思考がスッキリとする。

「いや。僕は諦めない。皆が生きた証、認識票をKYTへ持ち帰る。

月人共、そこを通せ。」

小和泉は、右手だけで十手を中段に構え、戦意旺盛であることを月人に示した。

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