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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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330/336

330.〇三〇七二一OSK攻略戦 死線

二二〇三年七月二十九日 一四五二 OSK 中層部 居住区


小和泉は、望まぬ再会を果たしてしまった。

アサルトライフルの黄昏スイッチを連射から狙撃に切り替え、照準を隻眼の鉄狼こと隻狼へと合わせた。

アサルトライフルの内部で光弾の集束が始まる。

網膜モニターに、<集束中。三、二、一、了。>と表示された。

隻狼は、馬蹄形の陣の中、先程と変わらず仁王立ちをしていた。小和泉の正確な位置を把握していないのだろう。輪の中心へと視線を送っており、小和泉を視野に納めていなかった。

隻狼は、他の狼男達と違い、両腕に大型の篭手をしていた。

篭手というよりも小盾と言った方がしっくりくるだろうか。長方形に近い多角体の厚い板を左右の腕に着けていた。

造りは乱雑であり、厚い板をベルトで腕に括り付けただけの簡素な物だ。

「両腕に小盾を装備か。何か見覚えがあるような。まあいいか。

格闘戦対策してきたか。コツアイの入れ知恵だろう。銃剣、十手をあれで防ぐつもりか。たしかに硬い獣毛で受けるよりは安全だろう。難儀なことをしてくれる。

これで馬鹿正直に格闘戦を仕掛ける必要性は益々無くなった。狙撃で終わらせたいところだな。」

小和泉は射撃戦を仕掛けることにした。格闘戦で腹の傷を広げる必要は無い。無防備に立っている好機を活かせばよい。

狙撃仕様ならば、通常の五倍の威力がある。ただ、その分、光弾の熱量を集束させるのに三秒かかり、連射はできない。待ち時間が存在した。

だが、狙撃仕様の集束された光弾ならば、強固な鉄狼の毛皮を撃ち抜くことも可能だろう。

これまでは狙撃手であった桔梗に任せていた為、小和泉が狙撃仕様を使用するのは、意外にもこれが初めてだった。


小和泉は、ゆっくりと優しく引鉄を引き、集束された光弾を発射した。小和泉は結果を確認せず、静かに見つからぬ様に移動を開始する。この間にはアサルトライフル内で集束が開始される。移動中には集束は終わり、次の狙撃地点に到着した時には即座に発砲ができる。

狙撃手は射撃地点が発覚すれば、敵に囲まれ嬲り殺しにされる危険性が非常に高い。

実弾ならば発覚しにくいが、光弾は即座に狙撃地点を特定されてしまう。何せ、弾が光り輝いているのだ。見逃す事はほぼ無い。

六十組の目で監視されている中、狙撃地点に留まる事は死を意味している。

ゆえに、即座に次の狙撃地点へと移動を完了させる。

だが、戦術図の敵を表す赤い光点に動きは無かった。発射地点へ迫る月人は、一匹もいなかった。

次の狙撃地点に着いた小和泉は、障害物の陰からアサルトライフルを突き出し、隻狼の様子を窺う。狙撃成果の確認だ。

隻狼は、弱点の喉元に小盾を掲げ、表面の一部が黒く焦げていた。小和泉の光弾を防いでいたのだ。光弾は、光っているだけで光速では無い。あくまでエネルギー体の発射速度が移動速度になる。それでも着弾に一秒かからない。その速さに隻狼は対応した。

「光弾の速さに反応できるのか。僕の狙いを読まれたのか。コツアイが補助をしているのか。」

小和泉は、一度身を隠し、対応を考える。

―超近距離による射撃戦。―

小和泉の考えに浮かんだ言葉だった。

隻狼の近くまで忍び寄り、連射射撃を全力で実行する。接近をするならば、左目を失った左側の死角から近付くのが定石だろう。

これならば、小和泉の身体にも負担は少なく済む。だが、連射の光弾は、確実に獣毛の薄い部分に当てなければ効力を発揮しない。獣毛の厚い部分では、表面を焦がすだけで傷を負わすことはできない。

左手でアサルトライフルを撃ちつつ、右手による格闘戦が最良の選択だろうか。

小和泉は、障害物の陰に潜み、思案する。


「駄目だ。勝てる道筋が見えない。やっぱり、僕にはこれしかないか。」

そう言うと小和泉は十手を取り出した。散々に月人を殴り屠ってきた。

頭蓋をかち割り、四肢を圧し折り、肋骨を粉砕し、時には臍を抉った。

どれ程、乱暴に扱おうとも、十手は一度も曲がることもヒビが入ることも無く、堅牢さを示し続けている。今、確認をしてもヒビも歪みも確認できない。硬さと頑丈さに特化した武器だった。

使い心地としては、銃剣も悪くは無い。急所を一撃で裂き、もしくは貫き、即死させる。

また、アサルトライフルに着剣することにより武器の間合いが広くなり、槍の様に使用することもできる。

これは十手にはできないことだ。

ただ、刃が掛けたり、切れ味が鈍ったりすることが、小和泉にとっての信頼性が低くなる原因だった。

日本軍で唯一小和泉が愛用する十手ならば、いついかなる場合でも思うままに効力を発揮してきた。

これ程、命を託せる安心感のある武器は、日本軍には存在しなかった。

「なあ、相棒。今度もよろしく頼むよ。」

小和泉は十手にそう話しかけるとその場に立ち上がり隻狼と向かい合った。

その場で立ちあがったのは、隻狼の死角に回り込む利点が思い浮かばなかったからだ。

恐らく、コツアイが蠍型機甲蟲を通じて四方から監視をしているだろう。

つまり、隻狼の死角をコツアイが補っているのだ。

月人が発射地点へ集まらなかった理由は、小和泉の移動をコツアイが確認し、待機の命令を下したのだろう。

ならば、今も小和泉が隠れている場所は、コツアイに把握されている。

そう、結論付けたのだ。

ならば、堂々と正面から隻狼と立ちあうのみ。小和泉の覚悟は決まった。

ヘルメットの中で小和泉の顔が弛んでいく。口角が上がり、犬歯がハッキリと見える。

同時に目も吊り上がり、獰猛さが滲み出してくる。戦闘狂ではなく、禍々しさを強く感じさせる凶悪さだった。それは、狂犬ではなく凶犬であった。


隻狼は小和泉を確認するも一歩も動かない。仁王立ちのまま、小和泉を視線で射すくめた。

強烈な殺気が視線にのっている。だが、小和泉はそよ風の様に受け流す。

この程度の殺気は、戦場では日常茶飯事だ。気にする程のものではなかった。

戦術図の赤点も動かない。月人達は、小和泉と隻狼の一騎討ちを望んでいる様だった。

小和泉はアサルトライフルを銃紐に吊るされるに任せ、十手を中段に構える。

隻狼までの距離は十メートル。いつの間にか近づいただろうか。小和泉が移動中に月人の包囲網も移動したのだろうか。だが、どちらでもよい。現実を受け入れるだけだ。

小和泉は障害物を乗り越え、堂々と隻狼の正面へと回る。腹の傷が痛むが、すでに知覚と反射神経とは切り離している。痛いからといって身体が自己防衛を反射的に取ることは無い。

ゆえに如何様に腹の傷が小和泉を苦しめようとも、痛覚という刺激を受け取るだけで、身体の運動性能に影響は与えない。錺流武術の修練がもたらしたものだ。

恐らく、他の武術や殺人術を極めている者は、似た様な技能を持っているだろう。

一般人だろうとも、足が痛くとも命に関わるならば、懸命に走ることができる。ゆえに訓練次第である事は明らかだろう。

小和泉は既に無心に至る。

腹の痛みは、情報でしかない。それにより、体の動きが遅れることは無い。

そして、射撃で隙を突く、ナイフを投げてから間合いを詰めるなどの小細工は考えていない。

無心でゆっくりと隻狼との間合いを詰めていく。その刹那の状況にあった攻防を行うだけだ。

頭で考える前に身体が勝手に動く。その流れに任せれば間違いない。それだけの修練を積み重ねきており、実績もある。

一方、隻狼に動く気配は無い。小和泉を正面に見つめ、仁王立ちのままで固まっている。余程の勝算があるのだろうか。それとも単なる自信過剰だろうか。それは小和泉には分からない。ただ、攻防を重ねていく内にハッキリとする事だ。今、考える必要は無い。

小和泉と隻狼との間合いが三メートルとなった。そこで小和泉は立ち止まった。

この先が死線。お互いの攻撃が届く格闘戦の範囲だ。つまり間合いだ。

死線を越えれば、どちらかが斃れるまで終わることのない格闘戦の始まりだ。

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