33.〇二一一一七作戦 急転
二二〇二年十一月十七日 一二〇一 KYT郊外北西十五キロ地点
小和泉は、装甲車の中で車載カメラをグルグル回し周囲の映像を確認しながら、暇を持て余していた。
一仕事を終えた第二分隊は小休止を取らせ、第一分隊が周囲の警戒及び一号標的の出現に備えていた。
ロケット発射から一時間経過したが、一号標的出現の報告は入らない。この洞窟には居なかったか、洞窟の中で死亡したと判断するのが良い様に思われてきた。
現在も第二大隊による月人の掃討は続いている。崩落しなかった別の穴から這い出してきた所を掃討し、穴を爆破して埋める地道な作戦が繰り返されている。
小和泉が感じた違和感は、ロケット発射前と発射後の大隊の動きが違っていた。
先の動きは、将棋盤の升目に合わせて動く様なカクカクした部隊の動きだった。現在は有機的な動き、アメーバの様な動きと言ったら良いだろうか。月人が現れれば、速やかに囲い込み殲滅し、波の様に持ち場に戻る。洗練された動きと言っても良いだろう。その為、戦闘予報も良い方向に更新された。久しぶりにみる平常値だった。
戦闘予報。
殲滅戦です。一号標的警報が発令されています。
死傷確率は5%です。
一年ぶりに示す死傷確率5%。これほど安心感を与える数値は無い。
おかげで第二大隊の兵士の動きは、本来の力を発揮していた。
救援要請でも来るかと小和泉は考えていたが、杞憂に済んでいた。
その為、小和泉は遊軍になり暇を持て余していたのだ。さすがの小和泉も現状ではいつもの遊びはしない。いつ状況が動くか分からない作戦中に月人相手に遊ぶ様な不謹慎は自重していた。
最前線に投入されていれば、遊んでいたかもしれないが。
「菜花。周囲に月人はいないかな?」
機銃のガンカメラで警戒をしている菜花に確認をする。
「人影、全く無いっす。ひと暴れしたいっすね。」
「そうか。鈴蘭、司令部の情報に変化は無いか?」
鈴蘭がコンソールを操作し、司令部が発表している戦闘詳報のログを確認していく。
「隊長、変化無し。作戦通り進行中。」
鈴蘭は必要事項だけを話す管制官の様に返答した。
「暇だね。三番、四番撃っちゃおうか。」
冗談めかして小和泉は呟く。かなり小さい声での独り言だったのだが、桔梗の耳は聞き逃さなかった。
「隊長、×です。命令外の発射は認められていません。」
「あら、聞こえちゃった。」
「隊長の声を聞き逃すことは有り得ません。ロケット一発の価格をご存知ですよね。」
「もちろんだよ。ちゃんと資料は覚えているよ。」
「では、冗談でもお止め下さい。」
小和泉は、了解の証に首を竦めた。
このロケット一発で小和泉の年収四年分以上だ。おいそれと簡単に撃てるものではないと頭では理解している。
せめて、このロケットの使い勝手とコストを考えると二発使うのではなく、一発で済ませることはできないだろうか。貫通力と破壊力に改善の余地があり、使い勝手の上でも一発で完結する方が望ましい。二発目が発射できる保証は無い。
そのことは、小和泉だけでなく鹿賀山も同じことを考えていた。特科隊は、まだまだ実験に駆り出されることになるだろう。
戦争は惜しげも無く、命と金と資源そして時間を浪費していく。
そして、産み出すものは破壊と死のみ。
戦争に無理やり救いを求めるとすれば、戦友との絆だろうか。この絆は通常の友情よりも太く切れることは無い。
だが、それに見合うコストでは無いことは確かだった。
小和泉は車載カメラの監視に戻った。菜花の言う通り、どこを見ても敵影は見当たらなかった。
逃げる月人さえ小和泉達の小隊の周囲にはいなかった。
二二〇二年十一月十七日 一三〇七 KYT郊外北西十五キロ地点
小和泉達は、一号標的の出現に備え、装甲車内で連絡を待ち続けていた。小和泉達の特科隊は、月人の基地破壊と一号標的を排除するための部隊として編制された。
一つ目の目的である基地破壊は成功し、あとは一号標的を排除することだけだった。
小和泉は頭の中で一号標的との模擬戦闘を何度も繰り返す。状況をその都度変え、絶対に勝つ方法を考え続けていた。それはもう、小和泉にとって日常の一つになっていた。
小和泉の思考を中断させる信号音が鳴った。戦闘予報の更新を知らせる音だった。
戦闘予報
撤収戦のち防衛戦になります。
死傷確率は10%です。
―勝っている状態での撤収?防衛戦?死傷確率5%上昇だと。何が起きた?―
小和泉が戦闘ネットワークにアクセスしようとした瞬間、小隊無線が鳴った。
「こちら司令部の鹿賀山だ。特科隊、応答せよ。」
「はいは~い。小和泉ですよ。」
鹿賀山の声は緊迫していた。余程の事が起こったのだろう。あえて、小和泉は平時の状況を取り繕った。
「そちらの新装備の地中探査機で地下を計測してくれ。残敵を知りたい。早急にだ。」
「大変みたいだね。了解。すぐにとりかかるよ。三分間の静寂が欲しい。一三三〇探査開始でいいかな。」
「分かった。手配する。解析次第、ネットワークに上げてくれ。」
「特科隊、了解。」
無線は切れた。小和泉が指示を出す前に桔梗達は動いていた。
「地中探査機への充電開始致しました。終了予定一三一九です。
一三三〇、聴音探査。一三三一、電磁波探査。一三三二、超音波探査。実施でよろしいでしょうか?」
桔梗が小和泉に確認を入れる。
「よろしい。じゃ、探査機を地面に打ち込んで。」
「了解」
背後では、舞と愛が忙しくコンソールを操作している。地中探査機の操作も第二分隊の担当だ。ロケットを飛ばす以外の時間は、空き時間になるためだ。
戦闘担当の第一分隊、火器管制担当の第二分隊、司令部直援の第三分隊がこの特科隊の編成だった。
装甲車後部の連結器のデッドスペースに格納された探査機二種類が地面に下降していく。
直径五十センチの円盤が地面に接触すると停止した。続いて、もう一台の探査機の千枚通しを束ねた様な探査芯が地中に潜っていく。
「探査機、準備完了です。充電完了次第、探査できます。」
舞が代表して報告を入れると同時に大隊無線に司令部より無線が入った。
「全隊に連絡。一三三〇から一三三四まで無音待機。一切の行動を停止せよ。これには戦闘行動も含む。友軍による敵観測の妨げになる。繰り返す。敵観測の為、一三三〇から一三三四まで一切の行動を停止せよ。無音を保て。以上。」
無線機から流れてきたのは、鹿賀山の副官の東條寺の声だった。去年の精神的な危うさは影を潜め、声は落ち着いていた。
「はい、友軍がピンチにならない様にテキパキいこうか。」
『了解。』
皆が、声を揃えて小和泉に返事をする。速成小隊とは思えない練度に仕上がっていた。
旧1111分隊に鹿賀山が新人として舞曹長と愛兵長を送り込み、司令部付に井守准尉を抜擢したのには理由があった。皆が小和泉に命を救われているということだった。
小和泉の実力を目の当たりにし、武力、知力、人柄から小和泉を尊敬し、命の恩人としていたからだ。憧れの人物の下で働くことは、人として仕事への情熱を持ち、素直に上官の命令に従えると鹿賀山は判断してのことだった。
この鹿賀山の思惑は綺麗にはまり、第一特科小隊は速成部隊とは思えぬ練度にて稼動していた。唯一の懸念は小和泉の本性、凶暴で無慈悲で冷酷で残酷で好色で卑猥であるか、何時表沙汰になるかだった。それにより、小和泉の求心力が無くなる可能性が高いことは承知していたが、そこに関しては他の兵士をあてがっても同じであると結論づけていた。
小和泉の事だ。素性が知られたところでたらしこんでしまい味方、いや、桔梗達の様な信奉者にしてしまうのであろう。
「KYT、月人襲撃中。現在、日本軍全軍による防衛戦展開。第二大隊、撤退指示、総司令本部より発令。」
鈴蘭がネットワーク情報を簡略して淡々と読み上げる。
―戦闘予報が更新される訳だ。やれやれ、明るい未来は何時見えるのだろうか。―
小和泉は鈴蘭の報告を聞き、心の中で溜息をついた。




