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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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327/336

327.〇三〇七二一OSK攻略戦 獣、誕生

二二〇三年七月二十九日 一三三三 OSK 中層部 北東部資材搬入口


しばし呆けていると、無意識の内に感情の情報化が始まり、精神の揺らぎが治まってしまった。日頃の修練によるものだった。悲しむことすら許されない。

それが武術を極めようとする者の定めなのかもしれない。

心を落ち着けた小和泉は、矛盾に気づいてしまった。

「おかしい。おかしいじゃないか。なぜ、今まで気づかない。

部屋が明るい。工場の機械が動いている。配管で物資の移動が行なわれている。

なぜだ。僕達は、発電所を二基とも止めたじゃないか。ならば、停電している筈だ。

なのに煌々と照明が点っている。何事も無かったかの様に工場が稼働している。

発電所が再稼働した。いや違う。修理しないと動かせない様に壊した。こんな短時間で再稼働は無理だ。」

小和泉の仮面が剥がれていく。柔和な笑みと柔らかい言葉使いだった。しかし、小和泉はその仮面が剥がれ、獰猛さが窺える素顔を晒し始めていた。もう、本性を隠す必要はない。

小和泉の周りには誰も居ないのだから。

「糞。別の発電所があったと考えるべきか。総司令部の作戦ミスだ。KYTと同じ構造だと安易に考えたのだろう。糞野郎共。」

普段の小和泉からは発せられない汚い言葉が漏れる。

「糞共のせいで奏達が死んだ。こんなどうでもいい作戦で死んだ。

絶対に糞共の命で対価を貰う。じわじわと苦しめながら、ぶっ殺してやる。」

小和泉が素顔を晒すのは十数年振りだった。錺流武術の後継者として、常に冷静沈着でなければならぬため、日頃から柔和な仮面を被っていた。思考時ですら、本性を表さぬ様に柔らかな物腰で考える徹底ぶりであった。

姉弟子である二社谷にその様に育てられてきた。

だが、愛する者を短時間で次々と失い、冷静さを保つ限界を超えた。

その怒りの矛先は、無謀な作戦を立てた総司令部へと向いた。

知性の無い月人に向けても仕方がないのだ。死地へと追いやったのは、日本軍総司令部なのだ。無論、実行した月人を殺せるならば殺す。見逃す必要は無い、だが、今の小和泉の身体では、戦闘は回避し、KYTへの帰還を優先したかった。

腹に大穴を一つ開けている状況では、戦闘一回で失血死する可能性が高いのだ。

まずは、身体の傷を癒やし、牙を研ぎ、復讐の機会を窺う。

本懐を遂げるまでは、日本軍兵士ならばよく知っている<狂犬の小和泉>を演じなければならない。

どうやらKYTへ戻っても、心が苦しく痛い日々が待ち構えている様だ。

帰還できればの話だが。


小和泉は床に座ったまま、天を仰ぐ。

熱い涙が次から次へと零れ落ち、頬を濡らす。そして、それはヘルメットの縁に溜まっていく。

獣の様に叫び、ヘルメットの中で音が反響し続ける。

悔しさと虚しさと憤りが高まり、発作的にヘルメットを両手で掻き毟り続ける。

両拳にべっとりとついた真っ赤な血がヘルメットに縦筋を幾本も幾本も描いていく。いつしか、血の筋は太くなり、合体し、面となり、ヘルメットを血で染め上げた。

一度落ち着いた精神が、視界一杯に広がる血により、再び感情の波を大きく震わせた。

ヘルメットの遮音性は、小和泉の悔恨の声を外部に漏らさない。

部屋の中には血をヘルメットに塗り付けるピチャピチャという音が響く。

その場で皆の血を両手で九久多知を掻き毟る一匹の獣が誕生した。

もうそこに人は居ない。小和泉錬太郎と呼ばれていた獣が居るだけだった。


十分程、泣き喚いていた小和泉は、突然動きを止めた。

近くの小麦袋を破るとその切れ端でヘルメットの血を乱暴に拭う。

袋の切れ端が誰かの血を吸い込んでいく。視界を確保するために何度もシールドを拭う。

ようやく、こびり付いた血を落とすと小和泉は立ち上がった。

軽い立ち眩みと腹部の痛みを感じつつ、小和泉は装備を整え始める。

散々泣き喚き、心の奥底に淀む昏い感情を表へと吐き出した。

感情の切り替えは終わった。今からKYTへの帰還に専念するのだ。

小和泉の銃剣は、刃こぼれを起こしていた。

ゆえに、奏の銃剣付きのアサルトライフルと交換をした。銃剣は使った形跡も無く、銃身の寿命も小和泉の物と比べれば新品に近い。燃料計も満タンに近かった。

つまり、ほとんど発砲する機会もなく、全滅させられたのだろう。

奏の複合装甲を漁るが、救急用品は無かった。同様に他の三名の身体を調べるが救急用品は無かった。

「これ以上の応急手当は無理か。フィルムの内側が血でタプたプしてやがるな。血液凝固剤があれば完全な止血が出来たのだが、無い物ねだりは意味が無い。武装を整えて地上を目指そう。」

小和泉は斃れた四人から武器等を回収し装備を整えた。

「手榴弾が五発。十手が一本。イワクラムが六個。ああ、九久多知にイワクラムを補充をしておこう。」

そう言うと心臓付近の九久多知の装甲板を開き、サイコロの様なイワクラムを装填した。莫大な電気エネルギーを蓄積しているイワクラムからの電力供給が始まり、九久多知の燃料計が満タンを示した。イワクラム自身にもまだまだ膨大な電力が蓄えられている。KYTへ帰還するまでもつだろう。小和泉は装甲板を閉め、確認作業を続ける。

「今のでイワクラムが五個に減少。コンバットナイフが一本。

腸に穴が開いて食べることはできないから、戦闘糧食は不要。水だけ補充しておこう。

し尿処理パックは交換済み。予備は一つでいいか。

照準の確認が必要だな。」

小和泉はアサルトライフルを立射で構え、向かいの壁に積まれている小麦袋の一つに照準を合わせ、引き金を引く。狙いよりも左上にずれた。

「ちょい右下へ調整。撃つ。もう少し右下。撃つ。よし、照準通り。次はガンカメラに切り替えて照準合わせ。」

小和泉は、ガンカメラの調整と弾種切替器、通称、黄昏スイッチの確認も行なう。

「た、単射。良し。そ、狙撃。良し。か、拡散。良し。れ、連射。良し。黄昏スイッチ切り替え良し。

次は九久多知の現状確認だな。

九久多知、尾銃、撃て。」

小和泉の脳波を関知し、尾銃が標的を撃ち抜く。

「脳波検知、動作、問題無し。補助腕、動作確認。」

背中に抱えているコツアイを落とさぬ様に補助腕が腕を伸ばしたり曲げたり、様々な動作を行う。可動域、速度、強度等問題無い様だった。

「九久多知、自己診断開始。」

<自己診断開始。実行中。>

小和泉の脳波に即座に反応し、自己診断を開始したことをヘルメットのシールドに表示した。

九久多知の様々な箇所から人工筋肉が締まったり弛んだりする有機的な音が聞こえた。

その音が止まると同時にシールドへ九久多知からの診断結果が表示された。

<神経系異常無し。人工筋肉、二割断裂。出力三割減。複合装甲、第一層消失。第二層露出。衝撃吸収力一割減少。黒体塗装消滅。電装系、異常無し。

継戦能力有り。ただし、筋力及び敏捷性低下中。要注意。

以上。>


小和泉の想定よりは、九久多知の被害は軽かった。駆動しない箇所があれば、分離し、部分的に鹿賀山の複合装甲を拝借するつもりだった。

「ふむ。この程度の損害であれば、現状のままの方が良いだろう。体格的に近い鹿賀山の複合装甲ならば装備できるが、壊れている可能性が高いだろう。月人に切られまくっているからな。

よし、行くか。」

小和泉は四人に対し、敬礼を行う。綺麗な死体だった為、ここに放置することは忍びない。

しかし、死体を持ち運ぶのは相当な荷物となる。途中で放棄することになるのであれば、後日、日本軍が回収しやすい様に一ヶ所にまとめておいた方が良い。

回収がいつになるのかは分からない。そもそも再侵攻が行なわれる保証も無い。

鹿賀山達がここで朽ち果てる可能性もある。

これも日本軍の冷たい算数の一つだろう。死人の為に生者を犠牲にする事を良しとはしない。

小和泉は一人でKYTへの帰還を行うことを覚悟した。九久多知のポケットには皆の認識票が入っている。これが、皆の生きてきた証になる。

認識票に保存されている音声や映像を提出前に複写すれば、いつでも皆の顔と声が聞ける。

「最後の記録が断末魔だったとしても無いよりは良い。

皆の最期の瞬間も己の心に刻み、一生の傷として残しておきたい。

そうすれば、時間がどれだけ経っても皆のことを忘れない。」

そう言うと小和泉は一歩、また一歩とふらつきながらも、ゆっくりと歩み出した。

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