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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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325/336

325.〇三〇七二一OSK攻略戦 夢幻泡影

二二〇三年七月二十九日 一一三一 OSK 中層部 北東部資材搬入口


小和泉は、鹿賀山から送られてきた手書きの地図を頼りに、着々と集合地である資材搬入口へと近づいていた。

トラックが楽に走れる大きさの真っ直ぐに伸びた通路は、照明により明るく照らされていた。

搬入口に近づくにつれ、通路の左側には大きな袋が幾重にも山積みされていた。その逆側の右壁には小和泉の胴ほどもある太い配管が三本、ザーという音を鳴らしながら床と平行に壁に巡らされていた。

一番上の配管には、右矢印と共に強力粉と書かれていた。また中央の配管には右矢印と薄力粉、一番下の配管には右矢印と水と書かれていた。

山積みされた袋には、中力粉25kgと書かれていた。それがパレットの上に小和泉の背を越える程、積み重ねられている。その山が数十もあった。資材搬入口が近いのだろうか。

料理ができず、自動調理機任せの小和泉でも薄力粉、中力粉、強力粉が小麦粉の種類であることは知っている。

だが、それらが何の用途に使用されるかと聞かれると答えることはできない。小和泉の専門外だ。小和泉は人殺しの専門家であり、料理人ではないのだ。

―使用頻度が高い物が配管で工場に送られ、使用頻度が少ない物が袋詰めにされて保管されているのかな。―

配管の中からザーという音がしているところを見ると正常に稼働中の様だ。

―右矢印は、材料が流れる方向を表しているのだろうね。となると右方向が工場で逆が搬入口ということかな。―

小和泉は手書きの地図と現在地を見比べてみた。どうやら、その考えで正解の様だった。

―では、配管を遡っていきますか。―

小和泉は、まもなく奏と会えるという事実に心を逸らせながらも、慎重に歩みを進めた。


通路の突き当たりに大きな観音扉が見えた。相変わらず、トラックの通行を考えた大きさだ。ここOSKには、人間用の大きさの観音扉は無いのかもしれない。

―あそこが合流地点かな。ここからは更に慎重に行こう。―

小和泉は小麦粉の山に身を隠し、様子を窺う。

―天井、後方、共に敵影なし。進行方向に罠らしき物も無し。ええと、別に通路通りに進む必要は無いよね。念の為、道から逸れておきますか。―

小和泉は、小麦袋に手をかけ、袋の隙間に足先を突っ込み、小麦粉の山を器用に登っていく。

袋の山の頂上では、這いつくばり、周囲を警戒する。

―パレットの上に隠れる月人は居ないようだね。―

小和泉は袋の山の上を匍匐前進で進む。無理な姿勢の為か、傷口が痛む。

痛みが脳を締め付け、額に汗が浮き始め、呼吸も荒くなる。ここらで小休止を取りたくなる。

だが、敵がどこに居るか分からない。

敵を引き付けることをしたくない。呼び寄せることもしたくない。

ゆえに立ったり、上半身を無防備に起こしたりはしたくない。目立つわけにはいかない。

奏達を危険に晒す訳にはいかない。合流前に確実に敵が居ないことを確認したいのだ。

匍匐前進を続けながら、九久多知の背面カメラの映像を何度も確認する。

小和泉を追いかけてくる影は無い。

進行方向に待ち伏せをしている敵も居そうにない。

―今が良い機会かな。本当は判断能力が下がるから、したくなかったのだけどね。―

小和泉は鎮痛剤を太腿に注射し、薬剤を全て注入した。しばらくすると痛みも治まり、額に浮いていた脂汗もひいた。荒くなっていた呼吸も静まり、静かに匍匐前進を再開した。


小和泉は通路の終点へと辿り着いた。袋の山の上で這いつくばったまま、最終確認を行う。

しかし、腹部の傷が開いたようだった。痛みと出血による血圧の低下により、失神しそうになる。そして、目の前が暗くなった。

だが、直ぐに目を開け、意識を保とうと奏の笑顔を思い出す。その暖かな微笑みに顔色が悪かった小和泉に血の気が戻った。

―これで気絶はしなさそうだね。

通路の前後、敵影なし。小麦粉の上、敵影なし。天井、敵影なし。

どうやら尾行はされていなかったみたいだね。あとは。―

小和泉は意を決し、連隊無線に通信を入れた。

「こちら8312。小和泉大尉。応答求む。」

小和泉は一言だけ発し、無線の反応を待った。

連隊無線であれば、第八大隊だけでなく、今回の作戦に参加している他の連隊とも無線が通じる。言わば、日本軍の最大の共有回線ともいえるものだ。

奏達と合流できなくとも、第八大隊本隊か、友軍に無線を拾ってもらえる可能性がある。

可能性は少しでも大きくすべきだ。


小和泉は心の中で数を数える。理由は特に無い。待つ間の気を紛らわせるものであり、気を失わないためのものであった。

ゼロ、一、二、三、四。―

「こちら8311。鹿賀山少佐だ。小和泉、無事だったか。」

鹿賀山の安堵した声がヘルメット内に響いた。着信したのは小隊無線だった。小和泉も小隊無線に切り替える。

今日の朝に別れたばかりだというのに、まるで数年ぶりに聞いたかの様な懐かしさが込み上げてくる。

「お待たせ。今、資材搬入口の目の前に居るよ。鹿賀山達は予定通りに合流地点に居るのかい。」

「ああ、そうだ。その観音扉の向こう側に居る。こちらはトラックの待機場だろうか。すれ違い施設がある大きい部屋だ。敵影は無い。」

「了解。今からそちらに合流するよ。撃たないでね。」

「無論だ。何人だ。」

小和泉は深呼吸を一つ入れた。

「僕一人だよ。」

「入れ。」

鹿賀山の返事は、苦虫を噛み潰したかのようだった。

「了解。」

小和泉は小麦粉の袋の山から飛び降りるとそのまま観音扉から部屋へと転がり込んだ。


小和泉は膝撃ちの姿勢で四方へ素早くアサルトライフルを向ける。床に転がる兎女へ即座に照準を合わせ、引き金を引く。三点射され、光弾が月人へ吸い込まれた。しかし、反応は無い。すでに死んでいたのだろうか。部屋のあちこちに兎女達が倒れ伏していた。

そんな中、部屋の隅に人影の塊を確認した。鹿賀山達だ。

鹿賀山に背を向け、周囲を警戒しながら後ろ向きに腰をかがめたまま歩く。

こういう合流する瞬間が怖いのだ。

「敵は倒したはずだ。援護する。走れ。小和泉。」

「了解。」

九久多知の後部カメラが、三人がアサルトライフルを構える姿を捉える。

それを見届けると小和泉は、踵を返し、脱兎のごとく走り出した。そして、土嚢替わりに積み上げられている小麦袋を飛び越え、陣地の中へと転がり込んだ。

敵の襲撃は無かった。どうやら、先の兎女達は鹿賀山達が斃したようであった。

結果としては、警戒し過ぎだったかもしれない。だが、戦争をしているのだ。

過去に些細な油断で菜花を失っている。

絶対に同じ失敗を繰り返してはならないのだ。


「奏、異常無し。」

「舞、異常無し。」

「了解。舞曹長は警戒を継続。奏少尉は小休止をとれ。小和泉大尉には状況説明を求める。」

『了解。』

三人が返事を行う。舞はそのまま小麦袋を盾に周囲の警戒を続ける。

奏は、小和泉の方をじっと見つめていた。今すぐ抱きしめ、言葉を交わし、温もりを感じたいのだろう。だが、今は戦闘中だ。私心は抑えねばならない。

小和泉も同じ気持ちであったが、桔梗達の犠牲を考えると素直にはなれなかった。

「鹿賀山、報告しながら、応急手当てをしても良いかな。」

小和泉の銃創から再出血を始めていたのだ。匍匐前進が傷を開く原因となった。

「無論だ。手伝えることがあれば、遠慮なく言え。」

小和泉は部屋の壁にもたれた。

横に付いた鹿賀山は、小和泉の複合装甲を開放していく。左脇腹に貼られた保護フィルム内に鮮血が溜まっていた。

「ひどい傷じゃないか。血液凝固剤を注入する。」

鹿賀山は複合装甲のポケットから漏斗状の注射器を取り出し、保護フィルムの上から突き刺し中身を絞り出した。

数分もすれば、噴き出した血が凝固し、出血を止めるだろう。

「食事は摂れるか。」

「無理だね。腸をやられちゃった。」

「なら、栄養剤を筋肉注射する。」

「任せるよ。」

鹿賀山は色違いの漏斗状の注射器を取り出し、小和泉の太腿に差し、中身を絞り出した。

太腿の筋肉に水分と溶かされた栄養が染み渡っていく。

小和泉はヘルメット内のストローを口に付け、水を少量口に含んだ。ヘルメットの前面を開き、潤した後の水を吐き出した。


鹿賀山達が立て籠もる陣地は、小麦粉の袋を土嚢替わりに積み上げ、部屋の隅に築き上げた物だった。

周囲には、同じ小麦袋が積み上げられている為、違和感は無い。周囲の風景に溶け込んでいる。

大人しくしていれば、月人に見逃される可能性が高かった。

小和泉は、床に座り、上半身を壁に預けていた。そして、午前中にあった事実を淡々と語る。

小和泉が殿を務め、月人の進軍を遅らせたこと。

原子力発電所に向かい、8312・8313分隊と合流したこと。

8312・8313分隊は、小和泉が到着した時には既に全滅をしていたこと。

皆の死に際が如何に酷いことであったこと。

一つ一つ、丁寧に認識票を回収したこと。

全員の首を並べ、弔いの言葉をかけたこと。

鹿賀山は床に倒れ伏せた状態で話を聞いていた。顔は土気色になり、口許から赤い血が一筋流れた。

奏は天井を見上げるように横たわり、顔色は蒼白になっていき、目を閉じ、口を大きく開けていた。

舞は、こちらに背を向けている為、表情は見えないが小麦袋に寄りかかったまま微動だにしなかった。

愛は、床に寝かされたままで意識は戻らなかった。

小和泉が話を終えると意識の混濁が始まり、気を失った。

そして、話す者が居なくなり、部屋は静まり返った。

誰も動かず、何も話さなかった。

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