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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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323/336

323.〇三〇七二一OSK攻略戦 一人彷徨う

二二〇三年七月二十九日 一〇四八 OSK 中層部 居住区


小和泉は、複合装甲<九久多知>を纏い、漆黒の空間をゆっくりと歩いていた。

どうやら、ここは居住区の様であり、画一的な住居が何十棟もひしめき合っていた。

そんな中、細い路地ばかりを選択し、小和泉は進んでいた。

九久多知の第一層の装甲は剥離し、黒体塗装を失っていた。強化セラミックスの鼠色の地肌が剥き出しとなっていた。

九久多知の特長の一つであった闇に溶け込むことはできなくなった。だが、都市迷彩程度の効果は残っている。通常の荒野迷彩よりはマシと言える。

腹に開いている傷穴を広げない為にも戦闘は極力回避しなければならなかった。

となると、必然的に小和泉の歩みは、足音を鳴らさぬ様に慎重なものとならざるえなかった。


小和泉の傍らには井守の姿はどこにも無かった。ただ一人だ。

コツアイと呼ばれる蠍型機甲蟲の本体部分と思われる箇所だけを背中の補助腕で背負っていた。

小和泉は除染室を出る時に、井守からコツアイを力づくで除去してきたのだ。

蠍型機甲蟲の口、足、尾などは全てその場で力ずくで捻じり切り、頭部と胴部のみの単純な構成に仕立てた。

アンテナやカメラの類は全て抉り取った。このコツアイを通じて、別のコツアイと連絡を取られることを避けるためだ。そこに関しては、念入りに処理をした。

コツアイを井守から切り離した折に井守が痙攣をし、口から白い泡を吹いていた様だが、小和泉の与り知らぬことである。

一度は助けた命ではあったが、二度目を助ける必然性は小和泉には無い。あの時は、鹿賀山、奏、蛇喰達の目があった為に人間らしく助けたに過ぎない。


今、ここには誰もいない。

小和泉を支えてくれる者はいない。

小和泉を抱きしめてくれる者はいない。

小和泉を受け止めてくれる者はいない。

小和泉を叱ってくれる者はいない。

虚ろだけがそこに存在した。虚ろが存在するなどとはおかしな物言いだ。しかし、その言い方がしっくりときたのだった。


井守を利用した情報収集を終えた。

つまり、小和泉は井守を見捨てた。戦闘能力の無い兵士に用はないのだ。

その後の井守の生死は知らないし、興味のないことであった。

運が良ければ、助かるだろう。

小和泉は桔梗達へ最敬礼を送り、除染室を出た。


今、小和泉の思考は、奏の保護とKYTへの帰還が目的だった。

―僕が愛する人は、奏だけになってしまったね。救いたいよ。護りたいよ。抱きしめたいよ。―

小和泉にとってコツアイによって明かされた真実は軽いものであった。

今さら真実を知ったところで過去や現状が変わる訳では無い。

ただただ、愛する者をこの胸の中に抱きしめたいだけだ。

事実を発表して、小和泉一人で政府を敵に回す必要性も無い。

もっとも、小和泉が政府に喧嘩を売ったところで日本軍の圧倒的軍事力に制圧されるか、もしくは行政府により地下都市からの締め出しによる兵糧攻めで死を迎えるだけだ。

いくらでも今の小和泉を表す言葉があった。

冷淡。冷然。冷血。冷酷。酷薄。薄情。無情。非人情。そして、狂犬。

だが、小和泉は徹底した現実主義者だ。感情で行動を決定することは無い。勝算の無い戦いはしない。

―奏達と合流後、僕は一体どうすべきなのだろうか。何を為せば良いのだろうね。―

小和泉の道は闇に閉ざされている。どこへ向かえば良いか分からない。

知り過ぎた情報の一部が、小和泉の心を掻き毟る。

昏く粘着性の塊が心の中心に生まれていく。いや、蝕んでいくと言った方が正しいのかもしれない。それが何かは、小和泉は未だ自覚していない。それを自覚すれば、道が定まるのかもしれない。

とりあえず、今の小和泉にできることは、奏を捜索するために前へ進むことであった。


小和泉は、整備用通路や換気口を主に階層移動の手段に使用していた。

今、小和泉にとって避けるべきは敵との遭遇であった。

敵が通路を歩くのであれば、小和泉は天井近くの整備用通路や換気口、狭い路地などを通る。

それだけでも敵との遭遇率は格段と下げられた。

また、一人で行動をしていると言うことは、枷になる物が何も無いとも言えた。

今、全ての空間が小和泉の道だ。居住区の居間や寝室も通路だ。建物の屋上も同じく通路だ。

敵と会わずに済むのであれば、家の中を通る事も屋根から屋根へと飛び移ることもやぶさかではない。逆に敵が通らぬのであれば、率先して使うだけだ。

小隊や大隊では、この様な行動はできない。正確に言えば行動できるのだが、隠密性を失うため意味が無い。

多人数が屋根の上で大きな音を立てながら飛び跳ねていれば、遠くの敵にも察知されることだろう。

だが、今は一人。室内を通り抜けることは、隠密性を高めることに一役買っていた。

何度も狼男や兎女の集団と接近をする。その都度、九久多知が警告を上げてくれる。どうやら、九久多知の哨戒機能は故障をしていない様だ。それだけでも小和泉の神経を擦り減らす作業が減る。

そして、月人の想像も出来ぬ場所へ身を隠し、敵との戦いを全力で避けていた。

五体満足であれば、嬉々として奇襲や背後から一匹ずつ静かに処理しただろう。

様々な鬱憤や苦悩や精神的重圧をあらゆる暴力にて発散させたかった。

―ああ、イライラする。兎女の一匹でも拉致し、凌辱の限りでもしようかな。それだけでもこの鬱屈した気持ちを発散できるだろうなあ。

精力は多分にあるけれど、今は腹部の重傷を広げる訳にはいかないよね。でも血は完全に止っているし、少しばかりの運動ならば、準備体操の代わりになるかな。

どこまで身体が動かせるかの確認もできるよね。

でも、あの集団は駄目だ。人数が多い。ここは大人しく、敵が去るのを待つしかないよね。ああ、腹立たしいな。―

隠れている間、時間を潰すため、兎女を蹂躙する妄想に耽っていた。

全身が獣毛に覆われ、脚の形は兎の様であり、乳房の数も四対八個もあり膨らみも無い。

つまり、人間とは程遠い。大多数の人間であれば、欲望の対象とはならない。

だが、小和泉は具合の良さを知っていた。人では味わえない締め付けの良さというものがあるのだ。これは他者には理解できないことだろう。

別に兎女の良さを人に勧めるつもりも啓蒙するつもりも小和泉には無い。

そんなことを考えながら、かくれんぼと逃走を繰り返していた。すでに起床から五時間が経過し、地下都市OSKの階層を登り続けていた。

起床といっても、横になり閉じていた目を開いただけだ。

一睡もできていない。感情が昂ぶり、結局、眠ることはできなかった。しかし、身体を横にし目を瞑るだけでも体力の回復は行われる。

今のところ、睡魔も疲労も無い。小和泉の歩みは確りとしたものだった。


小和泉は生還率を上げるために、鹿賀山の分隊か、菱村が率いる第八大隊への合流を目指していた。治療のことを考えると第八大隊との合流が望ましい。

大隊であれば、衛生兵が小和泉の治療を行なってくれることだろう。小和泉の適当な応急処置よりも信頼できる。傷を縫い合わせてくれれば、言うこと無しだ。治療の度合いによっては激しい格闘戦も可能になるかもしれない。

鹿賀山達との合流でも良い。奏と鹿賀山が無事か気になるところだ。それだけで荒立った心が落ち着くだろう。

それに鹿賀山の記憶力と奏の知識は、OSK脱出と大隊への合流に役立つことだろう。

何せ、小和泉はOSKの地図を記憶していない。ただただ上層部へと向かっているだけなのだ。

もしかすると、上層部へ向かう簡易な道があったかもしれない。だが、そんなことは知らない。記憶していないし、知識にも無い。

今までは、その様な事は桔梗と鈴蘭に任せてきたからだ。だが、二人はいない。

ゆえに無知のまま、小和泉は一人OSKを感覚だけで彷徨っていた。

小和泉の耳に獣の鳴き声が届く。狼男だろう。

小和泉は近くの住居の台所に忍び込むと床下収納庫へ身を潜める。複合装甲を着用しているため、潜り込むのに多少の苦労はあったが、装甲の第一層が剥離した為、少しばかりスマートになっていた。

徐々に月人の鳴き声とうめき声が近づく。

小和泉は大人しくし、身じろかない。耳を澄ませ、月人の距離と進行方向を見極める。

―この方角ならば大丈夫だね。この家に入ってくることはないだろうね。―

暫くするとうめき声は遠ざかり、聞こえなくなった。

―さてと、ついでに家探しでもしますか。地図でもあればいいな。―

小和泉は静かに床下収納庫から這い出すと周囲を見回した。長年の埃が被り、人が生活していた気配は一切無い。

居間や書斎を軽く漁ってみるが、地図は見当たらなかった。

―当たり前か。全部電子化されているよね。そういえば、僕の部屋で桔梗に教えた時は、紙の地図で図上演習をしたよね。紙の地図っていつでも使えて便利なのだけどなあ。無い物は仕方がないか。今まで通り上を目指そうかな。奏達を追い抜いていなければ良いのだけど。―

小和泉は地図の捜索を諦め、再び昇降口を求め、彷徨い始めた。

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