322.〇三〇七二一OSK攻略戦 次々と明かされる
二二〇三年七月二十八日 二〇五四 OSK 下層部 原子力発電所 除染室
コツアイは数分の沈黙の後、再び井守の口を借り、話を続けた。
「ですが、人類の索敵能力が向上し、ウルフマンの嗅覚、視覚および聴覚では不足する事態となりました。そこで索敵特化型のバイオロイドが必要であると判断しました。
肉食動物よりも草食動物のほうが危機察知能力に優れていることは分かっています。
広い視界、音源を特定できる聴覚、危険物と判断できる嗅覚を兼ね備えている動物が選定されました。
選定結果が、兎でした。
三百六十度の視野をもつ目。音が鳴った場所を即座に特定できる耳。未知の臭いであってもその敵が同族を喰らったことがあるか判断できる鼻。
この様な能力は、索敵兵器として最適です。
そして、試作型ラビットマンが開発されました。初期型には戦闘能力は無く、ウルフマンに随伴し、索敵を主任務としていました。ラビットマンは索敵するだけの存在でしたが、戦闘に巻き込まれ、生還率が低く製造コストに見合いませんでした。試作二式では、戦闘能力を付与することになりました。試作二式では、歯や爪を強化しましたが元が非力な為、意味がありませんでした。
試作三式では身体能力の増強を行いました。生還率は多少上昇しましたが、コツアイが求めるレベルではありません。幸い手先が器用であることから、武器を使用させることにしました。人類と同じ銃器を与えても良いのですが、この場合、製造及び戦闘時に二酸化炭素の排出量が増えます。それを避ける為、原始武器の一つである槍を装備させました。
ですが、槍は洞窟内の戦闘に不向きであり、隠密性も損ないました。
次に長剣を与えてみたところ、コツアイが望む戦力に達しました。
この試作三式が現在の主力である第一世代ラビットマンになります。」
「兎女の登場ということか。なるほどねえ。ところで何で狼男はオス、兎女はメスだけに分かれているのかな。」
「単純な話です。コツアイの計画外に数を増やされては困るからです。ウルフマンは戦闘力としてオスが高いため、オスのみを培養しました。
ラビットマンは、メスの方が忍耐強く哨戒任務に向いていた為、メスのみを培養しました。」
「で、兎女に鹵獲品のアサルトライフルの使い方を教えたのかい。」
小和泉の眼に獰猛さが加わる。菜花の死因を思い出したのだ。
「いえ、コツアイは何もしていません。ラビットマンの一部個体が勝手に使用を始めました。恐らく知能指数が高い個体なのでしょう。止めさせる必要もない為、放置しています。」
「はあ、自己進化なのか。全く腹の立つ敵だよ。」
小和泉はため息をつくと水筒の水を口に含み、口内を湿らすと水を悪態と一緒に吐き出した。
腸に穴が開いている状態での経口摂取は危険だからだ。
小和泉は改めてコツアイこと井守へ鋭い視線を送った。
「月人の誕生と全容は分かったよ。
なぜ、今更人類へ戦争を仕掛けたのだい。意味が無いと思うのだけどな。」
「コツアイはシェルターでの人類繁栄を許しません。
人類がシェルターに籠っても地上へ二酸化炭素を増加させたのです。
ゆえに二酸化炭素削減のため、人類を全滅させなければなりません。」
「同じ知性体みたいだし、話し合いという選択肢はないのかな。」
「それは経験済みです。人類に話し合いは通用しません。」
「僕達が生き残るには、二酸化炭素を地下都市から排出しなければ良いのかな。
つまり、地下都市内で完全に循環させて、水と酸素に分離すれば良いのかな。」
「肯定します。地表への排出がゼロであれば、コツアイは干渉しません。」
「うん、わかった。なるほど、そういうことなのだね。
幾つか、確認したいことがあるのだけど良いかな。」
「どうぞ。断る理由がありません。」
「コツアイはネットワークが遮断されて人口の把握ができないと言っていたけど、つまりこのOSKのコツアイしかいないのかな。」
「はい、他のコツアイは確認できません。稼動状況も不明です。」
「じゃあ、次ね。人類が身体能力を強化したって言っていたけど、心当たりがないのだけど。どういう意味かな。」
「用語を検索します。しばらくお待ちください。該当単語を発見。説明を開始します。」
「どうぞ。」
「人類は促成種を生み出しました。それまでは複合装甲と呼ばれるパワードスーツを着用していましたが、あくまでも通常人類の運動能力の底上げと防御力の付与でした。
ですが、促成種は違います。この人造人間は、自然種の五倍の運動能力を持ち、第三世代のウルフマンでは対抗できませんでした。
対抗手段として、運動能力を促成種と拮抗する様に遺伝子改造を施した第四世代を開発しました。」
「僕らの歴史と違うね。月人の運動能力が急激に上昇した為、対抗手段として止む無く非人道的な促成種を生み出したことになっているよ。」
「いえ、逆です。促成種が先に生み出され、対抗できぬため第四世代が開発されました。
ところで促成種の何が非人道的なのでしょうか。」
「単純だよ。運動能力向上の為、不要器官である生殖能力の除去。短期間での成長促進をさせる為、テロメアの強制分裂における寿命の短命化。
つまり、促成種は優れた運動能力を手に得る為、十数年の寿命と子孫を残すことが出来なくなったのだよ。」
「しばし、考えさせて下さい。」
井守の口を借りたコツアイはそう言うと直立不動のまま動かなくなった。
小和泉も眠くなるまでの時間潰しだ。焦らず、答えを待つ。
ちなみにテロメアとは、細胞分裂を繰り返すごとに短くなり、無くなれば細胞分裂が止まる染色体の一部分のことだ。人間の身体は、細胞分裂を繰り返すことにより、成長や古くなった細胞の入替を行う。細胞分裂が止まることは老化を表し、細胞の入替が不可能となり、癌化や老衰へと至る。つまり、生命の回数券と言える重要なものだ。
「お待たせしました。検討の結果、それら二点の短所を保有することにはなりません。
人類の技術力が後退していたとしても、人造人間を生み出せるのであれば、その様な短所は発生しません。」
「待て。待ってくれ。促成種は、本来は子供も作れて、寿命を全うできると言いたいのか。」
「肯定します。例えば、二十歳まで強制的に成長促進をさせても、そこまでのテロメアの分裂が一気に進むだけです。残りの分裂限界は減少しません。
また、生殖能力を失くし身体機能が上がるという研究結果は発見できませんでした。」
「現実に促成種は短命、妊娠しないよ。」
「それは遺伝子操作を別にしているのでしょう。ウルフマンもラビットマンも成長促進をさせていますが、残りの寿命は全うできます。無論、生殖能力もあります。逆に生殖能力を除去すればホルモンバランスが崩れ、ウルフマンの場合は筋力の低下を、ラビットマンの場合は我慢強さが低下し、デメリットが発生します。」
「なぜ、人類の促成種は短命になるのだい。僕は促成種の部下を何人も寿命で見送ったよ。そんなの悲しいじゃないか。」
「恐らく、老化による戦闘能力の低下と維持コスト増大を見越したのでしょう。」
「コツアイ、まさか。いや、行政府ならそう考えるのか。そして、日本軍もその指示に従うか。」
「はい、あなたの考えを肯定します。」
「僕は何故、頭を使ってこなかった。少し考えれば分かることだろうに。そうすれば促成種達を無駄死にさせることもなく、桔梗達との子供を為す未来だって選択できたじゃないか。
くそくそくそ。」
小和泉は、悔しさを足裏に集中させ、何度も何度も床を打ちつける。
幾度とも繰り返させるかと思われた動作がピタリと止まった。
「じゃあ、鹿賀山の頭脳ならば気が付いていたのじゃないのかな。
それよりも多智だよ。多智は医者で研究者だ。なら、こんな簡単な事実を見逃すはずがないよね。
つまり、多智も日本軍と共犯ということかい。
僕は何も見えていない。自分のしたいことを優先し、欲望を戦場でぶちまけてきた。
どうして、こんな簡単なことに気づかなかったのだろう。
僕は、桔梗達を幸せにできるかもしれない未来を選択しなかった。
そんな選択肢が残されているなんて考えもしなかった。
僕は愚か者だ。ごめん。桔梗、鈴蘭、菜花。」
小和泉は、髪の毛を両手で乱暴に掻き乱し、溜息をついた。
「コツアイ、促成種は寿命を全うできるのかい。」
「可能です。恐らく、加齢による戦闘能力の低下に伴い、薬殺処分をされているのでしょう。」
「コツアイ、促成種は、元来は繁殖能力を持っているのかい。」
「持っていると思われます。育成中に卵巣の除去やパイプカットなどを行っているのでしょう。」
「コツアイ、促成種が十数年の寿命で処分されるのは、食費や医療費が嵩み、戦闘能力に見合わなくなるからかい。」
「その通りだと推察されます。」
小和泉が握りしめる両拳がギシギシと音を立てる。
「そうなると、あれも嘘なのか。」
しばらくすると赤い血が指の隙間から垂れ落ち、床にポツリポツリと血溜まりを作り始めていた。




