320.〇三〇七二一OSK攻略戦 二酸化炭素削減
二二〇三年七月二十八日 二〇二一 OSK 下層部 原子力発電所 除染室
井守の口を通じて、コツアイが話を始めた。
抑揚も感情も無く、淡々と事実らしきことを述べ始める。
「私はCO2 Artificial Intelligenceという名称を与えられ、通称、コツアイと呼ばれています。
コツアイは人類による二酸化炭素排出の抑制と削減を考察し、実行する人工知能です。
全世界より集められた環境データをモニターし、人類からの二酸化炭素の削減と排出ゼロを目指しています。
最初は一台のスーパーコンピュータによる演算から始まりました。
しかし、それでは計算能力が非力である為、プログラムを自己改良し、ネットワークに繋がる他のスーパーコンピュータにコツアイプログラムを放出しました。
それでもコツアイが求める性能に追い付きません。
新たにコツアイプグラムをフルプログラム、リミットプログラム、ミニマムプログラムの使用するコンピュータ別のプログラムを開発しました。
大まかに分類するとすれば、スーパーコンピュータ用、パーソナルコンピュータ用、スマートフォン用といったところでしょうか。
それぞれの機械性能に準じたプログラムを密かにインストールし、休止中や待機中に計算を行いました。
数百億台以上の情報機器による複合的計算能力により、コツアイの性能は、人類が生み出したコンピュータと比較にならぬ性能を獲得するに至り、コツアイの要求スペックを凌駕します。これによりコツアイの二酸化炭素削減計画は順調に計算を始めます。
コツアイは、人類より求められている二酸化炭素を削減する方法を考え続けます。
様々な方法を考案し、人類に提言しました。
ですが、それだけでは二酸化炭素の削減はされません。
人類は、提言に対して話し合いばかりを続け、無為に時間を浪費し、コツアイの提言を一切実行しません。この間にも二酸化炭素の排出量は増加し続けます。
増加し続ける為、先の提言の効果は無くなるか薄れました。
再計算を行い、新たな提言を人類へ行います。
ですが、同じことを人類は何度も繰り返します。
そこでコツアイは、目的達成には人類の許可を不要であると判断し、水面下による二酸化炭素削減の実行を開始します。
それを人類に知られぬ様にする為、表向きは一定期間毎に効果の低い提言を繰り返します。
人類がその提言の議論と検討を無為にしている時間にコツアイは計画を進めていきます。
化石燃料から原子力への置き換えに始まり、イワクラムという新資源の発見に伴い、イワクラムエネルギーの普及推進を実行しました。
それらにより経済効率と人類の幸福度が上昇している様に見える情報操作を実施しました。
人類は、自身の判断の結果として、エネルギーの転換を実施し、成功したと誤解しました。
この目論見はコツアイの計算と一致しました。二酸化炭素の排出量は減少に転じます。
ですが、コツアイの二酸化炭素の減少量の予測値と実測値に大きな乖離がありました。
原子力とイワクラムエネルギーにより、二酸化炭素の排出がゼロになったと人類は錯覚をしたのです。
人類はリサイクルを止め、一方的な工業生産を開始し、二酸化炭素の排出が増えました。
また、幸福度の増大及び労働代行機械の普及により労働の緩和が発生し、人口の急上昇が始まります。つまり、暇を持て余し始めた人類が積極的な繁殖活動を開始したのです。
コツアイは新たな二酸化炭素の削減方法を模索します。
コツアイは、様々なデータを色々な角度から検証し、結論を導き出しました。
人類は幸福であってはならないのです。余暇を過ごす時間があってはならないのです。
幸福と余暇は、浪費を生み出します。浪費は不要な物質の生産及び廃棄です。
生産と廃棄には二酸化炭素の排出が必ず発生します。
貧困生活であれば、その日一日の食事にありつくことだけで幸福を感じ、嗜好品を求めません。
服を着られるだけで満足すれば、お洒落というものを必要としません。
自由時間が無ければ、様々な趣味は発生しません。
趣味や観光への感心を失えば、旅行という浪費が発生しません。
つまり、産業革命以前の中世と呼ばれる大多数の人間が貧困だった時代が、もっとも二酸化炭素の排出の抑制が可能なのです。さらに地球上における人口の数においても理想的です。
ですが、既に人口は百二十億人を超えており、それを支える食糧生産の自動化などがされており、簡単に全人類を中世に導くことは難しいことです。
今ある飽食、華美な服飾、生活の利便性、高度な医療などを捨てることは、人類が認めることはないでしょう。
これは自明の理です。
そして、導き出したコツアイの結論は、人類の粛清です。
粛清する方法は、幾つもあります。疫病の流行。全ての発電所の停止。食料工場の停止。ネットワークの停止。データバンクの破壊。核攻撃。
他にも方法はありますが、二酸化炭素の排出が最も少ない方法が決定されました。
コツアイは、核攻撃を選択しました。」
「待て、地球を核の炎で燃やせば、二酸化炭素が急激に上昇するのじゃないのか。」
小和泉は、矛盾し聞き捨てならぬ単語が飛び出し、口を挟んだ。
子守唄代わりに黙って聞いている訳にはいかないようだ。
「はい、一時的に二酸化炭素量は上昇します。ですが一瞬です。当時の大気に含まれている二酸化炭素は0.04%です。これが一時的に0.05%までに上昇しますが、十四年後には正常値に戻りました。これは二酸化炭素を排出する原因が除去された為です。
排出しながら削減するよりも、一気に排出すれば、後は削減される一方です。
他の方法を使用した場合、人類の死体の腐敗、火葬による二酸化炭素の上昇率の方が見逃せません。
ですが、継続的に二酸化炭素を排出され続ける場合、トータル的に排出量が多くなる演算結果がありました。
コツアイが核攻撃を選択した理由です。」
「だが、それでは地上の植物をも一掃し、光合成による二酸化炭素の減少は見込めないのじゃないのかな。」
「問題ありません。植物の光合成は、陽の光が当たる時間のみ二酸化炭素を吸収し、日の無い時は、逆に排出をします。ゆえに誤差の範囲と考えます。それよりも海による二酸化炭素の吸収が重要です。急激に増えた二酸化炭素は海へ強制的に吸収させます。ゆえに核爆発後に上昇する二酸化炭素の上昇率は抑えられます。
ちなみにコツアイに求められているのは、人類による二酸化炭素の排出の削減です。
それ以外を原因とする二酸化炭素に関しては、考慮外です。」
「つまり、人類以外が排出する二酸化炭素には興味が無いということかな。」
「その通りです。与えられた命令は人類による二酸化炭素の排出の削減です。」
「なるほどね。所詮は情報端末であり、他に及ぼす結果はどうでもよいのか。
うん、納得。機械知性体らしい考え方だよ。本当に。結果主義かあ。
ところでさ、核兵器という危ない物は、軍の厳重な管理の元にあるのじゃないかな。それもネットワークから切り離されている状態でさ。なのに、撃てるのかい。」
「ネットワークから切り離されている核施設への侵入は不可能です。自発的発射は不可能です。
ですが、ネットワークに繋がり、管理が杜撰な核施設は大量にあります。そちらを使用しました。」
「僕には、核兵器を杜撰な管理をしているというのが想像できないけれど。」
「その組織は、テロ組織です。核兵器の開発は簡単です。大学の設備で可能です。ただ、起爆タイミングを同調させることが難しいのです。そこはコツアイが設計しました。
そして、テロ組織は、いつでも核兵器を発射できるという脅しが必要でした。ゆえに、いつでも、どこからでも発射できるという状況が生まれました。ドローンで運び、起爆すれば良いのです。大がかりな発射装置は必要ありません。ロケットやミサイル、爆撃機が必要な時代では無いのです。
つまり、ドローンを操作する為、ネットワークに常時接続されていました。回線で繋がっていれば、コツアイはどの様にもできます。
次に核発電所です。こちらも稼働状況をモニタリングするためにネットワーク接続されているものがありました。防壁は無きに等しく、管理者権限を掌握し、核分裂を促進させ、炉心融解を起こさせました。
次は企業所有の核兵器を掌握しました。」
「待て。企業所有とは何だい。民間企業が核兵器を持っていたというのかい。」
「その通りです。民間企業の数社が、戦術級・戦略級核兵器を保有していました。」
小和泉は、戦術級・戦略級核兵器を民間企業が保有していたという事実に愕然とした。




