316.〇三〇七二一OSK攻略戦 遺言
二二〇三年七月二十八日 一七五三 OSK 下層部 原子力発電所 除染室
クジは、桔梗を援護していた。
最初は、敵地へと突入するカゴを援護することを考えていた。危険地帯へ侵入する者を援護するのは自然なことだ。
だが、カゴの動きは複雑怪奇であり、クジには理解することができなかったのだ。
どこに進むか分からぬカゴへの援護射撃は不可能だった。
クジがここには来ないと思い、照準を合わせているといつの間にか中央にいたり、ここで右へ曲がると思い、引き金に指をかけてもカゴは直進を続け、慌てて照準を横にずらすことも多々あった。
援護射撃をさせてもらえない。
あろうことか、自力で敵の接近を許さない。アサルトライフルや銃剣を駆使し、月人を撃退する。
カゴが月人に囲まれることも肉薄されることもない事実に気がついた。
―これは僕が邪魔しているのかな。これなら、その場から動けない8312指揮官の桔梗准尉を援護した方が、よさそうだね。―
と思い直し、クジは桔梗の援護に回った。
桔梗は、鈴蘭とカゴにより集められた資材を積み重ね、トーチカの構築を行っている。
つまり、クジの近くにいるのだ。
援護の必要性がもっとも低い人物であったが、周囲を常に警戒できる訳では無い。集められた資材により死角が生まれ、資材を積み上げている時は周囲が見えない。
桔梗へ忍び寄る月人を対処することが、クジにとって、いや831小隊にとって重要なことであった。
桔梗こそ援護を必要していたのだ。
―桔梗准尉、お守りします。―
クジは桔梗の援護を開始する。
桔梗に近づこうとする月人をアサルトライフルの連射で捻じ伏せる。敵はその場で倒れ伏すが、致命傷を与えられていない個体が多々居ることは分かっていた。
しかし、止めを刺す余裕は無かった。月人の波状攻撃は激しく、足止めを最優先にしなければならなかった。
銃身からの高熱を感じながらもクジはアサルトライフルを振り回す。
突然、死角から月人に飛びかかられ、死を迎えておかしくない状況に緊張し、発汗が増え、鼓動が早くなる。体温も高くなってきただろうか。呼吸も荒くなってきたような気がする。
―ヘルメットの中の空気が薄い。―
そんなことは有り得ないのだが、クジはその様な錯覚の中、戦い続けた。
月人に強い圧力をかけられ、強大な殺意を浴びせられ、今にも走馬灯という幻影を見てしまいそうだ。その幻影の中に恋人である舞の笑顔が浮かび、クジは語り掛け始めた。
「舞、君が8311分隊所属で良かったよ。この場に残るのが僕で良かったよ。君が残り、僕が帰還するのであれば、いくら促成種の強靭な精神でも狂乱していたよ。
僕達、促成種は子供を残せない。君には僕が生きていた記憶を持ち帰って欲しい。そして戦闘詳報に残して欲しい。
その後は、僕のことは忘れて欲しい。無論寂しいよ。
促成種の寿命は短いよね。戦死しなければ、あと十年は生きられる。
そんな短い人生を一人で寂しく生きて欲しくないよ。新しい人を見つけて最後まで短い人生を楽しんで欲しいな。
それが僕からの最期のお願いだよ。」
クジは幻影の舞に語りかける。自分自身が声に出していることに気づいていない。
無線のマイクは切られていない。この部屋に居る全員が無線を通じて聞くことになった。
それを咎める者は存在しない。
戦闘中の視界や発言等は、意図的に停止しない限り、自動的に記録される。
もしかすると、OSK占領後に記録装置が回収され、クジの恋人である舞の元へと届くかもしれない。
だが、その可能性は非常に小さく、低い確率だろう。
この戦闘が総司令部に重要視されなければ、二等兵の記録装置なぞ解析すらされない。精々士官の記録装置を解析する程度だ。重要な戦闘だと認識されれば、戦闘に参加した全兵士の記録装置を解析されることもある。
しかし、全兵士の記録装置を精査する余裕を日本軍が持ち得るはずも無かった。解析する人材が足りないのだ。
解析されない記憶装置は、そのまま資材として回収され、資源化されるだけだ。
日本軍がOSKの占領に失敗すれば、この場所で記録装置は、ヘルメットと一緒に朽ち果てるだけだ。
へたをすれば、数年、数十年、この場に放置されることになるだろう。
放置されれば、回収される前に舞の寿命は尽きる。クジの思いを知ることは無い。
それでも、生きた証が残る可能性があるのならば、それを邪魔することは誰にもできない。
それは皆も同じだ。何かしらの遺言めいたことを呟いていた。
ただ、他の者はマイクの電源を切ってひっそりと残していたのであった。
一方で援護を失くしたカゴは、周囲の敵の動きを先読みし、確実に資材を集め、トーチカを着々と築いていた。
カゴには、窮地であるとか、絶望的状況とか、どうでも良い。
カゴはここで果てるつもりなど毛頭ない。必ず小和泉の元へと戻り、お仕えする事を望んでいる。
先に殿を務めた小和泉が無事であることと当然の様に考えていた。
―皆様、ここを死地に定めた様ですが、私は宗家をお迎えに参ります。この獣どもを蹴散らし、宗家の元へ馳せ参じます。しばし、お待ち下さいませ。―
カゴの思考は単純明快だった。
無性の為、色欲は無い。目覚めて時間も経っていない為、物欲も金欲も無い。
生まれたおりに初めて見た人間である小和泉を心酔している。
その感情がカゴの心を占めていた。
日頃から小和泉の姉弟子である二社谷に錺流武術の指導を受けていたのは、小和泉の後を追いかける為である。小和泉の思考、行動、武力を理解しなければ、お役に立つことなどできない。カゴの存在意義は、小和泉の道具として役に立つことだけだった。
―必ず、宗家の元へ参ります。宗家が倒れることはありません。今も殿として戦い、こちらに向かわれている筈。私と奥方様は信じています。次の瞬間にでも扉が開き、御顔を出されることを。信じています。御姿を見せて下さることを。―
カゴは生を諦めることなく、トーチカを築いていく。
皆と協力し耐えるのは、生き残る可能性が高まるからだ。
それが小和泉と再会する最良の手段だと信じていた。
だが、その思いには有る点が欠落していた。
それは、小和泉の妻達への配慮だった。
カゴに小和泉の妻達である桔梗と鈴蘭を守る気持ちは一切無い。妻の代わりは幾らでも用意できる。ここで失ったとしても新たに妻を迎えいれば良いだけだ。
カゴは、本当に小和泉のことしか考えていなかった。
鈴蘭は、オウジャの援護射撃に感謝していた。的確な援護射撃により、月人が近寄ることは無かった。予定よりも早いトーチカの完成を目指せそうであった。
―隊長。新婚で戦死は嫌。絶対、諦めない。絶対、迎えに来る。―
鈴蘭の思考は、いつもの発言と同様に管制官の様な簡略で分かりやすいものだった。
―隊長、来る。―
資材を運び込む。
―隊長、生きている。―
資材を積み上げる。
―隊長と抱き合う。―
再び、資材を取りに行く。
―隊長を愛している。―
資材を掴み、踵を返す。
―この愛、誰にも負けない。―
資材を運び入れる。
―絶対、死なない。―
資材を隙間に捻じ込む。
鈴蘭もカゴと近い思考であったが、小和泉への想いに愛情がたくさん詰まっていた。
無論、その愛情には奏と桔梗への愛情も含まれていた。その点は、カゴと大きく違っていた。




