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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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315/336

315.〇三〇七二一OSK攻略戦 済まない

二二〇三年七月二十八日 一七四八 OSK 下層部 原子力発電所 除染室


「済まない。」

その一言に鹿賀山の万感の思いが込められていた。

見殺して済まない。

生還できず済まない。

馬鹿な判断で済まない。

無能な指揮官で済まない。

様々な済まないがそこには含まれていた。


鹿賀山達は、撤退限界のギリギリまで射撃を続ける。それだけが今できることなのだ。

鹿賀山達は、目についた月人を反射的に撃つ。驚異的な強さを持つ鉄狼が居ない狼男と兎女の集団であったが、数の暴力は圧倒的だった。光弾が命中しようとも角度が悪いのか、弾かれ、傷を与えることがなかなかできない。

いや、これは鹿賀山達のあせりが射撃精度を悪くしているのだろう。

狙い撃つ。その様な余裕は一切無い。

敵発見。撃つ。敵発見。撃つ。同じ動作を反復する。それしかないのだ。心に余裕は無い。

蛇喰達も円陣を組み、死角が発生せぬ様に防御陣形を組んでいるが、崩壊するのは時間の問題だろう。その様に仕向けたのは、鹿賀山自身だ。

鹿賀山は皆を生かしたかった。KYTへ831小隊が全員揃って帰還したかった。

だが、現実は無残だ。帰還見込みがあるのは8311分隊の四名のみ。

鹿賀山、奏、舞とコツアイに取りつかれた愛だけだ。

831小隊が目の前で崩壊していく。今朝は確かに存在していた。

友軍からは831を文字って破砕小隊と呼ばれる戦果を誇ってきた。月人という障害を次々と破砕してきた小隊だからだ。

それなのに、今、月人に破砕されているのは831小隊の方だった。

月人の一個小隊十六匹が鹿賀山達へ向かってくる。限界が来た。

「扉を即時閉塞。撤退だ。」

鹿賀山の声には力が無かった。四人で十六匹の敵を相手取ることは不可能であったからだ。

鹿賀山がアサルトライフルを連射する中、奏と舞が左右から観音扉を閉めていく。

鹿賀山は敵を近づけさせない。致命傷にならなくともよい。足を止め、時間稼ぎが出来れば良いのだ。

どんどん、観音扉の隙間は細くなる。射撃を続けることもできなくなり、隙間は無くなった。

扉の向こう側から微かに激しい殴打音が聞こえた。怒り心頭の月人が、力任せに扉を殴りつけているのだろうか。

舞は、観音扉の横にある制御盤を操作する。ガチッと扉から音がした。鍵をかけたのだ。

―解除番号は念の為、蛇喰には伝え済みだ。閉じ込めた訳では無い。大丈夫だ。開錠して逃げることはできる。

何がだ。何が大丈夫なのだ。味方を閉じ込めただけではないか。ええい、思考が悪い方へ引きづられる。

違うのだ。月人の追撃を阻止する為、止むない処置なのだ。許してくれ。済まない。―

鹿賀山は、心の中で呟く。自己弁護をしなければ、心が圧潰しそうだ。

「閉塞、完了。」

舞から沈んだ声で報告が上がる。

「8311分隊、撤退。」

鹿賀山の声は嗄れ切っていた。無理やり絞り出した。そんな声だった。

『了解。』

奏と舞の復唱の声も暗く、覇気は無い。

舞は失神している愛を担ぐと8311分隊は、地上へと走り出した。

その道行きに、生き残る保証がある訳では無い。だが、可能性が無い訳では無い。

―みんな済まない。今までの犠牲を無駄にしない。

何としてもコツアイという情報源を日本軍総司令部に届け、月人の殲滅に役立たせる。―

それが、鹿賀山が切り捨ててきた仲間への想い、いや、謝罪であった。


二二〇三年七月二十八日 一七五一 OSK 下層部 原子力発電所 除染室


蛇喰の目の前で外部へ続く唯一の観音扉が閉まっていく。隙間から発射されていた光弾が途切れ、隙間は無くなった。一個小隊の月人が扉を叩き壊そうとしているが、それは不可能だろう。原子力発電所の炉心融解に耐えられる設計のはずだ。

「鹿賀山達は行きましたか。では、見本となる殿を務めてみせましょう。」

蛇喰はあえて声に出し、己を奮い立たせる。

任務としては、月人を引き付け、除染室より外に出さないという目的は果たした。観音扉も封鎖され、閉じ込めに成功した。

もう、井守達の生死は関係ないのだ。この閉塞された部屋から月人が逃れる術はない。

嬲り殺しにされる前に自決するのも一つの手であろう。

だが、蛇喰達にはその意志は無い。最期の一瞬まで足掻く。一匹でも多く月人を屠る。

この思いに包まれていた。


ふと、蛇喰の脳裏に士官学校で初めて鹿賀山と小和泉に会った時が浮かんだ。

入学式で真新しい制服に着られた三人だった。まだ、幼さが残り、厳めしい士官学校の制服に威厳負けしていた。

そして、次々と時が進み、様々な思い出が体中に溢れ、四肢にまで暖かみを感じた。

左目から一筋の光がキラリと零れる。

―戦友達との日々の暮らしが、楽しかったということですか。

この私が、小和泉に翻弄され、鹿賀山に階級争いに敗れたというのに。そんな思い出が楽しく愛しい記憶なのですか。

よろしい。ならば、その思いを抱いて任務を完遂致しましょう。

私、蛇喰は簡単に斃せないことを証明して見せましょう。―

蛇喰は戦術画面に敵影と障害物を表示させた。

「桔梗准尉、鈴蘭上等兵、カゴ二等兵は、付近の障害物を集めて、トーチカを構築なさい。

オウジャ軍曹、クジ二等兵は、私と共にトーチカ完成まで敵を近寄らせないで下さい。」

蛇喰の声には、張りがあった。ここで死ぬという悲壮感は全く無い。いつもの前線指揮の様であった。

「8312了解。」

「8313了解。」

桔梗とオウジャが蛇喰の命令に力強く応える。

桔梗率いる8312分隊へトーチカ構築を命令したのは単純な理由だった。

分隊の全員が促成種だからだ。人間の身体機能を五倍に強化された肉体であれば、付近の資材を持ち運ぶことなど容易いからだ。それならば、トーチカの構築も容易いだろう。

蛇喰率いる8313分隊は、蛇喰だけが自然種であり、複合装甲の増幅装置にて三倍へ引き上げられただけであり、さらに全体の指揮も執らなければならない。

指揮の最中は、背中や側面への注意が疎かになりがちだ。ここは部下に防備してもらわねばならない。

そうなると、必然的に桔梗達に依頼するしかないと合理的思考に基づくものだった。

小和泉の部下ゆえに危険に晒してやろうという意図は全くない。

そもそも蛇喰は、その様な考えが思いつく小人しょうじんでは無いのだ。


蛇喰の8313分隊はアサルトライフルを闇の中で連射を続ける。月人には蛇喰達の姿を視認できていないが、蛇喰達の暗視装置にはしっかりと月人達の姿を捉えている。

無論、光弾を発射することにより己自身の位置を敵に伝えていることも同時に理解している。

だが、削れる敵は確実に削らなければならない。何せ、六対百の戦いなのだから。

「オウジャ、二時方向牽制しなさい。」

「了解。」

「クジ、十時方向牽制です。」

「了解です。」

蛇喰は、敵の動きに合わせて、的確に指示を出す。

周囲に散らばる資材をかき集め、トーチカを構築する桔梗達に月人を近寄らせない。

蛇喰自身も、六時方向から這い寄る月人へ光弾を浴びせ掛ける。

「銃身が焼けても構いません。撃ち続けなさい。弾幕が途切れることは許しませんよ。」

「了解。」

「了解です。」

蛇喰の指示にオウジャとクジは素直に従うが、心残りはたくさんあった。


オウジャは、鈴蘭を援護する様に射撃をしていた。鈴蘭は衛生兵だ。出来る限り最後まで無傷であって欲しいという思いがあった。

衛生兵が最後まで残っていれば、狂いそうになる精神を薬で向上させたり、大怪我を負っても痛みを感じさせなくできる。最後の心の拠り所となる存在だ。

最初に死なせる訳にいかなかった。

―どこで計算を間違えましたかいね。実験小隊の傾向がある831小隊ならば、寿命を全うできると考えていたんですが、まさか総司令部に戦略的捨石にされるとは。とほほ。

封も開けていない秘蔵の酒が部屋に残ってやしたね。せめて、一口味わっておきたかった。勿体ないからって、大事にし過ぎたのは失敗でしたわ。誰か遺品整理の時に呑んでくれるやろうか。

それが自分への供養になるってもんよ。

まあ、今更悔やんでも仕方ありやせん。蛇喰の旦那についていくだけでさあ。

精神的におかしな思考をしてはるが、上官としては上出来な御人だった。下で働いて悪い気分じゃなかったな。

まあ、少尉と一緒に未来の日本軍の礎石となってやろうじゃねえか。―

オウジャは、自分の居室に残してきた日本酒、それも貴重で高価な純米酒だ。合成酒ではない。それを思い出しながら、月人への連射を続ける。

―最後に思い出すのが、酒か。それが、俺が生きてきた証なのか。くっだらねえ人生じゃねか。なら、ここで最高の花火を上げてやんよ。―

オウジャはアサルトライフルを握り直し、月人へ光弾を撒き散らす。鈴蘭への肉薄を許さない。その男の覇気が増大していく。

そこには悪鬼へと変貌していく男がいた。

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