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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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312/336

312.〇三〇七二一OSK攻略戦 予想外の決着

二二〇三年七月二十八日 一六四七 OSK 下層部 動力部区域


十字路に浮かび上がった光の土俵で、小和泉と鉄狼は泥臭い殴り合いを続けていた。

殴り殴られ、互いに一歩も引かず、力だけの応酬。そこには技は無い。

純粋な暴力だけが渦を巻いていた。

どれだけの時間がかかろうが、一人と一匹は殴り合いを続けるものと見えた。

どちらかが倒れるまで。

それだけ小和泉と鉄狼は力を思う存分に振るう快感に浸っていた。

そんな中、突然、一人と一匹は同時に停止した。

そして、ゆっくりと距離を取り始める。お互いを睨みつけながらじりじりと後退していく。

この最高の時間を楽しみたい気持ちは強くあった。だが、生物には何事も限界が存在した。

殴り合いを止めた理由の一つは酸欠だった。お互いに呼吸が乱れに乱れ切り、大きく肩を上下に揺らせ、深呼吸を重ねていた。これでは、最高の殴り合いはできない。体の芯に響く衝撃や拳に伝わる肉の感触を味わうことができないのだ。それでは、小和泉は満足できない。

もう一つの理由は、お互いの得意な間合いにもかかわらず仕留めきれない、いや、有効打すら浴びせることができないことだった。

これは体力の浪費に他ならない。先に胆力を失ったものが負ける。

ここで仕切り直し、違う攻防を組むべきだとお互いが納得したのだ。そうすれば、もっと楽しく素晴らしい殴り合いができることだろう。

それは声に出していない。

洗練されていない泥臭い殴り合いという肉体言語を交わすことにより、お互いに一時休止をすべきだと理解したのだ。

いかに心を踊る殴り合いを実行する為に、肉体言語を通じて、互いに了承し、一時休止が実行されたのだ。

お互いに格闘狂だったのだ。


小和泉は三メートル程、鉄狼から離れ、深呼吸を繰り返し、息を整える。脳や全身の筋肉に酸素が行き渡り、疲労が軽減される。敵を殴り倒すことだけに偏っていた思考が、大きな視野で敵の倒し方を考え始めた。

九久多知の複合装甲の第一層は無残だった。鉄狼の打撃を受けた部分は、黒体塗装が剥がれ、複合セラミックスの灰色の地色がむき出しとなっていた。

特に何度も打撃を受けた箇所は、複合装甲の第二層にまで損害が生じ、剥離を始めていた。

複合装甲の指先は、繊細で細やかな機械で構成されており、打撃用途は禁じられている。

その為、小和泉は掌打を使用し、繊細な指先を打撃に使用してこなかった。

だが、小和泉専用に開発された九久多知には、拳篭手が装備されていた。普段は手の甲に収納されている篭手がせり出して拳部分を覆い、繊細な指先を保護し、力一杯殴れる様になっていた。

無論、格闘専用に設計されている為、この泥臭い殴り合いでも故障や破損は生じていない。

設計通りの性能を発揮していた。

―九久多知の防御力は若干下がっちゃたけど、動作に支障はないね。

さてと、鉄狼の奴、日本軍式格闘術を学んでいるね。

まだ、ものにはしていないけど、次に遭遇した時にはキッチリと習得をしていそうだね。

これは楽しみ敵だね。どんな技を見せてくれるのかな。

井守の記憶でも読んだのだよね。人を鹵獲すると記憶から技術を盗まれるのか。すごいね。

これは、月人の考えを改めないと駄目だね。単なる畜生共の集まりだったと思っていたけども、どうやら実態は違う様だね。

アサルトライフルの使用。機甲蟲の使用。育成筒の理解。人間の記憶の抽出。人間の傀儡化。

僕が知っているだけで五つも獣じゃできないことをしてきているよね。これってコツアイっていう奴の仕業なのかな。

はぁぁ。なら、井守の背中の機甲蟲もお持ち帰りすべきだよね。あれも貴重な資料になるよね。別木室長が喜びそうだな。

はい、困った。困った。てね。

何か面倒なことになったな。頭を使うことは鹿賀山の担当なのにね。

さてと、格闘術を学んだ鉄狼か。どう遊ぼうか。―

小和泉は興奮し暴走する気持ちを抑え、どの様に料理するか真剣に考え始めた。


鉄狼は、小和泉より先に動いた。

小和泉より早く行動方針を決めた様だった。

真っ直ぐに間合いをゆっくりと詰め始める。

小和泉は、先程と同じ中段の構えのまま、鉄狼を迎え撃つ。

敵の攻撃に随時対応していくだけだ。

間合いが二メートルにまで詰まったところで鉄狼は右前蹴りを放った。

威力と速度が充分のった格闘教本に近い前蹴りだった。

逆に言えば、それは予備動作からどの様な攻撃が為されるか丸わかりなのだ。

小和泉は半歩踏み込み、半身となって躱す。そのまま左手を鉄狼の足首に上から添え、右手を右膝の裏に添える。

次の瞬間、鉄狼は絶叫をあげた。野太い咆哮が十字路に反響する。

鉄狼は床に倒れ、右膝を抱え込み、痛みに耐えていた。鉄狼の右膝は曲がる筈の無い前方へ九十度に折れ曲がっていた。

小和泉は、鉄狼の右足に手を添えた瞬間に一度関節の曲がる向きにパンと叩き、右膝を正しく曲げた。即座に手を天地入替、関節の逆方向へと力を入れる。

一度、正方向に曲げられると関節は弛緩し、逆方向への荷重に耐えられなくなる。筋力の強さや獣皮の硬さは関係ない。梃子の原理で簡単に折れてしまうのだ。

無論、正しい力点と支点に手を添え、正しく力を加えなければならない。

だが、どの様な攻撃が来るか最初から分かれば、小和泉の技術をもってすれば簡単なことであった。

「つまらん奴だね。折角期待したのに。生兵法は大怪我の基だよ。」

小和泉は地面に倒れ伏し、のたうち回る鉄狼を軽蔑の眼で見下し、苛立っていた。

そのまま頭部を蹴り飛ばす。一撃では意識を刈ることも頭蓋骨を陥没させることもできなかった。小和泉は、苛立ちを押さえる為、鉄狼の頭を何度も何度もボールの様に蹴り飛ばす。

その都度、

「期待外れ。」

と言って蹴り飛ばし、

「期待外れ。」

と繰り返す。

数度蹴り飛ばしたところで、鉄狼は全く動かない。指先すら痙攣していない。何の反応も返ってこなかった。

小和泉が蹴り続けていた後頭部は陥没し、やや桃色がかった灰色の脳とどす黒い血が周囲に撒き散らされていた。

当然、九久多知の右足も鉄狼の血肉に塗れていた。


「おいおいおい。これで終わりかい。呆気ないじゃないか。月人に格闘術は合わないよ。

予測できない月人独自の攻撃だからこそ、怖いんだよ。人間の身体に最適化された格闘術は、君達には向いていないよ。骨格が違うでしょう。だから、次の動作が良く分かるんだよ。

君は、格闘術を身に付けるべきじゃなかったね。

身に付けるならば、きっちりと使いこなせる様にならないと全力を出せないよ。

最初の殴り合いは鉄狼らしい荒々しく力強い攻撃だったのに、どうして最後まで鉄狼として戦わないのかな。中途半端な技を出されるなんて、僕を舐めているとしか思えないよ。

はあ、面白い鉄狼と楽しめるかと思ったのに。格闘術を修めた鉄狼かと期待したのに。

残念だよ。」

小和泉は、二度と動かぬ肉塊へ言葉を投げ捨てた。

心躍る前半戦から一気に興が冷めた後半戦となり、不完全燃焼となったからだ。

敢えて思いを吐露し、小和泉は冷静さを取り戻した。

そして、意識を鉄狼から井守へと向けた。

井守は、全裸で呆けた表情を浮かべたまま直立していた。その姿は、戦闘前のままであった。

「さてと。井守、君をKYTへ連れ帰るよ。まあ、途中で荷物になったら捨てるけどね。そこは許してね。僕はまだ死ぬわけにはいかないからね。

何せ、新婦三人とのハードな新婚生活を楽しんでいないのだからね。」

小和泉は努めて明るく話す。帰還確率が如何に低いかは己自身が良く理解している。

だが、ゼロではない。帰還できる可能性はあるのだ。

生を諦めれば、その時点で死が確定する。だが、生に固執すれば死ににくなる。それが数々の戦場を渡り歩き、潜り抜けてきた戦士の経験則だった。

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