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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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310/336

310.〇三〇七二一OSK攻略戦 一対三の攻防

二二〇三年七月二十八日 一六三六 OSK 下層部 動力部区域


小和泉が前後を三匹の狼男に挟まれ、防御を固めている時、鉄狼は高みの見物を決めこんでいた。両腕を胸の前で組み、小和泉を見下すような視線を送っている。

どうやら、小和泉の相手には、三匹の狼男で充分だと思っているのだろう。

その足元では、井守がノロノロと体を起こし始めている。小指の痛みが引いたのだろう。

背中に貼り付いた機甲蟲は、人間の操作に慣れていないのか、井守の動きは緩慢だ。ゆっくりゆっくりとした動きでこちらに身体を向ける。攻撃に参加する意志は無い様だ。

蠍型機甲蟲は、八本足と一対の鋏と一本の尾を動かす。人間の四肢を動かすのとは、大きく操作系統が異なることだろう。

―やっぱり、井守は戦力にならないみたいだね。鉄狼は余裕を噛ましているねえ。鉄狼ってあんなのが多いね。よし、この三匹の狼男を潰して逃げよう。この頭痛を早く止めたいからね。―

まずは、丸盾と補助腕の操作を九久多知の自動処理に任せる。目標と目的を設定しておけば、簡単な攻防は九久多知が代行してくれるからだ。これで小和泉が脳波操作を常時する必要が無くなり、頭痛から解放されるはずだ。

早速、補助腕と尾銃に目標と目的を設定し、脳波操作を終了した。すると頭痛は徐々に和らぎ、痛みを感じることは無くなった。

あとは、慣れ親しんだ己の肉体を存分に揮うだけであった。


小和泉は十手を斜めに傾け、狼男の爪を滑らせる。不意を突かれた一匹目は、二匹目の方へと体を傾かせ、派手に衝突させる。これで二匹の自由を奪う。

尾銃の丸盾から荷重が抜けた。二匹目の貫手が離れたのだ。

この好機は逃さない。

すると九久多知は尾銃の丸盾を解き、二匹目の狼男の臍へと先端を突き刺す。すかさず、内部で連射を開始する。小和泉は何も操作をしていない。九久多知の自動処理だ。

狼男の腹部が徐々に膨らみ、ついに背中から光弾が飛び出していった。

内部では尾銃の角度が様々に変化し、内臓を次々と破壊していく。このまま任せておけば、その内、肺や心臓を貫くだろう。そうなれば、この狼男は死ぬだけとなる。


背中の補助腕は、防御に徹していた。狼男の猛攻を次々と捌き、流していく。これも九久多知の自動処理だ。

九久多知は、狼男の攻撃を正面から受け止めることはしない。補助腕の先は三つ指に割れ、鋭い爪の様になっており、狼男の剛力に耐えることはできないからだ。

だが、華奢な訳では無い。爪を揃えると鋭利な槍と化し、狼男の硬い獣毛を貫くことができる。九久多知は、その隙を狙っているのだろう。

九久多知本体へ衝撃が行かぬ様に考慮しているのだろうか。九久多知の捌きは、突きを受け流し、貫手を回転運動で弾く。ゆえに衝撃は一切小和泉へ届かなかった。小和泉の使う武術に良く似ていた。普段の小和泉の動きを学習しているのだろう。

お陰で小和泉は、九久多知の動きが予測でき、背後の衝撃を気にすることなく、目の前の狼男に注力できた。同門の人間が、長年連れ添った戦友が背中を守っているかの様な安心感があった。


小和泉は、正面の狼男の伸び切った腕を利用する。その腕を発射台の様に左手を滑らせ掌底を放つ。

狼男の手をレールにして、小和泉の掌底は速度が増す。速度が増してもレール代わりがある為、狙いはぶれない。思う存分に速度特化に比重を置いた。

小和泉の掌底が、狼男の鼻を叩き潰す。狼男の頭が背中へとのけ反り、潰された鼻と小和泉の左手を赤い血が橋の様に繋いだ。

右手に握る十手を大きく背中へ引き、一気に力を解き放つ。十手は、のけ反った狼男の喉仏へ真っ直ぐに突き進む。十手の先端は軟骨を割った。肉の強い反発をこじ開け、更に奥へと突き進む。十手は気管を突き破り、更に頸椎を押し潰す。頸椎には呼吸を司る延髄があり、これも同時に破壊される。

狼男はくぐもった悲鳴を上げたが、呼吸中枢と気管を壊された為か、

それ以上の声は出さない。いや、出せない。

頭を支える柱を失った為、狼男の首は元の位置に戻らない。天井を向いたまま、その場に崩れ落ちる。

狼男は床の上でのたうち回り、酸素を求めて空中を両手で掻き毟る。

同時に尾銃が相手をしていた二匹目の狼男の上半身だけが床へと落ちた。下半身は立ったままだ。

尾銃は、小和泉の想像と違い急所狙いではなく、腹部を切断する様に焼き切ったのだ。

断面は光弾により焼き切れ焦げていた。その為、出血は無い。

―あれ、僕ってこんな戦い方をしたかな。僕を学習したのだよね。おかしいなあ。まあ、いいか。―

二匹の狼男が無様に床の上で両手を無闇に振り回していた。


―よし、二匹無力化。こいつらは数分で死ぬ。鉄狼は後だ。背後の狼男から叩く。―

前面の圧力が無くなり、小和泉の自由度は格段に上がった。

その場でしゃがみ込み、右後ろ足払いを掛けた。

狼男からすれば、小和泉が突然消えた様に見えただろう。続いて右足が刈られて、宙に浮き、身体が前へと倒れる。支える為、逆足の左足が前に出て体を支えようとする。

その足を小和泉は蹴り飛ばす。左足は床を踏むことが出来ず、宙に漂う。

狼男は転倒を防ぐ手段を失った。ドンドン床へと顔面が迫っていく。

目の前に親指ほどの太さの点が見えた。みるみる点が近づく。

だが、それを避ける手段がない。両足が地に付いていないため、方向転換も踏み止まることもできない。

その点は小和泉が床に立てた十手だった。小和泉は十手を軽く支え、狼男の口の中に入る様に場所と角度を調整する。

狼男は為す術も無く、十手を口の中へと入れてしまった。

前へ倒れる勢いと体重が乗った前歯が十手の先端に当たる。硬い筈の前歯は簡単に砕け、床へと破片を撒き散らす。

小和泉は十手から手を離し、狼男への背後へと回る。

あとは、重力に任せるだけで良かった。十手は狼男の体重を受け止める。硬い床が支えている為、人間の突きよりも確実に口蓋を破壊していく。

身体が前に倒れる程、十手は狼男の頭部を突き破り、後頭部から十手の先端が現れた。

この抜け方は、間違いなく、脳を破壊している。恐らく即死だ。


―これで敵の残りは、鉄狼と井守だけだね。―

小和泉は、床に転がる三匹の狼男に目もくれず、鉄狼を睨みつける。

といっても、鉄狼からは小和泉の顔をヘルメットが邪魔をして窺い知ることはできない。

鉄狼は、二分もかからず三匹の狼男が無力化されたことに理解が追い付かなかった様だ。

何が起きたのだと棒立ちしている。

一方的に攻めていた狼男達が、防戦で手いっぱいの人間に床へと転がされている。

一対三の圧倒的優位だったはずだった。

月人に負ける要素は無かった。誰も油断はしていない。前後からの同時攻撃。これから生き残る様な人間は今まで居なかった。月人による必死の手だった。

鉄狼としては、簡単な狩りのはずだったに違いない。

その認識のまま、勝負は小和泉の勝利で終わった。

手傷どころから有効打すら浴びせていない。その様なことは、鉄狼の常識では有り得なかった。今まで人間を思うがままに蹂躙してきた。

だが、この人間は三匹の狼男に善戦するどころか、圧倒的な力の差を見せつけた。

ようやく、鉄狼は目の前に立つ人間が今まであった人間とは違うことを認識した。

鉄狼はゆっくりと深い呼吸を繰り返し始める。呼吸を一つ行う度に筋肉が太くなっていく。

深呼吸により、血流を良くし、筋肉を目覚めさせているのだ。

鉄狼は深呼吸を終えた。先程よりも筋肉は大きく隆起し、見た目の力強さが上がっていた。


―あらら、準備運動終えちゃったね。隙があれば、攻めたかったなあ。隙が無かったのだから仕方ないよね。でも、これで一対一の格闘戦を楽しめるよね。さあて、やるか。―

小和泉は右足を引き、軽く腰を落とし、左拳を前へ牽制に、右拳を右脇腹に固め防御に置く中段の構えをとった。

ここからは全生物の共通言語である話し合いだ。つまり、殴り合いだ。

これだけは、人間、鉄狼、狼男、兎女の区別なく、間違いなく意志が通じる。

殴る、蹴る、噛み付く、絞める。他にもたくさんある古来よりある単純な肉体言語だ。

お互いが何の誤解も聞き間違いも無く、己の意志を完璧に伝える最強の言語だ。

殺す。

この一言は、どんな生物でも理解できる。知能や知識は関係ない。生存本能に訴えかける。

小和泉が構えを取ったことにより、鉄狼へ小和泉の闘争心の強さが伝わる。

お前を殺す。

鉄狼は小和泉へ咆哮を上げた。通路一杯に広がり、空気を振動させる。

お前を殺す。

鉄狼の威嚇という肉体言語だ。小和泉も簡単に鉄狼の意思を理解した。

そのあおりを井守が喰らう。恐怖に腰を抜かせていた。鉄狼の威嚇を受け止める胆力が足りなかった。

―井守は変わらないね。さてと、この鉄狼は見かけ倒しなのか、本物なのか。いやあ、楽しみだね。―

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