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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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308/336

308.〇三〇七二一OSK攻略戦 敵、増援

二二〇三年七月二十八日 一六〇九 OSK 下層部 動力部区域


鹿賀山達は小和泉の目の前から躊躇いも無い様に去っていく。

奏達の胸中を小和泉は知らない。知る術はない。

それを悠長に見送る状況ではなかった。

小和泉の耳には無音であったが、そうではなかった様だ。鉄狼の耳が正面を向く。

奏達の音を捉えたのだろうか。どうやら察知された様だった。

即座に鉄狼は障害物を飛び越えようと飛び上がる。それを見過ごす小和泉では無い。

鉄狼の無防備な右足首を掴み、力任せに床へと叩きつける。

―そっちには行かせないよ。大事な人達がいるのだからね。絶対にね。―

小和泉は心の中で呟く。

予想外の攻撃に鉄狼は受け身を取ることもなく、床へと俯けに無様に叩きつけられた。

小和泉は手を離し、鉄狼の傍らの闇に再び潜む。

鉄狼は起き上がると、周囲をその堅牢なる両腕を振り回し、何も無い空間を薙ぎ払う。空を切るだけで手ごたえがある筈はなかった。障害物を見落としたかどうかの確認をした様であった。

そんな鉄狼は、足元への集中力が皆無だった。足を引っかけたと思っている空中を念入りに探っていた。

小和泉は右足払いを掛け、再び右足首を刈り取りバランスを崩す。鉄狼はまたも床へと豪快に転ばせられた。

「グオオオ。」

鉄狼は怒りの咆哮を上げ、再び周囲に四肢を振り回す。四肢が当たった障害物は、破壊され、破片を周囲に撒き散らす。

未だに、暗闇に溶け込む黒体塗装の九久多知を着込む小和泉の姿が見えていない様だ。

鉄狼の攻撃は、小和泉に掠りもしなかった。

―よしよし。これなら確実に勝てそうだね。早く無力化をしようかね。

奏達も心配しているだろうし、僕も早く合流したいしね。―

小和泉は手元に残っている装備の十手を静かにゆっくりと引き抜く。

こちらも黒体塗装済みだ。光を吸収し、暗闇と同化している。

目の前で大暴れする鉄狼が背中を見せ、静止する瞬間を待つ。静止するのは、ほんの一瞬で良い。

―一撃必殺にて仕留める。これが最適解だろうね。―

敵の動きを読み損ね、急所を外して長々と格闘戦を繰り広げるよりも、一瞬で敵を屠り、味方と合流するのが、最速の方法だと小和泉は考えた。

あと数秒我慢すれば、鉄狼は背中を小和泉に向けるはずだ。

―いいよ。その調子。頭蓋骨を叩き潰すか、頸椎を圧し折ってあげるからね。―

小和泉の興奮度は高まりつつある。これから小和泉の大好物である格闘戦という殺し合いを始められるのだ。いや、この場合は虐殺になるのかもしれない。


だが、小和泉の目論見は外された。

小和泉達が来たイワクラム発電所方向より複数の足音が響き、一筋の強い光が戦場を照らした。

光は、通路の中央に立つ鉄狼と床にひざまずく不自然な黒い平面を照らした。

黒体塗装の光をほぼ吸収する特徴をもつ。つまり黒くない背景の前に立つと背景は光に照らし出され、その前に立つ黒体塗装の物体は、不自然な黒い面を浮かび上がらせるという短所があった。

この場合、九久多知の背後にある障害物の前に不自然な黒面の闇が浮かび上がっていた。

影の様に見えないこともないが、立体感は全く無く、背景と闇の境界がはっきりしていた。

何よりも光を当てている場所に闇が発生することは有り得ない。

そこに何かがあることを明確に示していた。

―あらら、位置がばれたね。―

小和泉は即座に障害物の向こう側へと跳ぶ。光源から逃げなければならない。闇に潜むことが黒体塗装の利点なのだ。照明の下では欠点としかなり得ない。

小和泉は障害物を飛び越えると即座に強い光によって生まれた濃い影に潜む。

―まずは状況判断。温度探査で数を。―

小和泉の上に影が被さる。影は、そのまま飛び蹴りの要領で巨体が落下してくる。

小和泉は転げて避ける。障害物より上に身体は晒さない。敵か味方か分からぬ者に姿を見せる様な度胸、いや無謀さは持ち合わせていない。

巨体は鉄狼だった。鉄狼の飛び蹴りによる重低音が通路に響く。黒体を敵だと認識し、即座に追撃してきたのであろう。

―この判断の速さは、鹿賀山や奏にも見習ってほしいね。―

と思いつつ、小和泉は影に潜んだまま様子を窺う。

強い光源がある為に、障害物の影は色濃くなっていたのだ。鉄狼は周囲を蹴り飛ばしていく。

今回は鉄狼から距離をとっていた。鉄狼の攻撃が当たることは無い。

しばらくは気づかれないだろう。

―状況確認は大事だよね。温度探査を再開っと。発熱体は鉄狼1、ご新規様4か。電灯を使うのなら人間かな。月人が電灯を使用したことは無かったからね。

日本軍がこんな状況で電灯を使用する訳が無いよね。灯火管制中だよね。

あれは派手な目印になるから、索敵では使用しないのだけどね。使うのならは、露営中のテントや調理する時くらいだよね。

それとも、現地人かな。OSKに生き残りがいましたとかいう夢のあるお話ですか。

ああでも、ライフルを鹵獲した件があるからね。

月人の可能性も考えておきますか。懐中電灯も鹵獲されたのかな。

逆光でこちらから、敵の姿は見えないね。はてさて、正体は如何に。―

などと茶化すのは、窮地に陥りつつある己自身を奮い立たせているのだ。

だが、小和泉は、戦闘、いや殺し合いに関しては、一切の希望的、楽観的観測を捨てている。

殺し合いに希望や楽観が入り込む余地は無い。

全てが必然の塊であり、その積み重ねの結果が、どちらかに死をもたらすのだ。


ヘルメットのシールドに表示された戦術地図に新たな発熱体四体が菱形陣形にて近づいてくる。

先頭が電灯を持っており、後続の三体は逆光で視認することができず、何者か判断する材料が無かった。

―逃げるが勝ちかな。―

小和泉は、ここが十字路になっていることを考え、奏達とは違う脇道への撤退を考えた。

―問題は、鉄狼の耳が思ったより良いことだね。下がれるかな。―

キョロキョロと頭を左右に振る鉄狼を目にしながら小和泉はゆっくりと脇道へと下がる。

落下物を踏まず、蹴らず、慎重に静かに下がる。

音を立てれば、即座に気づかれる。一対一ならば対応のしようもあるが、一対五では小和泉の分が悪い。ここは逃げるが勝ちだろう。

しかし、しゃがんだ姿勢のままでの後退は、足腰への負担が大きかった。

―ああ、こりゃ、つらいや。修行並みに辛いわ。―

脹脛や腿の筋肉が攣りそうになるのを堪え、慎重に一歩、また一歩と下がる。

牛歩の歩みなど早いものだ。蝸牛の進みに匹敵する遅さであった。

―ライフル、銃剣、ナイフを破棄かあ。勿体ないな。―

鉄狼の耳が小和泉の方へ向く。即、小和泉は止まる。

鉄狼は、音がしないことを確認すると再び耳を忙しく動かし始めた。

それを見て、小和泉は後退を再開する。脇道に体半分ほど入ったところで増援の一個分隊が障害物を挟んで鉄狼と合流した。小和泉は障害物の影に隠れている為、分隊を視認することができなかった。

鉄狼が通路の先を指差した。その指示に従い、電灯は奏達が撤退した方向を照らす。誰もいない伽藍とした通路が煌々と浮かび上がった。

「ガウガウ。ガオガウ。」

鉄狼が何か吠える。それに対して分隊も

「ガガ、オウウウ。」

と答えた。

―へえ。月人に言葉があるのか。知らなかったよ。まあ、有る方が普通だよね。そうじゃないと大規模作戦を実行できないよね。さて、今のうちに後退後退。―

丁度、鉄狼と分隊が会話を始め、小和泉が出す音を掻き消してくれそうだった。

小和泉はゆっくりと脇道を奥へと後退する。ヘルメットについている後部カメラが頼りだ。

網膜モニターに映している後部カメラの映像は、まもなく先程の戦闘による障害物の欠片が飛散した箇所を抜けようとしていることを表していた。

―あと少し。あと少し。―

小和泉の足が中腰の姿勢による負担で痺れそうになる。

―ええい。仕方ない。休憩だ。―

小和泉はヘルメットのシールドを数度タッチし、九久多知の関節を固定する。

全身の筋肉を弛緩させ、椅子として九久多知に座った。体中に血が巡り始め、全身にこそばゆい感覚が走る。だが、ぴくりとも動かない。小和泉はかゆみを我慢する。

体を震えさせることで音が出る可能性があるからだ。

今は些細な音も出してはならない。敵兵力は五倍もあるのだから。


小和泉が休憩を挟むと、敵の分隊は障害物を乗り越え始めた。

分隊の後ろの三体が先に障害物を乗り越え、交差点へ姿を現した。正体は狼男だった。

―鉄狼ではないっと。ふむ、狼男なら飛び道具も武器も無し。まだ兎女よりマシかな。あっちはライフルに長剣と攻撃方法が多彩だからね。―

障害物を照らしていた光源が揺れ始めた。どうやら残りの一体も乗り越えてくるようだ。

だが、狼男達と違い動きがぎこちない。障害物をポンと飛び越えるのではなく、力づくでよじ登り、モタモタとしている。

暗視装置に映った姿は、今までの月人と比べ異形だった。全身は禿げ上がり、獣毛が一切無かった。

月人の特長である頭頂部の耳は無く、側頭部に付いていた。

何のことは無い。簡単に言えば、裸の人間だ。

違いがあるのは、背中に蠍型機甲蟲が貼り付き、機甲蟲の口から二本の牙が首筋に突き刺さっていることだった。

―おいおい。本当に人間だよ。現地人かな。それとも促成種の類かな。それにしては運動神経がかなり悪いよね。背部の機甲蟲が操っているのかな。だから、運動能力が低いとか。―

小和泉は前面カメラの画像を拡大し人間の顔を観察した。

―額に接続端子は無しっと。自然種かな。なら、複合装甲に増幅機構も無いから、運動能力が低くてもおかしくないか。待て待て。ええ、嘘でしょう。ええ、本当に。頭髪も眉毛も無いしさあ。それでか。そりゃ、すぐには分からないよ。―

小和泉は、驚くと同時に呆気にとられてしまった。

その人間は、小和泉が知る人物であったのだ。

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