306.〇三〇七二一OSK攻略戦 別離
二二〇三年七月二十八日 一六〇六 OSK 下層部 動力部区域
―さてと、残りは狼男四匹か。ここから見えるかな。見えるといいな。―
小和泉は頭上を光弾が通り過ぎていく中、鹵獲されていたアサルトライフルを拾う。
ガンカメラを無線接続し、照準を網膜モニターに表示させる。若干のずれがありそうだった。
障害物にもたれ、適当な標的へ照準を合わせ発砲する。やはり、狙いと弾着がずれていた。
何度か試射を行い、小和泉好みの戦闘距離で照準が合うように再設定を行った。
―さてと、敵はどうしているのかなっと。―
小和泉は障害物の隙間にアサルトライフルを差し込み、狼男の動向をガンカメラで探る。
網膜モニターに映った狼男の数は四匹だった。交差点の壁に隠れ、鹿賀山達の銃撃が途切れるのを待っている様だ。
―と、なると銃撃を止めてもらう訳にはいかないかな。あっ、早く鹿賀山に連絡を入れないと撤退しちゃうじゃないか。危ない。危ない。―
小和泉は鹿賀山達が五分後に撤退する話を思い出した。
「お待たせ。兎女八体、排除完了だよ。でも銃撃はそのまま続行してね。狼男への牽制になっているから。」
「小和泉、無事か。怪我は無いな。」
鹿賀山の心配げな声が小隊無線に響く。
「無傷だよ。これから狼男を通路から追い出そうと思うのだけど、いけるかな。」
「了解だ。このまま牽制射撃を続け、正面に出て来た狼男を撃破する。これで良いか。」
「いいと思うよ。」
「攻撃開始は小和泉に任せる。合図を頼む。」
「はあい。では。」
小和泉は網膜モニターに映る狼男の動向を観察する。狼男の意識は、鹿賀山達に向いている。
突入のタイミングばかりを考え、味方の兎女の射撃が無くなったことに気がついていない様だった。
それとも、その様な戦術の概念が無く、単純に兎女の合図を待っているだけも知れない。
小和泉は最後尾にいた狼男の獣毛が薄い腹部へ連射を加える。
初弾と次弾は獣毛を焦がすにとどまったが、連射の効果は高く、すぐに毛皮を食い破り、筋肉、内臓をズタズタに掻き回す。
その狼男は、突然の痛みに驚き、腹筋を壊されたことによりその場にうずくまった。
「撃ち方用意。」
異変を感じた残りの狼男達が背後からの不意打ちだと勘違いしたのだろうか。敵襲から逃れる為か、隠れていた通路から飛び出し、十字路に姿を現す。
「今。」
合図を出すと同時に小和泉は障害物へ身を隠した。
すかさず、鹿賀山達の集中攻撃が始まった。アサルトライフルの連射が三匹の狼男を襲う。
最初は獣毛が光弾を弾くが、次第に全身に火傷を負い、更に穴を穿たれていく。
時折、流れ弾が小和泉の近辺を通過していく。
誤射の可能性があるゆえに小和泉は即座に隠れたのだ。
十字砲火ならまだしも、敵を挟み込んでの射撃戦など行うものではない。
射撃戦による挟み撃ちなど、味方に損害が出るのは当然のことであった。
小和泉は床に伏せ、遮蔽物へ身を完全に隠し、アサルトライフルを障害物の隙間に差し込んで状況をガンカメラにて確認を行う。
小和泉も射撃に加わることもできるが、味方を、自分の妻達を誤射したくないので射撃はしない。さすがにその様なことを思う人間性は持っていた様だ。
―よしよし。狼男は何もできずに光弾で踊っているね。あとは鹿賀山次第だね。今のうちに九久多知の自己診断を開始と。―
小和泉は射撃戦が終わる前に装備の再確認を始めた。九久多知に数発被弾したからだ。
ヘルメットのシールドに表示された自己診断結果を小和泉は読み解いていく。
―九久多知の損害は軽微。詳細は、胸部と右肩部の装甲一層目が剥離。これにより防御力が若干低下。気密性、問題無し。運動性能の低下は確認できず。補助腕、尾銃、共に異常無し。
おやおや、意外だね。一番構造が複雑で、華奢そうな尾銃が盾に使えるなんて思ってもいなかったよ。有益な情報だよね。これは別木室長も想定していなかっただろうね。この情報を持って帰ったら小躍りしそうだね。でも、想定内だとあのクククおじさん侮り難しってね。
で、アサルトライフルは調整済み。十手有り。銃剣無し。コンバットナイフ無し。
うん、知ってる。射撃が止まったら死体から回収しないとね。そして、残るは貴重な。―
小和泉は、刺々しい嫌な気配を背後に感じた。考える前に、反射的に身体は動いていた。
小和泉は横方向に転がっている。
先程までいた場所からドスンという重低音が響き、埃が宙を舞った。
埃の中には、片膝をつき、拳を床へと突き入れる影がかろうじて見えた。
小和泉は、銃撃を放とうとしたが手には何も無かった。アサルトライフルは隙間に差し入れたままであり、本能が逃げることを優先した様だ。反撃は諦め、防御に徹し、身を潜める。
影は、片膝をついた状態で体を起こし、頭を左右に振り、小和泉の姿を探していた。
暗闇の中、光弾が発する光だけでは光量が不足し、小和泉を見失ったらしい。
先程、小和泉が見つかったのは、アサルトライフルの所為だろう。アサルトライフルは荒野迷彩が施されているが、闇に溶け込むものではない。九久多知の光を吸収する黒体塗装であれば闇に溶け込むが、どうやら小和泉の位置を知らせる目印になってしまった様だ。
敵は一体。通常の狼男より一回り大きい。
―やれやれ。どうやら僕は一人ぼっちになる運命なのかな。小隊は撤退優先してもらって、一人で殿だよね。―
敵はまだ小和泉の所在に気づいていない。動けば音が出る。ゆえに小和泉は動かない。
黒体塗装で闇と同化しているままのほうが安全だと判断した。
埃は床へと舞い落ちていき、狼男の姿が暗視装置にハッキリと映し出される。
通常の狼男より二回り大きい体躯。鉄色をした毛皮。この世に己よりも強い者はいないという自負の気配。
この様な特徴を持つ敵を小和泉は良く知っている。日本軍の天敵、鉄狼だ。
小和泉は、鉄狼と邂逅してしまった。
九久多知の探査には、鉄狼以外の敵は表示されていない。横道から飛び出した狼男達は、鹿賀山達の手により排除された様だ。
動かなくなった発熱体の山が交差点に出来上がっていた。敵は鉄狼だけだ。
「小和泉、狼男を排除した。撤収する。速やかに合流せよ。」
九久多知のヘルメットのスピーカーから鹿賀山の声が流れる。
小和泉は返答をしない。指一本動かさない。鉄狼の動きを観察していた。
―ヘルメット内の音は、外部に漏れていないのかな。鉄狼がこちらに気づいた気配は無いよね。はてさて、声を出しても大丈夫だろうか。―
さすがの小和泉の手を伸ばせば、鉄狼の肩に触れそうな距離でかくれんぼをする破目に陥るとは思ってもいなかった。背中に冷たい汗が一筋流れる。
「どうした小和泉。怪我をしたのか。大丈夫なのか。応答をしろ。」
鹿賀山の声が大きくなる。
鹿賀山が話しかける度に緊張度、いや興奮度が高まる。
鉄狼は、いつ気付く。それとも気付かない。どちらだと。
―九久多知の防音性と鉄狼の可聴域の性能比べか。早めに気付かれちゃうかな。―
だが、鉄狼は射撃も終わり、真の闇となった通路に跪いたまま、動かない。唯一、忙しなく動いているのは耳だった。様々な角度を取り、音を聞き分けようとしていた。
周囲は、破壊された備品が天井や壁面から落下し床に激突する音や光弾による熱膨張から冷却へと変化する環境音に満たされていた。特定されるのは時間がかかるだろう。
しかし、時間が経過すれば、その音も消え去るだろう。落下物が無くなり、冷却による音の発生も無くなる。
―僕の居る方に耳は固定されていないよね。と言うことは、音漏れはしていないと思ってもいいよね。これ以上黙っていたら、鹿賀山達がこっちに来るかもしれないし、博打を打つとしますか。―
小和泉は鉄狼の動きに注意を向け、出来る限り小さな声で応答した。
「こちら小和泉。鉄狼と接敵中。距離一メートル。まだ見つかっていないよ。動くことは無理かな。先に撤退してくれるかな。」
小隊無線は、奏達が息をのむ音を拾う。少しばかり、衝撃を与えてしまった様だ。
「待て、状況が良く分からん。そこから逃げられないのか。」
「無理だね。僕はこのまま闇に潜んで戦闘を回避するよ。だから、環境音が消える前に静かに撤収してくれるかい。」
「こちらから援護射撃を行う。その隙に合流しろ。」
「駄目だよ。これ以上、ここでドンパチ派手なことをしたら敵が集まるよ。実際に鉄狼一匹ご招待しちゃっているしね。」
「ちっ。待て。しばし考える。」
「もうすぐ、鉄狼にそっちが捕捉されると思うよ。滅茶苦茶、耳が動いていてさあ。聴音を頑張っているみたいだよ。多分、臭いは光弾によるオゾン臭と血脂で誤魔化せていると思う。視覚は、この闇だと役に立っていないだろうね。」
「つまり、戦闘の余韻が残っている内に移動しなければならない訳か。」
環境音と臭いが消え去れば、鹿賀山達の位置を捕捉されるだろう。
「僕は殿を務めるね。鹿賀山達が捕捉されそうになったら抑え込むから。」
小和泉の気楽な声に誰も反応しない。小隊無線には様々な呼吸音だけが流れていた。
「分かった。告げる。831小隊は無音にて撤退する。急ぐな。音を出すな。音を出せば、小和泉を危険に晒す。では、撤退開始。」
鹿賀山は小さな声で命令を伝えた。友軍の標識がゆっくりと小和泉から離れていく。
「死なないで。」
それは、奏のか細い声だった。かろうじて出た言葉だったのだろう。たくさん伝えたいことがあっただろう。しかし、話しかけるということは、小和泉を危険に晒すこととなる。
「ああ。」
小和泉は一言だけ返す。鉄狼の耳がこちらの方を中心に索敵し始めたからだ。
どうやら、長々と話し過ぎたのかもしれない。
戦術地図に表示されていた鹿賀山達の標識が、ゆっくりとこの場から離れていく。
様々な思いが831小隊の隊員の心に渦巻いていることであろう。だが、励まし、別れの言葉すら残せない。
戦争とは、殺し合いとは、そういうものなのだろう。勝者だけが、生き残った者だけが己の気持ちを表し、残すことができる。
―さあて、今から一対一の殺し合いをしようか。―
小和泉の瞳に獰猛な野生の炎が灯った。




