304.〇三〇七二一OSK攻略戦 小和泉突撃
二二〇三年七月二十八日 一五五二 OSK 下層部 動力部区域
8311・8312分隊は正面の兎女に対し集中砲火を浴びせていた。しかし、敵の反撃の砲火の数は減らない。つまり、こちらの光弾が、有効弾になっていないことを証明していた。
派手な銃撃戦が、この通路で行われている。その実、お互いが牽制をしあっている状況に過ぎなかった。
「参ったね。これじゃ、じり貧だね。敵の増援が来れば、全滅も有り得るよね。動こうかな。」
「錬太郎様、焦りは禁物です。こちらの戦力は大幅に減っています。堅実に参りましょう。」
小和泉の退屈そうな声に桔梗が反応する。
そろそろ小和泉が膠着状態に焦れて、単独行動を起こす頃合いだと分かっているのだ。
「そうよ、錬太郎。しっかり狙って撃ちなさい。これ以上、ここの戦力が減ったら、対抗できないじゃないの。」
「小和泉、策があるのならば、聞くだけは聞こう。許可を出すかは別の話だが。」
奏と鹿賀山が小和泉の病気が出たかと呆れ声で話す。
「十時方向の壁にね、管理用の梯子が見えるよね。あれを昇って、天井の配管を伝って裏取りしようかなあって思うのだけど。どうかな。」
「錬太郎が梯子を上っている間に、集中砲火を浴びるわよ。そんな簡単なことも分からないの。」
「でもね、奏。僕の複合装甲を良く見てごらん。認識できるかい。」
奏は小和泉が居る場所へ目を凝らす。そこには宙に浮く荒野迷彩のアサルトライフルが光弾を休むことなく吐き出していた。人影は全く見えない。
「あら、九久多知ってこんなに闇に溶け込むものなのね。暗視装置でも輪郭が見えないわ。」
「でしょ。行けそうな気がするんだよね。」
「でも流れ弾に当たったりとか、音で気付かれたりとかありそうよ。」
「これだけ、防壁に光弾がバチバチ当たる音がしていれば、僕の足音は紛れると思うよ。それに流れ弾の一、二発なら複合装甲で弾ける筈だよ。あの狂科学者が手を抜いていなければね。
で、どうだい。僕の意見に乗ってみるかい。」
「九久多知が有効利用できそうなのは理解した。しかし、危険度が高すぎる。あくまでも敵に見えないというだけで実行する作戦だ。本当に敵に見えていないのかどうか分からぬぞ。」
「九久多知を認識される可能性は、否定できないよね。人間と動物じゃ目の構造が違うし、僕達は様々な色が見えるけど、動物によっては赤が黒に見えるそうだね。」
「だから、何が言いたい。」
「普通の兎と狼は、近眼で青と黄の二原色でしか見えないらしいよ。黒は苦手で遠くでゆっくり動けば、僕のことは認識できないはずだよ。」
「なるほど、小和泉の言いたいことは理解した。しかし、聴力と嗅覚は人間の性能を遥かに超えている筈だ。そして、夜目も効く。それでもいけるのか。」
「兎女が八匹なら問題無いよ。鉄狼さえいなければ、接近できれば勝てると思うよ。」
のほほんと危機感無く、小和泉は答える。
頼もしいと思うべきか、楽観的過ぎると考えるべきか悩むところであった。
831小隊に考える時間は無い。時間は味方しない。時が経過する程、敵の増援が来る可能性が高まる。こちらの増援見込みは無い。
―小和泉が失敗すれば、非情になるしかないな。とりあえず、状況打破の切っ掛けにはなる。この場からの撤退を最優先させてもらおう。―
鹿賀山は、数秒の間に様々な状況を仮定し、脳内でそれらが導き出す結果を考察した。
そこには、日本軍の冷たい算数が介入していた。
そして、結論を出した。
「小和泉には、兎女二個分隊への裏取りを命ずる。背後に付くまでは全力で射撃を行うが、裏取り後は全力射撃を続ける。こちらから九久多知は見えんからな。援護は期待するな。」
「了解。了解。サクッと終わらせるよ。」
小和泉は気楽に応じる。一人敵地に乗り込むことの危険性を考えると桔梗達は黙り込む。楽観的思考など浮かぶはずが無かった。
「あと一つ、条件を付ける。」
「何かな。」
「五分以内に制圧できない場合は、混乱に乗じ831小隊は撤退する。」
鹿賀山は淀むことなく、言い切った。
その言葉に奏が一番に反応した。
「錬太郎を見捨てるのですか。反対です。」
「いえ、それが最善だと思います。」
意見の食い違いから奏と桔梗が睨みあう。
「まあまあ、二人ともそこまで。僕も提案した時からそうなることは予想していたよ。
鹿賀山の許可も出たし、じゃ、行ってくるよ。」
小和泉はそう言うと静かに闇へと消えて行った。その場には銃剣を外されたアサルトライフルが残されていた。
「全員、援護射撃に集中。意見具申不要。」
鹿賀山が厳しく言い放つ。
『了解。』
二人は気持ちを切り替え、援護射撃に集中する。すでに小和泉はここに居ない。
今更、作戦変更はできない。小和泉を見捨てる様な結果を生み出さぬ様に二人に気合いが入る。
遮蔽物に隠れ、アサルトライフルだけを突き出し、ガンカメラを頼りに敵を狙い撃つ。
だが、効果は無い。敵も同じ様に遮蔽物に隠れているからだ。
ただ、敵はガンカメラを使えない。その為、狙いが付けられず集弾率は悪い。
恐らく小和泉の存在に気づくことはないだろう。
敵の注意をこちらに向けておくことに越したことはない。奏、桔梗、鈴蘭、カゴの射撃は更に濃密な物となった。
小和泉は銃剣を九久多知に備え付けの鞘に納め、アサルトライフルを放棄した。
これで黒体塗装が施されていない装備は無い。完全に闇に溶け込めるだろう。
梯子に手をかけ、一気に体を持ち上げる。その場で身動きを取らず、周囲の様子を確かめる。
―よしよし、敵に気づかれた様子はないね。―
眼下では、狭い通路で濃密な光弾の雨が左右に行き交っていた。通常戦闘が続いていた。
光弾が来ないことを確認すると、今だと小和泉はするすると梯子を昇って行く。
複合装甲の硬い靴底にもかかわらず、梯子を蹴り上がる音は一切しなかった。
天井までたどり着くと鉄筋で組み上げられた簡易な高所用点検通路があった。下から見上げた時に気が付かなかったのは、細い鉄筋の為、目立たない為だろう。
―これはいいね。こちらに運が向いてきたのかな。―
小和泉は点検通路に静かに移る。細い鉄筋が複合装甲を着込んだ小和泉の体重を支えられるか確認する為だった。約二百キロの重量を細い鉄筋で組まれた点検通路は耐えた。きしみもゆがみも発生しない。
―耐荷重は大丈夫の様だね。じゃあ、行きますか。―
点検通路を滑るように走り、兎女の頭上を通り過ぎる。床も鉄筋だけであり、足を簡単に踏み外してもおかしくないのだが、危なげなく、一切の音を立てずに前へ進んだ。
兎女達が天井を見上げることは無かった。どうやら、兎女の聴音域の音は出さずに済んだ様だった。
兎女達は障害物の裏で鹿賀山達に向け、アサルトライフルだけを障害物から突き出し、盲撃ちをしている。
兎女達が使っているのは、日本軍の制式アサルトライフルだった。
―やっぱり、鹵獲品か。これに菜花は。―
鋭く、苦く、心に残った傷が痛む。哀しいことに慣れた痛みだった。
今までに小和泉が失った部下は、菜花だけではない。
眼下では、鹿賀山達の無数の光弾は障害物で弾け、当たらなかった光弾は兎女の頭上を通り過ぎていく。
小和泉はこの光弾をすり抜け、地面へ着地しなければならない。味方の援護射撃が今は障害となっていた。
―射撃の中断を要請できるけど、それをすると僕の存在がばれそうだよね。
仕方ない。このまま降りるとしますか。多少は九久多知が守ってくれるよね。―
小和泉は、床を構成する鉄筋を左手で握りしめると静かに重力に身を任せる。
高所用通路に片手でぶら下がる状態になった。
片手だけで体を支える不安定な姿勢のまま、右手で銃剣をゆっくりと鞘から抜く。
足裏から床まで六メートル程あった。複合装甲であれば、落下の衝撃を吸収できる。飛び降りるのは問題無い。
小和泉の真下を無数の光弾が通り過ぎる中、迷うことなく鉄筋から手を離した。
身体が重力に従い、落下を始める。小和泉は前面投影面積を減らすべく四肢を折り畳み、防御面で弱いヘルメットシールドと首を両腕で防御する。股間部は降り畳んだ脛に守らせる。
床がぐんぐん迫る。まずは光弾の河に突入する。
危惧していた通り、小和泉の左肩と右脛に光弾が直撃する。九久多知の防御力は、設定された性能を発揮した。衝撃を吸収し、威力を相殺した。
光弾の河をすり抜けた小和泉は、着地姿勢を取りつつ、銃剣を左側に構え、全身のバネを溜める。
地面に足裏が着いた。ガツンという低い音とともに九久多知に振動が伝わる。
その振動を合図に小和泉は右足を一歩踏み出した。次の瞬間には左側にあった筈の銃剣は、右側に移動しており、赤い糸を空中に引いていた。
小和泉の目の前に立つ兎女の首二つが空中に飛んでいる。
小和泉による左薙ぎの一閃が、早くも二匹の兎女を屠っていた。
敵は着地の音に気が付き、振り向こうとしている。
小和泉は回転中の体軸の力を生かし、近くの兎女を右後ろ回し蹴りで喉を蹴り潰す。
だが、小和泉の回転はまだ止まらない。さらに蹴り足を踏み込み、銃剣をまたしても左薙ぎに一閃させる。
さらに空中に赤い糸が増える。また一つ、新たに兎女の首が飛んだ。
小和泉は、独楽の様に低い姿勢での二回転を行なったのだ。
―屠ったのが四つ。生き残りも四つ。だけど、次の攻撃は間に合わないね。―
兎女達のアサルトライフルの銃口が小和泉に向いている。
だが、敵の動きは精彩を欠いている。頭上では光弾が通り過ぎ、中腰の姿勢を強いられている為、本来の敏捷性を発揮できないのだ。
四匹の兎女から光弾が吐き出される。剣術の間合い。兎女の息遣いをハッキリと感じる距離だ。この至近距離では、銃口の向きから着弾点を予測できても避けることは不可能に近い。
さらに小和泉も光弾の河を避ける為、腰を落とした状態である。素早く動くことも上に逃げることもできない。
―あらら、王手かい。困っちゃうなあ。―
小和泉の目の前で四つの銃口が光り輝き始めた。
全ての動きがゆったりとし始める。まるで時が止まりそうだ。
―えっ。僕、死ぬの。走馬灯は見たくないな。―
死地に追い込まれているにもかかわらず、小和泉は恍惚の表情を浮かべていた。
死すら、遊戯の一つなのかもしれない。




