303.〇三〇七二一OSK攻略戦 蛇喰の静かな怒り
二二〇三年七月二十八日 一五四〇 OSK 下層部 動力部区域
一切の照明が無い暗闇の中、無数に飛び交うアサルトライフルの光弾だけが、狭く障害物が溢れる通路を照らし出す。
「全周警戒。兎女の射撃に注意。遮蔽物から身を出すな。照準はガンカメラだけ使え。
近くに狼男も居るはずだ。油断するな。いつ飛び出して来るか分からんぞ。
小和泉は前面にて敵の突入を防げ。蛇喰はオウジャとクジを指揮下へ編入。以降、8313分隊とする。愛兵長は放置でいい。後方の警戒を最優先せよ。」
鹿賀山は次々と生き残るための術を命令していく。
朝から部下三人を戦死させる無力感。
不意討ちに全く気付かなかった己の不甲斐なさ。
それらが鹿賀山の心をささくれさせる。だが、冷静さと明晰な判断力を失うことは無かった。
「8312了解。」
「8313了解。」
矢継ぎ早な命令に小和泉と蛇喰は答え、すぐに行動を起こす。
これ以上、戦友を亡くしたくない。それが原動力となった。
小和泉達は障害物を組み直し、即席の高さ一メートル程の防壁を作り上げる。障害物は発電機に使われる程の物で厚みと硬さは有りそうだった。
おそらくアサルトライフルの光弾に抜かれることは無いだろう。
蛇喰は、今までの出来事を一時的に記憶の奥へと隔離し、オウジャ達へ防壁の構築を指示する。
念の為、床に寝かされて気絶している愛の拘束を再確認し、後方警戒にあたった。
これにより小和泉達は狭い通路に意図せぬ籠城を強いられてしまった。
831小隊が隠れる遮蔽物に光弾が次々ぶつかり、小和泉達の頭上も無数の光弾が通り過ぎていく。
漆黒の闇が光弾に切り裂かれ、831小隊を照らす。ただ、小和泉の複合装甲 九久多知の黒体塗装だけは光を完全に吸収し、人型の闇を形成していた。
敵からの射点へ目がけ、小和泉率いる8312分隊がアサルトライフルだけを遮蔽物から突き出し、反撃を行う。ほぼ盲撃ちだった。敵影はハッキリと見えない。敵も障害物に隠れているのだろう。
恐らくその辺りに潜んでいるだろうと思われるところにアサルトライフルの銃弾を叩き込む。
効果確認の為、銃撃を止めると違うところからの反撃を喰らう。射撃が途切れる隙を見て、その射点へと銃撃を叩き込み返す。小和泉達は、この繰り返しを行っていた。
通路を走って逃げた場合、背後から銃撃され簡単に全滅させられるだろう。
ゆえに背中を見せることはできない。この場を抜け出すために、素早く、追撃隊の殲滅をしなければならなくなってしまった。
小和泉の8312分隊が牽制射撃を行う中、奏と舞は、全周探査を正確に素早く実行していた。
手元の情報端末を懸命に操作し、複合装甲やプロテクターに内蔵された音響探査、温度探査、光学探査の各種探査装置が収集する情報を精査していく。
奏と舞では、愛の探査速度には、二人がかりでも及ばない。
愛の影に隠れていたが、共に優秀な情報解析能力をもっており、常人より早い集計を行っていた。
「探査結果はどうか。」
鹿賀山は副長である奏に確認を取った。鹿賀山の体内時間的に処理を終えている頃合いであった。
その感覚は正しかった。奏達は、探査結果をまとめ終えていた。
「零時方向五十メートルに二個分隊の発熱体を確認。熱分布より兎女と推定。
三時方向通路に一個分隊の発熱体。こちらは狼男と推定。九時及び六時方向に発熱体は確認できず。音響探査も同じ結果です。なお、光学探査は効果無しです。」
奏と舞が探査をした結果を奏は、的確に状況を報告する。
「よろしい。8311、8312は兎女へ射撃。8313は後方警戒を続けよ。狼男の突撃には十分注意せよ。」
『了解。』
全員の心構えは、撤退戦から籠城戦へと既に切り変わっている。
鹿賀山達8311分隊も遮蔽物を利用し、身を晒さぬようにアサルトライフルだけを露出させる。照準はガンカメラ頼りだ。敵が潜んでいると思しき場所へ照準を合わせ、引き金を引く。
七丁のアサルトライフルが光弾を間断なく吐き出す。濃密な連射は、兎女がいると思しき地点へ吸い込まれていく。濃密な連射の為に狼男は脇道から飛び出す機会を失ってしまった。
今飛び出せば、濃密な連射の中に自ら飛び込むことになる。何も出来ぬまま、肉片へと変わるだろう。
この火線が狼男への牽制にもなる。狼男が大人しくしていれば、兎女へ攻撃を集中できる。飛び出して来ても濃密な火線に焼かれるだけだ。
まずは、正面の兎女の無力化が優先であった。敵はアサルトライフルを持っている。遠距離攻撃ができる敵は非常にやっかいだ。一番に排除する必要があった。射撃部隊を排除できれば、撤退戦を開始できるからだ。
―今はこの戦術が最適解だろう。我々は何としても生き延びる。―
鹿賀山はアサルトライフルを撃ち続けながら生き延びる方策を考え続けていた。
蛇喰の血は燃えるように熱く、身体の中で荒れ狂っていた。
今にも血管を焼き、全身から勢いよく血が噴き出すかの様な錯覚さえ起こさせた。
―私が、この私が。たった半日で部下三名を為す術も無く失う。冗談じゃありません。
丹精込めて、私の駒として的確に動く様に鍛え上げた部下を一気に失うなどあってはならないのです。
許しません。絶対に。
この憤り、恨みは、月人にぶつけて晴らすことに致しましょう。
ですが、後方警戒は重要。今度の殿は、人的損害を出しません。ええ、油断はしません。―
蛇喰の瞳にどす黒い炎が点る。部下を殺された恨みを戦意へと変え、任務に従った。
「オウジャ軍曹、クジ一等兵。立ち上がることを禁止します。流れ弾に当たりますからね。」
『了解。』
「オウジャ軍曹は温度探査にて周辺警戒。クジ一等兵は防壁の構築にかかって下さい。」
『了解。』
オウジャとクジは頭上を通り過ぎる光弾に巻き込まれぬよう中腰のまま障害物の近くに陣取った。オウジャは情報端末を操作し始め、周囲の温度探査を開始する。
音響探査は、行われている戦闘音により精度はかなり下がっている。あてにはできなかった。
光学探査も同じだ。暗闇の中に走る光弾の明かりが暗視装置の邪魔をする。明度調整の動作が極端に行われるのだった。
クジは障害物を集め、防壁を厚くしていく。通路一杯に防壁を広げようとしていた。
「クジ一等兵、待ちなさい。」
蛇喰はその行動を止めた。
「はい。蛇喰少尉。」
「あなたは考えて仕事をしているのですか。」
「はい。敵の侵入を完全に防ぐ為、通路を遮断する防壁の構築を目指しております。」
「その考えも悪くは無いでしょう。現在は籠城戦をしていますが、本質は撤退戦です。我々も防壁から逃げることができなければ意味がありません。虎口を作り、防御と撤退を両立させなさい。」
「こぐちとは何でありますか。」
「防壁に開口部を残し、その前か後ろに敵が直角に曲がる様に防壁を築きなさい。そうすれば、防御も撤退も両立できます。」
「了解。修正致します。」
クジはそう言うと即座に防壁に開口部を用意し、内側に防壁を新たに作った。
物を知らぬだけで、理解力は高い様だった。
蛇喰の言う通り、記録映像に出てくる城の出入口にある虎口の簡易版が再現されていた。
―クチナワ達が居れば、この様なことを言わずとも自己判断で虎口を構築したものを。
やはり、クチナワ達を失ったのは大損失です。私の意向を汲める者を育成せねばなりませんね。
まったく、クチナワ達には困ったものです。私に無断で戦死するとは。
死ぬならば、許可を、とり、なさい。―
蛇喰の眼が熱くなる。何かが落ちそうだった。それを誰にも悟らせない。絶対に小和泉にだけは悟られてはならぬ。
手を強く握りしめ、掌に指先が喰い込む痛みを発生させ、そちらへ意識を無理に集中させる。
―私が戦場で感情を持て余すことなど無いのです。有り得ないのです。―
ただただ、蛇喰は拳を強く強く握りしめ続けていた。
無論、油断はしない。月人を見つけ次第、反応させる前に射殺する。静かに怒りを湛え、蛇喰は後方からの敵の出現を待つのであった。




