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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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302/336

302.〇三〇七二一OSK攻略戦 赤く点るモニター

二二〇三年七月二十八日 一五三四 OSK 下層部 動力部区域


「遮蔽物に隠れろ。」

鹿賀山の命令に従い、小和泉達は通路に立ち止まることなく、障害物が多く無造作に積み重ねられ、隠れられる場所へと速やかに移動し、隠密行動に入った。

この通路は、機械部品が通路にうず高く積まれていた。恐らく、発電所の補修部品なのだろう。

ここは、混乱時のまま時が止まり、誰も数十年片付けなかったのだろう。埃が部品の上にうず高く積もっていることがそのことを表していた。

今となっては、小和泉達の身を隠す絶好の遮蔽物となっていた。

隠れると同時に、831小隊は温度探査、音響探査、光学探査を行う。自然と染みついた動作だ。

身の安全を確保するには探査が最重要だった。隠れた場所が安全である保障は無い。敵の巣窟に飛び込んでしまった可能性もある。現状、視覚情報ではこの場所に月人はいないようだ。

ただ、目に見えないだけで隠れている可能性は十分あった。ゆえに視覚以外の探査を用い、安全性の担保が欲しかった。

同時に周囲も精査し、己の置かれている状況を見極める目的もあった。

外部との通信は、未だに確保できていない。ゆえに総司令部より最新情報が送られてくることは無いのだ。831小隊が持っている情報は、OSK突入直後の情報のまま、一度も更新されていなかった。

今までは高速移動しながらの探査であった為、探査結果の精度が低かった。自身から発生する音やアサルトライフルから撒き散らす光弾の熱と光により、探査機能の低下を引き起こしていた。静止し、攻撃を止めることにより探査精度は格段に飛躍する。

その様なことは許されず、危険な状況であると言えた。

装甲車に搭乗していれば、重厚な装甲の中からの安全な探査であった。

しかし、今は生身だ。この状態の探査は、危険と隣り合わせの諸刃の剣でもある。

情報は強力な武器だ。探査をしないという選択肢は無かった。


やや遅れて、蛇喰がクチナワを引き摺りながら小隊の中へ飛び込んだ。

「衛生兵。頼みます。」

力仕事を終え、乾ききった口からその言葉だけをひねり出す。

「了解。」

蛇喰は、鈴蘭の返事を聞くとヘルメット内のストローに吸い付き、一気に水を吸う。カラカラだった喉の渇きにぬるい水は染み渡り、興奮状態から落ち着きを取り戻し始めた。

鈴蘭は素早く、更に隊の中心へクチナワを引き込み、傷口を確認していく。

アサルトライフルの光弾により側面より喉を抉られ、首の前面を消失していた。光弾の高熱により重度の火傷を負い、断面は炭化していた。

脊髄や動脈は無傷であった。しかし、その部分が無傷であるがゆえに即死できず、苦痛に全身をいたぶられることになってしまった。

その痛みによるものか、酸欠によるものか、クチナワの全身の痙攣は止まらない。

鈴蘭は、手早く野戦服の上から他の怪我の場所は無いか確認を行う。他に弾痕や切傷、擦過傷、打撲などは見当たらない。首への一撃が今回の戦傷の様だ。そのたった一つの傷が、クチナワの命をまもなく奪うだろう。


この戦傷で衛生兵の鈴蘭に出来ることは、限られていた。鎮痛剤を投与するだけだ。手の施しようはなかった。

気管、食道などの人工器官を衛生兵が持ち歩くことは無い。たまたま人工器官が有ったところで手術を行う技能は鈴蘭には無い。

空気マスクとボンベは常備しているのだが、口をマスクで覆う経口摂取型だ。気管を失った人間の口にマスクを装着したところで呼吸ができるわけがない。

野戦病院、いや高度な医療設備が整った軍立病院に運び入れても、治療優先判定では、死亡扱いの黒判定をされ、治療すらされない。生きている内に人工心肺の接続が完了しないからだ。

それが一目で理解できる傷であった。それは、この場に居る全員が理解していた。

理解と感情は乖離することが多い。蛇喰も傷を見た瞬間に助からないことは理解していた。

しかし、蛇喰の感情はクチナワを見捨てることなく、救助することを優先した。この中で自己保身が強い蛇喰が、己の身を危険に晒してもクチナワを助けようとしたのであった。本人すら、この感情が何か理解していない。

とっさに助けねばと思い、身体が勝手に動いたのだ。動き始めれば、迷えない。止れない。迷い、静止する時間だけ無防備な体を敵に晒すことになる。体を動かせば、それだけで命中率は極端に下がる。

救えぬ命だと理解しつつも、蛇喰の身体は勝手に動いてしまったのであった。


鈴蘭は腰に巻いた医療鞄から一本の鎮痛剤が封入された簡易注射器を取り出し、クチナワの右腿へ戦闘服の上から突き刺す。血管と神経を避け、筋肉に挿す。筋肉注射は、静脈注射に比べ難易度が格段に低い。静脈注射であれば、服を脱がし、血管を探し、狙いを定めて注射を戦闘中に行うことがどれだけ非現実的なことか分かるだろう。

戦闘中に行う応急措置であれば、筋肉注射であれば、服の上から適当に刺せばよい。衛生兵でなくとも簡単に打つことができるくらいだ。

衛生兵が戦死することはよくある。その場合、近くの兵士が、もしくは自分自身が注射を打つことになる。ゆえに日本軍の注射器は一部の薬液を除き、筋肉注射が基本となっていた。

簡易注射器を強く当てれば、消毒液に満たされていた柔らかい蓋が破れる。周囲に消毒液が撒かれ消毒し、注射針が遅れて筋肉へ潜り込む。二秒後、自動的に中の液体が筋肉へ注ぎ込まれていく。

そして、全身へと鎮痛剤が回り、痛みを感じなくなるはずだが、恐らく薬の効果が出る前に脳へ酸素が回らず、気絶するほうが早いだろう。

注射器の薬液が無くなれば、筋肉から抜き、回収し、手当は完了した。引き抜いた時、針は元の蓋に覆われ、他の者が針に刺されぬよう蓋は硬化する。医療事故が起きない様になっていた。


薬の無駄遣いであることは、皆が理解していた。

誰もが薬の投与を拒むことはできなかった。蛇喰が、あの自尊心の塊である蛇喰が、頭を下げた。その心意気には応えたい。

その時、鹿賀山が表示させている生体モニターの一つが赤く染まった。心停止だ。一分後に心臓の再始動が無ければ黒い表示へと変わる。

―確認せずともわかる。クチナワ軍曹だろう。逝ったか。―

鹿賀山は念の為、名前を確認した。

それはクチナワのものではなかった。

表示名は、オロチ上等兵だった。

鹿賀山はオロチが居るはずの後方へ振り返り、遮蔽物からガンカメラだけを突き出す。

一人の兵士が、大の字で仰向けに通路に倒れていた。その兵士の頸部の断面がこちらに見えていた。つまり頭部が無い。

力づくで捥がれたのか、断面は歪だった。ここから暗視機能のノイズが走る画像でも鮮やかに煌めく大量の血が噴出していることがハッキリとわかった。オロチ上等兵は即死だ。しかし、周辺にはあるべき頭部は見当たらなかった。敵が持ち去ったと考えるのが妥当だろう。

頭部が無くとも体格と階級章でその肉体が誰か分かる。オロチ上等兵の身体で間違いない。

右手はアサルトライフルをしっかり握っていた。死の直前まで懸命に蛇喰を、そして831小隊を援護していたことだろう。

「そんな馬鹿な。オロチ上等兵、返事をなさい。すぐに小隊へ合流をしなさい。これは命令ですよ。」

蛇喰の叫びに反応する者はいない。小隊無線は沈黙を保っていた。

すぐに追いかけるようにクチナワの痙攣は治まり、静かになった。

鹿賀山の生体モニターに二つ目の赤い信号が点り、先の赤い表示は黒に変わった。

鈴蘭がクチナワの心臓のあたりに手を当てる。鼓動は失われていた。心臓マッサージは行わない。蘇生率はゼロなのだから。

この数分で二人の兵士が戦死した。

油断は無かった。圧倒的な戦力差に負けたのだ。

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