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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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301/336

301.〇三〇七二一OSK攻略戦 近づく厄災

二二〇三年七月二十八日 一五〇五 OSK 下層部 動力部区域


小和泉は闇の中、先頭を切って走る。その両側を桔梗とカゴが固め、鈴蘭が後に続く。

その後に831小隊の面々が一列となって、蛇の様に動力部区域の細い道を疾走する。

奏の指示により、その蛇は右へ左へと交差点を曲がる。仲間である第八大隊本隊を目指して。

だが、その指示が正しい保証はない。

その先に第八大隊の本隊がいるとは限らない。

誰も行方を知らない。

誰も行方を知り得ない。

大隊無線は、未だに沈黙を続けている。舞が定期的に大隊本隊へ通信を送るが反応は何も無い。

もしかすると本隊は全滅したのではないだろうかと、最悪の結果が脳裏によぎる。

そんな中、物理的にも精神的にも闇の中で831小隊はもがき続けていた。


小和泉率いる8312分隊は、月人を発見次第、アサルトライフルを集中射撃し、近寄る余裕も与えず撃ち殺す。

後方に貼りつこうとする月人は、蛇喰率いる8314分隊が即座に撃ち倒し、戦闘不能にする。止めは刺さない。というか刺す余裕がない。時間をかける訳にはいかないのだ。

背後の敵は、殺さなくとも良い。戦闘能力を奪い、追撃が出来なくなれば良い。止めを刺している間に小隊とはぐれてしまう可能性があるからだ。

敵に戦闘能力を残せば、追撃がある。それを防ぐために再び足を緩め、戦闘を続けなければならない。

確実に月人を斃すため、戦闘に集中した場合は、その場に孤立する可能性が高まる。

その匙加減が難しかった。

「五時方向、一斉射。続いて、七時方向、二斉射。即反転。小隊に追いつきますよ。」

蛇喰は、その微妙な匙加減を的確な采配を用いて、殿を上手く務めていた。

これは攻撃一辺倒の小和泉には、不向きなことであった。

「次、六時方向、一斉射。すぐに走りますよ。残りたければ、残っても構いませんが、回収には来ませんからね。」

『了解。』

蛇喰は、気を張り過ぎる部下達の肩の力を抜くために、殿など朝飯前だとでもいう様に命令を下す。

その為か、8314分隊には、殿という重要な役目をこなす余裕があるように見えた。

だが、鹿賀山は生体モニターから気が付いていた。

蛇喰の普段と変わらぬ口調は演技であると。

身体は正直だ。蛇喰の心拍数は、走っている分を差し引いても相当高い。

緊張と重圧に挟まれ、蛇喰の心臓は激しく鼓動を刻み込んでいた。

それでも蛇喰の口調は、普段と変わらない。乱れるはずの呼吸も意志の力で押さえつけ、蛇が纏わりつく様な粘り気のある独特の話し方で普段通りに命令を下す。

士官は兵士に弱みは見せぬという自尊心が、蛇喰を支えているのだろう。確実に精神的疲労と心臓への負担は大きく蓄積されているだろう。だが、今は見守ることしかできなかった。

その奮起が、背後より迫り来る月人を831小隊に近づけさせなかった。

―すまない。蛇喰少尉。本隊と合流次第、休ませてやる。それまでは耐えてくれ。―

鹿賀山は、蛇喰へと頑張れと声をかけることができない。

そんな声をかけることは、蛇喰が苦しみ耐えていることを暴露するからだ。

鹿賀山は、己に何も力が無いことを再確認し、歯を噛みしめ、無力感に耐えた。


「十一時方向、発熱体を確認。規模、月人一個小隊。」

温度探査の反応を舞が読み上げる。

「奏少尉、右方向へ迂回。回避だ。」

鹿賀山は即座に戦闘の回避を選択した。

「了解。錬太郎、二つ目の交差点を右折。」

奏は鹿賀山の指示に従い、新たなルートを示す。

「りょ~か~い。右に曲がりま~す。」

小和泉には緊張感の欠片も無く、奏の指示に従った。同時にアサルトライフルを発砲する。

遅れて、桔梗とカゴも発砲した。天井の通風口から機甲蟲が姿を見せていたのだ。

それに気がついた小和泉が銃撃し、二人が続いた。気が抜けた様な言動をとる小和泉だが、油断をしている訳ではない。襲撃は、何時、何処、規模など分からぬまま突発的に発生する。

気を張り続けることは、中盤から後半にかけて疲労による敵発見の遅れに繋がる。ゆえに最初から気を張る訳にはいかない。普段と変わらぬ自然体であるべきだった。

もっとも、小和泉はどれだけ肉体や精神を追い詰められようが、緊張によりガチガチに固まる様な人物ではない。


機甲蟲が発する温度は低い。温度探査では周囲の機械の発熱に紛れ、発見が遅れることがあった。発熱体の動きが、機甲蟲を見極める決め手となる。

逆に言えば、機甲蟲が動かない限り、発見は難しい。

それを視界の端に動く物を見た瞬間、小和泉は発砲していた。機甲蟲かどうかなど判断しない。

ここに味方は存在しない。ゆえに即座に迷うことなく発砲した。

迷えば、攻撃される。小和泉は迷わない。皆が生き抜くためにだ。

桔梗もカゴも小和泉が敵だと判断すれば、躊躇なく発砲をする。それが誤認であり、友軍だったとしても後悔はしない。顔も知らぬ友軍よりも寝食を共にした戦友の命が大切だからだ。

8312分隊は射撃を終え、通過する。天井より機械部品が大量に落ちる。その部品を小和泉は一瞥する。

―やっぱり、機甲蟲だったか。姉弟子の言う通り、悩む前に殺せだよね。―

「錬太郎。次を左。」

「はいは~い。」

奏の突然の経路変更にも即座に対応する。勢いがつき過ぎ、曲がれない場合は、壁を蹴って進行方向を力づくで変える。カゴは小和泉と同じ様に動くが、桔梗は四肢を床に付け、制動をかけ、一気に進行方向を変える。さすがに小和泉達の真似はできない。

ここでこけることは、後続に踏み潰されることになる。絶対に足を止めてはならない。

前方を警戒しつつ、尚且つ、走りを弛めない。

殿も難しいが、先鋒も同じ様に難しい。

時間は無駄にできない。

本隊が撤収する前に合流を目指す。すでに撤退している可能性も有る。それでも急ぐ。

それが831小隊の生き残る可能性が高い方法だった。


二二〇三年七月二十八日 一五二九 OSK 下層部 動力部区域


奏が道案内する細い道を突き進む。敵が進行方向にいるのを発見して避けたり、遭遇戦になったりとこの進軍は目まぐるしく状況が変わった。

そんな状況に振り回される8314分隊に厄災が訪れてしまった。

誰も油断をしていない。

全員が警戒をしていた。

走り始めて二十数分。集中力が途切れたり、疲労が溜まったりする様な時間では無い。

前触れも無く、蛇喰の副官であるクチナワ軍曹が大きく前転をする様に床へ倒れた。

「クチナワ、立ちなさい。走り続けるのです。」

蛇喰とオロチがクチナワの元へ駆け寄る。オロチが敵を探し、蛇喰はオロチの状態を確認する。

クチナワの喉は黒く焦げ、握り拳ほどの大穴が側面から開いていた。気管と食道を失い、傷口は炭化により塞がり、出血はしていない。クチナワの身体は、微かに痙攣していた。

蛇喰は生体モニターを確認する。脈は止まっていない。心拍数が急上昇していく。体内の酸素が減り、身体の隅々から酸素を要求されているのだろう。だが、酸素を取り込むための気管を失い、高熱による炭化により肺への通路は塞がっている。酸素を自力で取り込む手立ては無かった。

「私がクチナワを運びます。オロチは援護を。」

「了解。」

何処から攻撃されたのか分からない。だが、これはアサルトライフルによる銃創と酷似していた。いや、同一と言ってよいだろう。

蛇喰は、クチナワの戦闘服の肩に付けられたプロテクターに手をかけると力づくで床を引きずる。自然と蛇喰の姿勢も低くなる。へたに身体を持ち上げて、敵の射線に入る訳にはいかない。

中腰の姿勢のまま、蛇喰は衛生兵である鈴蘭の元へとひた走り、クチナワを引き摺る。

その後背をオロチが守る。敵がどこに居るか分からない。怪しげな所に銃撃を加え、牽制を行う。

オロチは、少しでも反撃をしないと心の平静が保てなかった。何もかも投げ出して逃げたくなる。

だが、分隊長である蛇喰が己の身を危険に晒して、副官のクチナワを救おうとしている。

ここでオロチが逃げる訳にはいかなかった。二人を守れるのは、オロチしかいないのだ。

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