300.〇三〇七二一OSK攻略戦 背中
二二〇三年七月二十八日 一四五八 OSK 下層部 イワクラム発電所 制御室
暗闇の中、観音扉がゆっくりと開き始める。
中央から割れ、隙間が広がる。
「クランク、止めろ。」
アサルトライフルのガンカメラが楽に通る隙間、約三センチのところで鹿賀山の指示により、蛇喰の8314分隊はクランクを回すことを止めた。
「小和泉。偵察を頼む。」
鹿賀山が命令を下す。
「はいは~い。カゴ、ガンカメラで向こうを確認。上下注意ね。」
「了解致しました。」
小和泉の軽い指示にカゴは頷いた。
ガンカメラも暗視機能に切り替わっており、網膜モニターに照準が表示されている。
カゴがガンカメラをゆっくりと隙間に差し込む。真っ暗な搬入室を確認しようとする。
「長剣に気をつけてね。」
小和泉の言葉と同時にガンカメラの隅に流れ落ちる物体をカゴは捉えた。
反射的に隙間から身を離し、その物体を避ける。ただの勘だ。危険であるとカゴの防衛本能が反応したのだ。
上から下に勢いよく落ちたのは、兎女の長剣だった。隙間に剣を捻じ込み、上段から勢いよく振り下ろしたのだ。
やはり、敵は待ち構えていた。コツアイが説明をしている間に増援を呼び寄せていたのだ。
小和泉の判断、いや野生の勘は正しかった。
カゴは小和泉の警告を怠ったことを悔いていた。
―上下注意とは、このことでしたか。不覚。助言を生かせぬ愚か者で申し訳ありません。
さすが宗家です。敵の読みが正確です。その高みに私が辿り着くまでどの様な鍛錬を行なえばならぬのでしょうか。二社谷師範代に教えを乞いましょう。―
カゴはアサルトライフルの引き金を引く。最初から安全装置は解除している。通称、黄昏ボタンと呼ばれる射撃方法選択ボタンも、単射、狙撃、拡散、連射から拡散を選択している。
カゴのアサルトライフルから光弾が次々と吐き出される。拡散は、銃口から円錐の様に射点がばらける。面制圧を行い時に有効な射撃方法だった。現在の様に、命中率よりも面制圧を優先すべき時では有効な射撃方法だった。
扉の向こうからくぐもった悲鳴が続々と聞こえる。光弾を喰らった月人の悲鳴だろう。
「橋頭堡、確保。」
カゴは、敵を扉から引き剥がすことに成功した。
小和泉は時間を無駄にしない。間髪入れず、次の命令を下す。
「カゴ、上段。鈴蘭、中段。桔梗、下段。拡散射撃。撃ち方用意。」
扉の隙間のカゴは立射で、鈴蘭は膝射で、桔梗は伏射で隙間の前でアサルトライフルを構える。
「撃て。」
小和泉の命令と同時に三丁のアサルトライフルから光弾が次々と吐き出される。
光弾は、暗い部屋を照らし出す。三センチの隙間から、月人が一個小隊程、集まっているのが見えた。
それが全てではないだろう。死角にどれだけ存在しているか分からない。気を抜くことをしてはならない。
小和泉はアサルトライフルを素早く観音扉の上方へ突き入れた。切っ先の銃剣が長剣を受け止め、火花が散る。
すかさず、カゴが長剣を振り下ろした兎女を撃ち斃す。
小和泉が長剣から三人を守り、動きを止めた兎女を誰かが即座に処理する。
それを繰り返す。
8312分隊ならではの無言の連携だった。
光弾の光の中に長剣と銃剣がぶつかる火花が飛び散り続ける。
銃剣は複合セラミックス製の為、火花は飛ばない。兎女が持つ金属製の長剣が硬い銃剣と擦れ合い、派手な火花を一方的に飛ばしていた。
火花が扉の前で銃を撃ち続ける三人の上に降りかかる。だが、誰もが些末なこととして気にも留めない。
怪我をする危険性があれば、必ず小和泉が防いでくれると信じているからだ。
三人は小和泉から与えられた命令を忠実にこなす。そして、小和泉はその信頼に応える為、兎女の長剣が誰かに襲い掛かる前に確実にいなし、逸らし、受け止め続けていた。
時折、狭い空間に二本の長剣が現れることもあるが、一方は銃剣で捌き、もう一本は腰に普段腰に巻かれている尾銃で捌いた。
観音扉の隙間を狭間として撃ち続ける高密度の光弾を潜り抜けたのか、狭間の死角から迫ったのか、小和泉には分からぬが長剣の切っ先から皆を守り続ける。
8312分隊は、この連携を何度も何度も繰り返す。
十分ほど経過しただろうか。長剣による攻撃は止み、敵の気配を扉の向こうから小和泉は感じなくなった。
それとも小和泉が気付いていない敵がいるのだろうか。殺気を発生させない機甲蟲は、小和泉の天敵と言っても良いだろう。普段は、音や空気の揺らぎによる気配で存在を認識できるが、分厚い隔壁用の扉を挟めば、通用しないのは仕方がないことだろう。
そして、桔梗達三人の射撃が止まった。
「錬太郎様。視界内の敵を全て排除しました。ご命令をお願い致します。」
桔梗が小和泉へ待機状態に入ったことを告げた。
「はい、ちょい待っていてね。」
「了解致しました。」
小和泉は、傍に立つ鹿賀山へと振り向く。
「視界内の敵勢力、排除完了だよ。」
「了解した。8312はその場で警戒。敵を発見次第排除。命令は待たなくて良い。8311は8312の援護。8314はクランク回せ。8313は愛を連行。絶対に遅れるな。831小隊、発電所から脱出する。各隊、始め。」
『了解。』
鹿賀山の命令に従い、各隊が各々の仕事を始める。蛇喰の8314がクランクを回し始めると回転に合わせ、観音扉が左右にゆっくりと重々しく開いていく。
扉に貼りつく桔梗とカゴは、開けていく視界に合わせ、左右の哨戒を続ける。鈴蘭は中央を警戒し、敵の増援に備える。
8312を援護する8311の奏と舞は、広がる隙間に合わせ、四方八方をアサルトライフルの照準に合わせ、機甲蟲の存在を探していた。
現在のところ音響探査、温度探査に反応は無い。恐らく荷捌き場の敵は排除したのだろう。
床に転がる数十体の月人の死体がそれを物語っていた。
愛を肩に担ぐ8313分隊は、何時でも走り出せる様に待機をする。
それを守るべく、小和泉と鹿賀山が挟むように立っていた。
「間もなく、通過できる幅となります。」
桔梗が全員に観音扉の隙間が、人一人が楽に通過できる幅になることを告げた。
「全隊突入用意。8312、8311、8313、8314の鋒矢の陣で行く。
足を止めるな。第八大隊本隊との合流が最優先だ。
奏少尉は、道案内を頼むぞ。」
鋒矢の陣は、先頭を矢頭の様に隊列を組み、その後ろを一列に連なる。突破力と狭い場所での動きやすさが特徴となる。側面からの攻撃は弱い。前と後ろを簡単に分断される可能性が高い。
「了解しました。」
「小和泉大尉には突破力を期待している。」
「はあ、やっぱり僕が先頭なのね。了解。」
「オウジャ軍曹は愛を絶対に護れ。」
「了解っす。」
「蛇喰少尉は殿を任せる。」
「私に期待しているということですね。では、力をお見せしましょう。」
殿はもっとも難しい役割である。前向きに走りながら、背後から近づく敵に注意をしなければならない。
真面に応戦すれば、その場で足を止めることになり、小隊から離れてしまう。
かといって、全力で駆ける小隊に追いつくため、後方哨戒を怠れば敵の追撃を背後から一方的に受けてしまう。
前方と後方だけでなく、無論、側方にも気を配らねばならない。それだけ殿は、難しい判断と素早い行動力を持つ能力のある人材が求められる。
それを鹿賀山は蛇喰に任せた。つまり、優秀な人材であると認めているのだ。蛇喰が誇らしげにするのも無理は無かった。
小和泉はアサルトライフルのイワクラムの残量を確認する。ほぼ満タンだった。補充の必要は無い。銃剣の装着状態も問題無い。固定具に弛みは無い。
九久多知の武装も小和泉の脳波を読み取り、思い通りに動く。問題は無い。
ヘルメットのシールドに表示されている部下三名の心拍数や体温等も正常値を示している。
桔梗達も順番に装備の最終確認を行う。
その間に小和泉は水を一口飲む。喉の渇きを感じなくとも定期的に水分を摂取しておくのが、疲労を軽減するコツだった。
「さあて。行こうか。死地へ。」
分隊無線で小和泉は告げる。
「はい、錬太郎様。」
「了解です。」
「宗家の仰せのままに。」
桔梗、鈴蘭、カゴの順に答える。その声に怯えや恐怖は無い。全幅の信頼を寄せる力強い声だった。
「8312分隊、突撃。」
小隊無線で小和泉は告げた。
真っ暗闇の荷捌き場へ小和泉は突入する。九久多知の黒体塗装が闇に溶ける。暗視装置をもってしても見分けることができない。
小和泉についていくには、識別信号が頼りであった。その信号がヘルメットシールドに小和泉の存在を示す。
桔梗達は躊躇うことなく、小和泉についていく。
観音扉を越えた瞬間に四方から月人に襲われるかもしれない。
だが、小和泉の背中を追うことに安心感があった。
この背中についていけば、誰も死なない。そんな幻想を抱かせる勇者の背中であった。




