299.〇三〇七二一OSK攻略戦 人体実験
二二〇三年七月二十八日 一四五三 OSK 下層部 イワクラム発電所 制御室
情報処理装置も破壊され、制御盤に点る光は何もない。
停電時に点灯する筈の非常灯は、充電池か何かが故障していたのか点灯することはなかった。
真の暗闇が発電所を包み込んでいた。そんな中、小和泉達は制御室と搬入室を区切る観音扉の前に集まっていた。
蛇喰の分隊はクランクを回し続け、観音扉を開く作業を続けている。
小和泉の分隊の射撃姿勢に鹿賀山の分隊も合流し、二個分隊が要撃要員として待機していた。
オウジャの分隊は、鹿賀山の分隊に吸収される予定であったが、愛兵長を保護するために結局独立分隊として活動していた。唯一の部下であるクジ一等兵は、意識が無い愛の四肢に両肩を差し入れて担ぎ上げる消防士搬送と呼ばれる状態で蛇喰の分隊の近くに待機していた。
扉が開くと同時に速度勝負の戦闘が始まる。
如何に月人の障害を素早く突破し、どこに居るか分からない第八大隊の本隊と一秒でも早く合流をするのだ。
その楽観的かつ希望的作戦が成功すれば、831小隊は生き残る可能性が増大する。
原子力発電所は同じ階層の反対側にある。大隊が上層へ撤退をしていない限り、原発に向かえば合流できる可能性はあった。
原発停止後に大隊が上層部へ撤退を開始していれば、出会うことは無い。
大きな賭けである。だが、見返りは大きい。賭けに勝てば死傷確率が大幅に下がり、生還率が上昇する。試さない訳にいかなかった。
何せ、本隊と合流できなければ、831小隊単独による帰還は難しい。恐らく月人達に途中で磨り潰されることだろう。
最初から選択肢は無かったのだ。
イワクラム発電所に到着次第、即座に破壊し、本隊との合流を目指すのが最善手だった。
だが、831小隊は、判断に迷い、コツアイの口車に乗せられ、無駄に時間を浪費してしまった。
鹿賀山の判断ミスと言うべきか、831小隊全員の連帯責任と言うべきだろうか。だが、それを決める時ではない。生還しなければ、責任の取りようなど無いからだ。
戦闘予報を確かめることができるのならば、死傷確率が90%だと言われても不思議ではなかった。
逆に死傷確率10%と言われる方が、不自然で有り得ないことであり、戦闘予報の正確性に疑問を有したことだろう。
831小隊は、追い込まれていた。コツアイと名乗る人工知能は、どうやら有能な知性を持ち合わせていた様だ。
小和泉が話の腰を折らなければ、未だにコツアイの説明を聞き続け、月人による包囲網は分厚い物へとなっていたことだろう。
そんな状況が分かっているのだろう。重苦しい空気が皆を包み込んでいた。
「錬太郎様。先程の続きですが、あの情報を最後まで聞く価値があったのではないでしょうか。」
と桔梗がコツアイの話を持ち出してきた。
雰囲気の重苦しさに耐えられず、気を紛らわせるためだろうか。単なる事実確認だろうか。
「無いよ。だって正しいか、間違っているか、判断がつかないよ。娯楽映画を見せられているの同じだよね。」
小和泉は、価値が無いと一刀両断に切り捨てた。
「確かに正誤の判断がつきません。ですが、情報収集としては有用であったと思われますが。」
「情報なら収集済みだよ。もう僕らの手の中にあるはずだよ。コツアイの言葉を信じるならね。」
「申し訳ありません。私には理解できないのですが、コツアイを信じるのですか。先程の発言と矛盾するようですが。」
「愛兵長の人工脳。」
鈴蘭が会話に参加した。こんな時でも管制官の様なハキハキした話し方だ。周囲の雰囲気に引きずられない強い意志を持っていた。衛生兵である鈴蘭は予め愛の身体的特長を教えられていたのだろう。
そして、その答えは小和泉と同じであった。
「鈴蘭は気が付いたようだね。凄いね。」
小和泉はそんな鈴蘭のヘルメットを優しくポンポンと叩いた。
暗闇の為、表情は見えない。しかし、鈴蘭が照れている様な気配を小和泉は感じた。
「桔梗は、愛がどうして情報解析に優れていると思っているのかな。」
「それは、私たちと違い、情報解析の速成教育を受けているからでしょうか。」
「確かにそれは受けているだろうね。でも、同じ教育を受けている舞と比べると。」
「突出しております。」
「それは、あの闇医者、ゴホン。多智曰く。愛の腹に人工脳を埋め込んだからだそうだ。そう言えば、生殖できない促成種には子宮と卵巣は要らないから、場所があって良かったとか言っていたかな。おおっと話が逸れたね。
促成種は、額の端子から通信ケーブルを介して情報端末と情報の入出力ができるよね。愛は一歩踏み込んで、情報端末と人工脳を無線通信で繋ぎ、情報処理を人工脳に託しているそうだよ。
これにより脳は、情報処理に能力を割く必要が無くなる。人工脳は情報処理に長けているから計算も早い。ゆえに突出した情報処理が可能となるんだって。まだ、お試しらしいけどね」
「えっ、それは人体実験ですか。」
「そういうことだね。このご時世だもの。人類が生き残る方法があれば、何でも試すと思うよ。日本軍はね。
で、僕も別木室長から九久多知とかの人体実験をさせられているからね。多智も同じ様に色々と人体実験をしているみたいだよ。案外、僕の身体も怪我の手術中に何をされていることやらだね。案外、切断された腕に仕込み武器が入っているかもね。僕が知らないだけでね。」
「そんな、多智先生が人体実験に手を染めるなんて。腕の確かな優秀な軍医だと思っていました。」
「おや。多智は軍医じゃないよ。」
「えっ。」
「初耳。」
桔梗と鈴蘭が反応した。二人は多智が何者か知らなかった様だ。
「所属は、日本軍立生体進化研究所だよ。あ、これ機密だっけ。まあいいや。生きて帰れるか分からないし、話しちゃおうか。
多智は、医師免許を持っているから医者であるのは間違いないよ。
ただ、軍病院の所属じゃないんだよね。所属はその上位組織になるね。
促成種の健康診断とか記憶と記録の更新をして、促成種の能力向上を研究しているんだよ。
ただの軍医には、あそこまでの知識や能力は無いと思うよ。」
「ですが、錬太郎様の主治医を務めておられますよね。錬太郎様は自然種です。担当外では無いのでしょうか。」
「僕の身体能力に興味がある様だよ。僕は自然種なのに月人に勝てる運動能力。この仕組みを解明して促成種に組み込みんで、身体能力を向上させたいみたいだよ。だから、僕の主治医をしているよ。」
「てっきり、友人関係から主治医に名乗り出られたと思っておりました。」
「友情を感じるのならば、率先して友人の身体を切り刻みたいと思わないのじゃないかな。
普通の医者なら、家族や友人の手術は避けると思うよ。
多智もね、壊れているんだよ。僕もだけどね。そうじゃないと戦争なんか真面目にできないよ。」
小和泉の言葉に続く者はいなかった。沈黙がしばしの時間を支配した。
「錬太郎様。愛兵長の人工脳にコツアイが導入されたため、持ち帰って調査すれば良いという事でしょうか。」
桔梗は、先程の機密事項は聞かなかったことにしたようだ。
「そういうことだね。だから、コツアイの話を今聞く必要がないんだよ。」
「なるほど、鹿賀山少佐が愛兵長の護衛を8313分隊に任せたのはそういうことですか。」
「そうだよ。だから僕らも8313分隊を援護しようね。」
「了解致しました。」
「あ、8314は援護しなくていいよ。蛇喰少尉殿は大変優秀な士官だからね。」
「小和泉大尉。聞こえていますよ。わざわざ小隊無線を使わず分隊無線を使えば良いものを。我々まで巻き込みましたね。」
蛇喰は心の奥底から嫌そうに答える。
「あらら、切り替えを間違えちゃった。ゴメンね。」
「わざとらしい。止めなかった私も同罪ですか。扉の隙間が開きますよ。全隊、要警戒です。」
蛇喰のまとわりつく声が警戒を促す。
観音扉は角度をつけており、向こう側の空間と繋がろうとしていた。




