298.〇三〇七二一OSK攻略戦 停電
二二〇三年七月二十八日 一四三八 OSK 下層部 イワクラム発電所 制御室
小和泉は、鹿賀山の元に寄ると肩を大きく揺さぶり、警告を発した。
「鹿賀山、状況に飲まれたらダメだよ。正気に戻ろうか。皆もだよ。全周警戒、厳。」
鹿賀山は制御盤の大型モニターから視線を外し、小和泉へ顔を向けた。
鹿賀山の顔は紅潮しており、目の前で展開されたコツアイの物語にのめり込んでいる様であった。
「待て。小和泉。我々の知らない歴史が目の前にある。真実を知る状況は今しかない。」
今まで知られていない過去に触れ、鹿賀山は興奮をしていた。その瞳には、知的好奇心が光り輝いていた。
つまり、冷静ではなく、正常な判断能力が失われているということだ。
「だけどさあ。もう十分以上、時間が経過しているよ。コツアイは、この間に発電所の外に月人を集めているのじゃないかな。僕達は、発電施設を破壊して早く脱出しようよ。」
小和泉の指摘に鹿賀山は時計を見た。貴重な時間が小和泉の言う浪費、もしくは鹿賀山の感覚では消費されていた。
ここで鹿賀山は小和泉の意図をようやく汲み取った。興奮が冷め、正常な思考能力が戻ったのだ。
「そうか。そういうことか。私の大失態だ。情報は手の内にあったのか。
作戦を告げる。
8312は発電施設を破壊。
8314は撤収準備及び索敵。
8311は制御室の情報処理装置の破壊。
8313は愛兵長の搬送だ。絶対に連れて帰れ。手足は無くなっても構わん。頭部と胴体の被弾は許可できない。絶対に死なせるな。
831小隊は、発電所脱出後、第八大隊本隊への合流を目指す。
かかれ。」
状況を把握した鹿賀山は迷わず命令を下した。
『了解。』
皆が返事をすると持ち場へと散らばる。
そんな中、コツアイは淡々と話を続けていた。だが、コツアイの話に耳を傾ける者は、誰一人いなかった。
小和泉は制御室から発電室へと扉を潜り移動する。
その時に床に落ちている戦死したカガチの銃剣が装着済みのアサルトライフルを拾い上げていた。同時に兎女の長剣は捨てた。
小和泉のアサルトライフルは機関部が大破し、使えなくなっていたからだ。
これからの戦闘及び撤退戦には、アサルトライフルが必要不可欠だった。
ならば、持ち主が戦死した使用されないアサルトライフルを有効利用するのは必然だった。
小和泉が何も指示せずとも、桔梗達は小和泉を先頭に菱形の隊形を形成した。
発電室の中央には長方形の石碑の様な固まりが四個並んでいた。そこから太いケーブルが何本も床の上を這い、天井へも伸びていた。それらは、配電盤や降圧機らしき物へと繋がっていた。
低く微かな重低音が発電機から部屋中に響く。現在も発電を行っている証拠だった。
「目標は、発電機から延びる全てのケーブルだよ。ライフルで撃ち壊すからね。
絶対に触ったり、近づいたりしたら駄目だよ。感電死するからね。
あと、発電機に損傷を与えるのも駄目だからね。再占領時に修理するのは、ケーブルの交換とか、周囲の部品だけで済ませたいからね。」
月人には、簡単なケーブル交換の修理は不可能であろうという憶測であった。
『了解。』
「撃ち方用意。桔梗は左、鈴蘭は正面、カゴは右。僕は天井を狙うよ。」
四人が膝撃ちの姿勢を取り、各々の標的へ照準を合わせる。
「撃て。」
小和泉の命令に遅れることなく、四丁のアサルトライフルから光弾が絶え間なく吐かれる。
人間の腕程もある太いケーブルや鉄管を光弾が焼き千切っていく。次々とケーブルは断線し、火花を散らす。念の為、広い範囲でケーブルに損傷を与えた。
突然、闇が訪れた。発電機から供給されていた電気が止まり、停電したのだ。
光弾だけが部屋を照らす。
ヘルメットは、自動的に暗視機能を立ち上げ、視界を確保した。ヘルメットのシールドにノイズが時折入るが、やや暗い部屋と同じ様な見え方となった。
「撃ち方止め。」
小和泉の命令と同時に発砲はピタリと遅れることなく止まった。
停電を起こしたということは、第八大隊本隊の原子力発電所の停止に成功したことを示していた。本来は、どちらかの発電機が故障してもお互いが補い合い、停電しない様に設計されている。
二つの発電機が同時に停止することは有り得ないことであり、その様な事態は、考慮されていなかった。
地下都市は、停電により機能不全を起こすと総司令部から説明を受けていた。
それを信じるならば、地上や地下で戦闘を行っている友軍は、これから有利な戦闘を行なえるはずだ。
視覚は、停電で失われた。
月人の嗅覚や聴覚が優れていても、戦闘音や戦場に漂う血や脂の匂いが充満し、使い物にならないだろう。
これにより日本軍は優位になったはずだ。
短絡したのだろう。そこら中で小さな火花が飛び散り、闇の中で小さな雷が部屋を照らす。
だが、それもすぐに治まり、暗闇に包まれた。
発電機の唸る重低音が消えた。安全装置が働き、緊急停止をしたのだろうか。
コツアイの声も消えている。時折、何かが弾ける音だけが発電室に響いた。
「発電機の停止を確認っと。じゃあ、蛇喰の手伝いに行こうか。停電前に扉を少しでも開けていれば良いのだけどね。でないと、電源が無い耐爆扉なんて重たくて、まともに開けられないからね。」
小和泉が踵を返し、制御室へ戻ろうとした。
作戦が一区切りついたと判断したのだろう。質問の声が分隊無線に上がった。
「錬太郎様。先程の『はめられた』とは、どういうことでしょうか。」
小和泉の横を警戒しながら歩く桔梗が訊ねてきた。
「あれかい。あの説明はね。コツアイの時間稼ぎだよ。」
「時間を稼いでも、人工知能にできることは無いのではありませんか。」
「他の階層の月人を呼び寄せることはできると思うよ。」
「では、情報を開示することで我々の意識をそちらに向け、増援を呼び寄せていたということでしょうか。」
「だと僕は思うよ。十分以上も時間を無駄にしたからさ、外に出た瞬間に戦闘が始まるだろうね。覚悟しておいてね。」
「了解致しました。」
小和泉達は蛇喰の元に着いた。蛇喰達は観音扉の横にある小さな扉を開け、中にクランクを挿し、懸命に回転させていた。動力が止まった為、非常用開閉器を使用し手動で開けようとしていた。
「蛇喰、お待たせ。どんな感じかな。」
小和泉は指揮する蛇喰に気軽に声をかけた。
蛇喰は小和泉の姿を見るとこめかみの辺りをヘルメットの上から掌を押さえて言った。
「小和泉大尉。なぜ気を緩めているのですか。臨戦態勢をとるべきでしょう。まもなく、扉が開きますよ。」
「でもさあ。あと五分くらいかかりそうじゃないかな。」
小和泉はその証拠を指差す。
蛇喰の部下達は、交替でクランクを必死に回す。クランクは重いようで促成種でも簡単に一周しないようだ。
一周する度に少しずつ観音扉が動く。しかし、人が通行できるようになるには、小和泉の勘では五分ほどかかりそうだった。
「手助けは不要です。背後で控えていて下さい。いえ、待って下さい。」
蛇喰は沈黙し長考に入った。
「そうですね。部下達が開閉で疲労するでしょうから、先鋒をお任せしても良いですか。」
蛇喰が手柄を譲る様な言動をした。それは非常に珍しい光景に見えたが、831小隊の者には真相が分かっていた。
―部下達が疲労した状態で月人との戦闘に突入したくない。そうすれば、死傷確率が上がる。
自身の身に危険が及ぶし、部下の損耗は勤務評定に響く。
そういうことかな。相変わらず、蛇喰は解りやすいなあ。―
と、小和泉は蛇喰の考えを読む。
「いいよ。先鋒を貰うね。鹿賀山もいいよね。」
恐らく小隊無線を聞いているであろう鹿賀山に念の為許可を貰う。小和泉は好き勝手する癖はあるが、一応軍人である自覚を持っている。
「許可する。」
即座に鹿賀山の許可が下りた。やはり、小隊無線を聞いていたのだ。
「了解だよ。じゃあ8312分隊。射撃姿勢で待機してね。隙間から敵が見えた場合、即座に撃って良し。」
『了解。射撃姿勢で待機します。』
桔梗達は観音扉の前に集まり、アサルトライフルを構えた。月人が通れぬ狭い隙間の内に少しでも数を削るつもりだった。
小和泉は戦闘指揮を執りやすい様にまだ構えない。視野を広く取るためだ。
ちなみに蛇喰との会話は途絶えた。
小和泉との会話を拒絶する意志が、蛇喰の背中からヒシヒシと伝わってきた。
―う~ん。真面目だねえ。お仕事は、楽しくしようよ。―
小和泉は、蛇喰の背中に対して不謹慎なことを思っていた。




