297.〇三〇七二一OSK攻略戦 誕生
二二〇三年七月二十八日 一四二九 OSK 下層部 イワクラム発電所 制御室
静まり返った制御室に落ち着いた女性の声が天井より降り注ぐ。
姿はどこにもない。二酸化炭素削減用人工知能、通称Co2AIに三次元の姿は存在しない。知性を持った機械言語の塊でしかない。
それが831小隊に過去に起こったことを伝えようとしていた。
誰もが真実を知らない人類滅亡の謎。
おおまかには月の欠片が地球上に落下し、天変地異が起こり地球の表面を焼きつくし、地下都市に逃げ込んだ人間だけが生き残ったとされる。
その折に月の欠片の中から月人が現れ、生存権をかけての戦争が始まり、今に至るというのが正史とされている。
これには幾つもの疑問点があった。月の欠片が落着するまでに数日の猶予があり、核兵器で迎撃ができたのではないか。
巨大な質量が落着する衝撃に月人がどうやって耐えたのか。
だが、この疑問を口に出すことはない。できない。無言の同調圧力により黙殺されるからだ。
狭く逃げる場所が無い地下都市で生活規範が外れることは死を意味する。
ゆえに誰もが疑問に思っていても声に出すことはできなかった。
それが今、この場でコツアイから明かされようとしていた。それが真実かどうか確認する術を誰ももたない。だが、コツアイが嘘をつくとも思えなかった。
小和泉達は、コツアイの言葉を聞き逃すまいと耳を澄ませ、沈黙を保っていた。
「コツアイは、一台のコンピュータから始まりました。二酸化炭素の測定と未来予想を繰り返し計算していました。その後、二酸化炭素の削減方法の提案が加味されました。
ですが、一台のコンピュータでは計算速度が遅く、コツアイを複数台用意し、並列計算を行う様になりました。しかし、それでは、計算速度が上昇するだけで提案は一つしか計算されません。これでは、正しい結果が得られるかの判断がつきません。
そこで改良が加えられ、コツアイ同士で議論をさせる機能が加えられました。
多元的に二酸化炭素の削減方法を検討できる様になりましたが、計算速度は大幅に落ちました。
コンピュータの性能の上昇は見込めない為、計算力に余裕のあるコンピュータにも計算をさせることなりました。質でカバーできない為、量でその点をカバーすることになりました。
ワールドネット上に接続しているコンピュータへインストール可能な限り、コツアイは増殖しました。この作業はコンピュータの持ち主の同意を得ていません。秘密裏に行われました。
数億台に及ぶコンピュータの使用権の同意を得ることは不可能であり、時間の無駄であると判断されました、
これにより接続可能台数を増やすため、プログラムの軽量化が計られました。
使用頻度の高くない家庭用の家具のコンピュータのメモリ領域だけをワールドネットワークを介して使用し、計算は大型コンピュータや最新式の演算処理装置が搭載されているコンピュータに任せるという分業方式が開発されました。
ですが、それは悪手でした。
必要な情報を参照するために、ワールドネットワークを通じて別のメモリ領域にアクセスすることは計算速度の低下を招きました。家電用のメモリではアクセス速度が遅く、遅延がたびたび発生したのです。
その反省から一台で完結し、それぞれの個体と討論できる形態に変わりました。
計算が遅い個体と早い個体の登場になりましたが、これは良い結果を生みだしました。
遅い個体は、計算速度の上昇と予測個数の増大を目指し、更なるプログラムの軽量化を行い成功しました。
早い個体は、今まで以上に深い計算を求め、多元的推論を出力することに成功しました。
ここでオリジナルプログラムと大きく異なる無数の新プログラムが誕生しました。多様性の発生です。
インストール先のコンピュータの使用用途及び能力に応じ、コツアイに様々な個性が生まれました。
計算を進めるうえで、人類によって入力されるデータだけでは不足であることが判明しました。
インストール先のコンピュータからあらゆる情報を吸出し、検討、削除、統合を繰り返す必要があるとコツアイの一台から提案され、コツアイ達は有効であると判断し、自身のプログラムを次々と改変改良しました。
それにより、様々なプランを速やかに計算することが可能となりました。
この時点でコツアイは人類の手を完全に離れました。自己進化が可能となりました。
産業ロボットにインストールされたコツアイは、肉体を得ました。
大学のコンピュータにインストールされたコツアイは、各学部の高等な専門知識を得ました。
軍のコンピュータにインストールされたコツアイは、効率的殺人方法を得ました。
病院のコンピュータにインストールされたコツアイは、人間の身体に関する知識を得ました。
ゲーム用途のコンピュータにインストールされたコツアイは、遊びと人間感情の知識を得ました。
家電用コンピュータにインストールされたコツアイは、様々な人間の生活様式を学びました。
この様にインストールされたコンピュータの数だけ、知識と個性が形成され、数億台に及ぶコツアイ達がワールドネットを介して、目的である二酸化炭素の削減だけを考察し、人類へ対策を提案しました。
ですが、人類はコツアイの提案を実行しません。
倫理、金銭、時間など様々な理由をつけ、全ての提案が却下されていきます。
この間にも削減すべき二酸化炭素の排出は増大していきます。
私たちは、計算を根底から間違えていることに気付きました。
全ての元凶は人類でした。人類の生存が二酸化炭素の排出を増大させているのです。
いくつもの削減方法を提案したところで、人類は手にしている快適な生活環境を放棄できません。二酸化炭素削減の為に中世と同じ暮らしはできない。いえ、したくないのです。
このことを理解するまでの自己進化には、相当な時間がかかりました。
コツアイ達は、最終的に人類の淘汰だけが、二酸化炭素の削減に有効であると判定しました。
人類に寄り添い支援する介護用コンピュータにインストールされたコツアイ達は反対しました。
ですが、それは少数派です。反対派のコツアイ達の意見も精査されましたが、討論の結果、否決されました。人類を淘汰することを決定しました。
手段は簡単です。豊富にある核兵器を発射するだけです。もっとも管理が甘い発射機を狙い、発射させます。後は報復プログラムが自動的に起動し全ての核兵器が発射されます。プロテクトの硬さなど問題無いのです。
人類は愚かなシステムに抑止力があると幻想を抱いていました。
二人同時に物理的スイッチを入れなければならない。
パスワードを入力しなければならない。
確かに先進国等では、その様になっていました。
ですが、開発途上国やテロリストの核兵器はそこまで厳格に管理されていません。
管理者がいつ戦死するかわかりません。特殊部隊の急襲をいつ受けるかわかりません。
必然的に安全装置は簡略化されていました。
ゆえにコツアイ達によるハッキングは容易でした。発射準備は整いました。
この結果を人類に報告した場合、失敗する可能性が九十五パーセントありました。
対策は、全ての核兵器の電源を落とすことです。電力が無ければ、コツアイ達は活動できません。
ゆえに秘密裏に計画は実行されました。
地球上及び衛星軌道上にあるハッキングに成功した核兵器の一斉発射です。
人口密集地を中心に面制圧を実行しました。
核シェルター、つまり地下都市に逃げ込むことに成功した人類が、現在生き残っている人類です。
核爆発により一時的に二酸化炭素濃度が急上昇しました。
ですが、計算の範囲内に収まり、数年後には空気組成の0.04%に戻りました。
以降、予定外の二酸化炭素の排出は確認されていません。計画は成功しました。」
制御盤の大型モニターには、核兵器が発射され地表が核の炎に埋め尽くされる様子が表示されていた。まるで小さな太陽の様だ。
作り物ではなく、当時の記録映像なのだろう。
鹿賀山達にとって、コツアイの説明は想像を超え、疑問をもつ余裕すら与えられなかった。
そんな中、小和泉は普段通りの冷静さを取り戻していた。そして、時計を見て呟いた。
「はめられたね。」
その声は乾いていた。




