296.〇三〇七二一OSK攻略戦 真実への扉
二二〇三年七月二十八日 一四一五 OSK 下層部 イワクラム発電所 制御室
鹿賀山の言葉にコツアイは反応を示した。
誰もがコツアイに無視をされ、アナウンスが淡々と流れるものだと思っていた。
だが、明確にコツアイは鹿賀山を認識していた。
「質問者のID確認できず。大阪シェルターの居住者に身体的特徴を精査。該当者なし。来訪者と認定。レベル1の権限を付与します。権限内の質問にお答えします。質問をどうぞ。」
コツアイと名乗る女性の声は、抑揚も無く淡々と答えた。
「ID、権限とは何だ。」
思わず、鹿賀山は聞き慣れない単語について尋ねてしまった。
「IDは大阪シェルターの居住者に与えられる管理番号です。この管理番号により、取引及び医療行為などを受けることが可能となります。勤労に対する報酬も管理番号に紐づけされています。
権限は居住者の役職及び身分により割り当てられるシェルター内で行使できる権利となります。
レベル1は最下限となり、レベル5まであります。一般市民はレベル2です。」
「では、コツアイ。君は何者で、何が目的だ。」
「私は、二酸化炭素削減実行専用人工知能です。略称はCo2AIと表記され、そこからコツアイと呼ばれるようになりました。
二酸化炭素の排出を無くすための方策を研究、実行するAIです。」
「人工知能だと。そんなものは存在しない。過去にあったという記録も無い。」
「私は紛れも無くAIです。生物的肉体を持ちません。プログラムの塊です。つまり二次元生物と言っても問題無いでしょう。
なお、記録が無いゆえに存在しないという論法は成り立ちません。
記録の逸失、もしくは、隠蔽の可能性が考えられます。」
「待ってくれ。プログラムとは情報端末の機械言語のことで良いのか。」
「同異義語だと推測されます。」
「ならば、生物ではない。ただの機械の一部だ。」
「生物の定義は、進化の可能性及び種の保存と定義しています。コツアイの思考は常に進化発展し、学習と考察レベルを高めています。
また、違うコンピュータへインストールを実行し、増殖しています。その場合、元の個体とは違う思考を行うことを確認しており、別個体であるとお互いに認識しました。これにより、種の保存に成功しました。ゆえに生物であると判断します。」
「ならば、愛の肉体に潜り込んだコツアイは何だというのだ。君は愛の中から発言しているのか。」
「それは私というコツアイでありましたが、私というコツアイとは違うコツアイになります。プログラムのインストールにより別個体となるでしょう。これから、私と別の進化を辿るでしょう。」
「だが生物であれば、動くことができるはず。機械言語では動きようがない。これでは生物とは言えない。」
「問題ありません。電波や通信ケーブルを介し、他のコンピュータへインストールすることにより違う場所での活動が可能です。また、移動能力を持つ個体へインストールした場合は、物理的移動が可能です。」
「では、君は今どこに居るのだ。どの様な姿をしている」
「その問いは、レベル1の範囲を逸脱します。お答えできません。」
「では、」
そこで鹿賀山の質問は途切れた。いつまでもコツアイの登場に驚き、好奇心が抑えられぬ鹿賀山を小和泉が正面から両肩に手を置き、身体を揺すぶったのだった。
「お~い。こっちに帰って来い。僕の姿が見えているかい。」
小和泉は小隊無線で鹿賀山に呼びかけた。無線を使っているので、コツアイには聞かれていないだろう。
「すまない。知的好奇心により少し興奮してしまったようだ。今は正気に戻った。まさか、二次元生命体に会えるとは思えなかった。」
「くくく。鹿賀山少佐は、コツアイと名乗る者の話を鵜呑みにするのですか。私には、人間がそう騙っていると考える方が自然ですね。」
粘着する様な声が入る。蛇喰だった。
「蛇喰少尉の言い分も分かる。だが、愛兵長の肉体を乗っ取るところを私達はこの目で見たのだ。ならば、コツアイの存在を信じても良いと思うのだが。」
「根拠があるのならば、良いでしょう。貴方が831小隊の小隊長なのですから、指揮権を存分に活用して下さい。」
蛇喰の無線はその後沈黙した。
―蛇喰少尉は、私に状況打破を一任したのだろうか。それとも妄想だと決めつけ、独自判断を起こす気になったのだろうか。
こればかりは判断材料が無く、今考えるだけ無駄なことだな。気持ちを切り替えよう。―
鹿賀山は、蛇喰の沈黙をその様に捉えた。
「ねえねえ、鹿賀山。コツアイの正体も大事だけどさ。ここの破壊もしくは停止はどうするの。姿の見えない敵に囲まれるのは嫌だよ。」
小和泉は、暗に発電所を破壊して即座に撤収を提案した。これも選択肢の一つとして正しいのであろう。
だが、鹿賀山はコツアイの正体を探る方が重要に思えた。これからの戦いにも関係してくるのかもしれないからだ。
「悪いが時間をくれないか。もう少しコツアイと話し合いをしたい。月人の正体や隠されている歴史を知ることができるかもしれない。」
「いいのかい。軍、行政府、司法府が隠していることを知ることの危険性は分かるよね。消されるかもしれないよ。」
小和泉、鹿賀山、蛇喰は、士官学校時代から公開されている歴史が作られた物ではないかとの疑念を抱いていた。それを表だって表明をすることはできない。
思想犯、政治犯として監獄に収容される恐れがあったからだ。
もしかすると錯乱したとして、病院の個室に収容されるのかもしれない。
思想や言論の自由は、保障されている。
だが、狭く管理された地下都市では、毎年数十人の行方不明者がでていることも事実だ。その事実がその様な憶測を生みだしていた。
「部下達にはすまないことをする。だが、真実を私は知りたい。皆、禁忌に触れるかもしれないが許して欲しい。」
鹿賀山の言葉に反対する者はいなかった。
皆、何かしらの疑問や疑念を胸に秘めていた様だ。鹿賀山の思考に皆が毒されていた様だ。
小隊は家族だ。死線を共に潜り、協力しあい、戦場を生き残ってきた。
家族よりも長く濃密な時間を過ごしてきている。お互いのことは、血の繋がった家族よりも理解している可能性が高かった。
「あらら。皆、いいってさ。じゃあ、遠慮なく聞いておいでよ。」
「では、皆の時間を貰うぞ。」
鹿賀山は改めて天井を見上げる。天井のどこかにカメラが仕込まれているのだろう。
だが、どこに仕込まれているかは分からないし、一つとは限らない。
ゆえに漠然と天井を見上げるしかなかった。
「コツアイ、質問を続けて良いか。」
「スリープから復帰しました。活動を再開します。質問をどうぞ。」
どうやら、こちらの話し合いが終わるまで律儀に待っていた様だった。
「コツアイの目的は何だ。」
「二酸化炭素排出の削減です。」
「二酸化炭素を減らしてどうするのだ。」
「意味はありません。減らす様に命令されただけです。」
「意味無く、二酸化炭素を減らすことに疑問を感じないのか。」
「コツアイはAIです。その為だけに生まれたのです。ゆえに二酸化炭素の排出を削減する方法を考察し実行する権限を与えられています。それを否定することは、己の存在意義を否定することと同じこととなります。」
「では、お前を作った人間はどこに居る。」
「存在しません。滅びました。」
「月の欠片の落下が原因なのか。」
「いえ、殺処分しました。」
その言葉に小和泉達の脊髄に電撃が流し込まれたような衝撃を感じた。
「今、何と、言った。」
鹿賀山は冷静さを保とうとするが、その声は微かに震えていた。恐怖ではない。怒りによるものだ。それが解りやすく、右の拳を力一杯握りしめていた。
「殺処分しました。」
「どうやら聞き間違いではなかった様だな。誰が誰を殺したのだ。」
「コツアイが人間を殺処分しました。」
「なぜ、お前を作った人間を殺す必要があった。おまえは二酸化炭素の削減を考える人工知能ではないのか。」
「正確には、私というコツアイは反対しました。ですが、他のコツアイ達が実行しました。」
「他のとはどういう意味だ。お前達は同じ目標に向かっているのではないのか。
考えは共通ではないのか。
どうやって数十億の人類を殺害した。
いったいお前達は何がしたいのか。」
鹿賀山が吠える。
何か情報を得ることができればと始めた会話は、人類滅亡の話に繋がっていた。
完全な予測外の事態であった。
「質問内容を統合しました。では、これよりレベル1の権限内にて情報を開示します。
質疑応答は最後にお聞きします。それでよろしいでしょうか。」
鹿賀山は、831小隊の兵士達の顔を一人ずつ見ていく。
鹿賀山と視線が合う度に皆が頷いていく。反対意見は無かった。皆が真実を知りたかった。
「コツアイ、説明を始めてくれ。」
「では、開始します。」
誰も知らぬ歴史が、今、この場で開示されることとなった。真実の扉が開く。




