294.〇三〇七二一OSK攻略戦 盾
二二〇三年七月二十八日 一四〇六 OSK 下層部 イワクラム発電所 制御室
戦闘放棄とも言える態度にて、鉄狼は小和泉の正面に立っていた。
無防備で戦意を喪失し、失った小指からの出血を止めるかのように無傷な掌で傷口を包み込んでいた。獣顔の為、表情は読み見にくいが痛がっていることは伝わった。
―おやおや、たかだか小指一本失っただけなのに。もう戦意喪失って、本当に鉄狼なのかな。疑っちゃうよね。―
この様な有利な状況を見逃す小和泉ではなかった。
「はい、次いくよ。」
小和泉は、アサルトライフルから機関部をさっと外すと、拳銃となった機関部の銃口を無防備な鉄狼の臍へと力ずくで捻じ込む。
無造作に手を離したアサルトライフルの外殻部は、小和泉の肩から吊り紐に揺られていた。
「こんなのは、どうかな。」
小和泉は、拳銃の引き金を連射にて引き続ける。光弾が発射される度に鉄狼は痛みに身じろぎ、連射に合わせて短い咆哮を上げ続ける。臍の周りからうっすらと煙が立ち始めた。
鉄狼は反撃を行う素振りすら見せない。内臓を焼かれる新たな痛みにより思考能力は停止していた。
小和泉は引き金を弛めない。徐々に拳銃が熱を持ち始める。連射による発熱が、冷却速度を追い越し始めた。
ようやく鉄狼は背後に逃げ、臍から拳銃を抜こうとするが、味方であるはずの月人に押し戻され、一歩も後退することは許されなかった。必然的にその場で小和泉の攻撃を受け続けることになった。
苦痛にゆがむ鉄狼の顔を見ると小和泉の嗜虐心がムクムクともたげてきた。
「ほらほら、益々熱くなってきたよね。太くて硬くてこんなに大きいのが、こんな小さな穴を無理やり押し広げて奥まで遠慮なく入っていくよ。さあ、君は最後まで正気を保てるのかな。
ほら、熱いのが中に、奥深くに一杯満ちていくよ。でも、まだ逝っちゃ駄目だからね。我慢すんだよ。」
銃口は光弾を発射する度に熱により赤く変色していく。さらに小和泉は銃撃によりぐちゃぐちゃとなり、原型を留めぬ臍へと銃身をさらに捻じ込む。
銃身が肉を焼く。鉄狼の身体へと抵抗なく埋没していく。この間も引き金は絞ったままだ。小和泉に躊躇は全くなかった。
鉄狼は、苦し紛れに太く逞しい両手を大きく振り回す。小指を切り落とされた傷口から血が周囲に飛び散り、小和泉にも降りかかる。だが、その様な些事は気にしない。小和泉にとって。返り血を浴びることは日常に等しい。
一方、鉄狼は痛みと熱さで正気を保てずにいる様であった。
小和泉は、あまりにも分かりやすい鉄狼の攻撃を上半身の最小限の動きだけで避けていく。
九久多知の背中から生える補助腕も小和泉の脳波に感応し、鉄狼や周囲の月人の攻撃を捌いていく。
鉄狼の丸太の様な腕による攻撃は、小和泉に届くことはなかった。
「さあさあ、身体の奥の奥までかき混ぜてあげるよ。いっぱい、いっぱい、中に出してあげるから受け止めるんだよ。」
小和泉の口角が徐々に上がっていく。初めての痛みに苦しむ鉄狼の姿を見て楽しんでいた。
戦意を失った鉄狼など小和泉のオモチャでしかなかった。
―初陣の鉄狼だったのかな。それとも修羅場を踏んでいないのかな。ここまで脆い鉄狼は見たことが無いなあ。でもオモチャにするには丁度良いよね。―
それがこの鉄狼に対しての評価だった。
拳銃の銃身は、鉄狼の身体へぐちょりぐちょりと埋まり、引き金を防護する用心金が鉄狼の腹に接触した。
銃身が肉に埋もれている為、空気による冷却はされなくなった。ゆえに益々熱を帯びていく。
うっすらと発していた肉を焼く煙は、遠くからでも見える程に濃く黒くなっていた。
ヘルメットのシールドを開けば、肉が焼ける匂いを堪能することができるだろう。
しかし、ヘルメットに内蔵されている空気清浄機能は優秀だった。空気中の放射能物質だけでなく、脱臭処理もしており、外気導入される空気は無味無臭であった。
空気清浄機能を越える強い臭いであれば、内気循環に切り替えることもできる。ただ、二酸化炭素濃度が上昇する為、長時間は使用できない。
拳銃全体が灼熱し、膨らみ始めた。野戦手袋をしていても高温の銃把を握っていられなくなった。
「さてと。機関部も全体に膨れてきたし、限界かな。」
そう言うと小和泉は拳銃から手を離し、戦闘糧食を一本、安全金と引き金の間に捻じ込んだ。
捻じ込まれた戦闘糧食は、安全金と引鉄の間の空間を奇麗に埋めた。
粉末を固めた戦闘糧食は、硬さと大きさが詰め物として最適だった。
これにより、小和泉が手を離しても拳銃から光弾が吐かれ続ける仕掛けとなった。
小和泉は、すぐに鉄狼を月人の群れの中へ力一杯蹴り込んだ。複合装甲『九久多知』の力を最大限に発揮させる。
鉄狼は背後へ吹き飛び、数匹の月人を巻き込み、鉄狼を受け止めさせた。
一応、手助けするという思考は月人にもある様だ。そうでなければ、避けただろう。だが、今回はそれが裏目に出た。
「ほいっとな。」
小和泉は床に倒れていたカガチの死体に足を引っかけ、上へと蹴り上げた。
頭部が背中へと折れ曲がり、逆さになったカガチの虚ろな目が小和泉の目の前にきた。視線が交差する。カガチの目には生気は無い。虚無だ。どこも見ていない。全てを見ている。どうとでも取れる意思の無い虚ろな目だった。
そして、カガチの死体を暴発寸前の拳銃が刺さった鉄狼の臍を塞ぐように一緒に体当たりをした。
「そんな目をしないでおくれよ。死んでからも皆の役に立てるのだからね。」
小和泉には罪悪感は無い。使えるものは何でも使うだけだ。蓋をするのに丁度良かったのだ。
「小和泉、止めろ。」
それを見た鹿賀山は制止する。それは、単純な倫理観から発せられた言葉。
「あれをするのですか。私の前でするとは。嫌がらせですかね。」
蛇喰が嫌そうに溜息をついた。それは己の過去を思い出させる不快感の表明。
月人に操車場跡で追い詰められた時のことが嫌でも思い出させられるからだ。
二人が発した言葉に共通性はなかったが、小和泉が何をするのかは、お互い理解していた。
すぐに拳銃の臨界点が来た。
ドンという重く低い爆発音が、部屋を、身体を、そして小和泉の所業が戦友達の心を震わせた。
鉄狼の腹が内側から大きく弾けた。炎と爆風と共に鉄狼の血肉と臓腑が周囲に飛び散る。上半身と下半身は二つに千切れ、上半身は一度天井へと飛び、床へと落ちていく。下半身はゆっくりと腰砕けの様に崩れていった。
同時に鉄狼と接していた月人達へ衝撃波と火炎が襲い掛かる。
両手で鉄狼の腰を支えていた兎女は、両手を砕かれた。
横に立っていた狼男は、鉄狼から飛び散った肉片を半身に受け、一緒に飛んできた肋骨が身体の奥深くに喰い込んだ。
逆側に立っていた狼男も同じ目にあった。
鉄狼に押し付けられたカガチは全身に血肉を浴びるが、胸部プロテクターが衝撃と骨片を吸収していた。その為、小和泉には爆風の圧力をカガチの遺体を通じて感じるだけで、何の被害も及ばなかった。
「錬太郎、何てことをするのよ。戦友を盾にするなんて有り得ないわよ。」
小隊無線に奏の怒声が響く。自動的に音量が調整された為、耳が物理的に痛くなることは無かった。しかし、どうやら後で精神的に耳が痛いことにはなるようだ。
「大丈夫、大丈夫。プロテクターが爆心地になるように調整したから、大きな傷はつけていないよ。」
「そんなことじゃないの。人としてどうなのよ。」
「何もないよ。死ねばただの肉塊だよ。」
小和泉は奏の非難を聞き流す。
その言葉を聞いた奏の息を飲む声が聞こえたが、現在は戦闘中だ。
その様な些事は、生き残ってから考えれば良いと小和泉は気にしなかった。
すでに小和泉はカガチの死体を離し、痛みに苦しむ月人三体の始末を始めていた。吊り紐でぶら下がっていたアサルトライフルを握り、一匹目の兎女の喉下から銃剣を突き上げ、脳髄をかき混ぜる。
「一つ。」
銃剣を抜く勢いを利用し、右横の狼男の喉を横一文字に切り裂いた。
「二つ。」
九久多知の尾銃が狼男の胸の傷口に潜り込み、光弾を乱射し心臓を破壊する。
「三つ。ほい、料理完了。」
小和泉は鉄狼の爆発に巻き込まれた月人を数秒で処分したのであった。




