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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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286/336

286.〇三〇七二一OSK攻略戦 扉一枚が隔てる光と闇

二二〇三年七月二十八日 一一三一 OSK 下層部 イワクラム発電所 除染室 制御室扉前


小和泉の目の前を幾条もの光線が通り過ぎる。その内の一本が複合装甲の黒体塗料だけを削った。

「うはあ。今、装甲掠ったよ。見た見た。」

アサルトライフルを握りしめた右腕を通路へ突き出しながら、小和泉は嬉しそうに話す。

「錬太郎様、掠めた場合、次は命中弾が来ます。機甲蟲は補正が精密ですからお下がり下さい。」

と、桔梗は窘めるが、小和泉には通用しない。

「大丈夫、大丈夫。射点は微妙に毎回ずらしているし、命中しないのじゃないかな。」

「自ら危険を冒さないで下さい。手を出さず、銃口だけを出して、早急な敵の撃破をお願い致します。」

「だって、射界に居る敵はほとんど落としたし、死角にいる敵も狙いたいじゃないか。」

「それは、対面に陣取る8313と8314にお任せ下さい。現在のところ、小隊はこの陣形で敵を上手く撃破しております。」

「はあい。分かったよ。大人しく射的ゲームをしているよ。」

と言うと、小和泉は大人しく腕を引っ込ませた。


通路の天井には、数十匹の蠍型機甲蟲がビッシリとひしめいていた。

しかし、831小隊による消極的攻撃により、その数を半分に減らしていた。

時折、床に飛び降り、特攻を仕掛ける個体もあった。それは蛇喰の8314分隊が速やかに処理し、小隊へ近寄らせなかった。

十分後には、通路の攻防戦は、一方的な831小隊の攻撃にて終わった。

「撃ち方止め。全周警戒継続。」

『了解。』

鹿賀山の命令と同時に射撃が止まる。射撃戦の光に満ちていた通路が闇に沈む。どうやら射撃戦の折に照明も一緒に破壊してしまった様だ。

8312分隊と8313分隊は、アサルトライフルを構え、床に折り重なる機甲蟲の残骸へ照準を合わせている。大破を擬態している機甲蟲を警戒していた。

8314分隊は周囲を警戒し、敵による不意打ちに備えていた。

鹿賀山の8311分隊は、戦闘評価を行っていた。

「舞曹長、音響探査はどうか。」

「電動機、駆動音無し。敵、沈黙。時折、部品が崩れ落ちる音がするのみです。」

舞は素早く情報端末を操作し、探査結果の報告を上げた。

「愛兵長、温度探査はどうか。」

「光弾により破壊された機甲蟲が熱を帯びており、動力源と区別がつきません。動力が生きている個体がいる可能性があります。警戒が必要です。」

愛は、温度センサーによる色分けの調整に苦労していたが、機甲蟲の破壊の度合いを見極めるには至らなかった。

「奏少尉、今戦闘での被害及び消耗はどうか。」

「被害無し。損耗もありません。継戦能力問題無し。このまま作戦を続行できます。」

奏は、小隊全員の生体反応を確認し、皆が正常値を保っていることを確認した。

鹿賀山は、皆の報告を聞き、黙り、熟考する。

―見落としは無いな。よし、前進しても問題無かろう。―

鹿賀山の決断には、皆の命がかかっている。ゆえに慎重になるのであった。


「前衛を8312。中衛を8313。後衛を8314。司令部の8311は中衛の後ろとする。敵の生き残りに要注意。全隊前進。」

『了解。』

831小隊は、照明が壊れた昏い通路へと足を踏み入れた。小和泉は暗視装置を起動させ、天井や破壊され床に散らばった機甲蟲の不意打ちに備える。

―先鋒は一番に戦闘を楽しめるけれども、楽しむ前に殺されちゃうこともあるよね。

危ないと思ったら遠慮なく、弾を撃ち込もうかな。面白みが無いけど、部下の命が最優先だよね。―

と思いつつ小和泉は歩みを進める。粗大ごみと化した大量の機甲蟲の成れの果てを踏み、前へと進む。

誰かが一歩進める度に、ギシリ、ガリリと部品が擦れる音が通路に反響する。小隊全員が進むと壮大な雑音となった。いくら忍び足で歩こうと効果は無かった。

―除染室から外に音が漏れるのであれば、敵の増援が来ているよね。だけど、あれだけ派手な戦闘を繰り広げたにもかかわらず、敵が来た気配は無いし、来たとしても大観音扉の開錠番号は変更されているから、月人に開くことができるとは思えないよね。―

ゆえに、小和泉は背後からの不意打ちは気にしていない。

―万が一、背後からの不意打ちがあったとしても、三個分隊の肉壁があれば、僕達が被害を受けることは無いよね。それに蛇喰が不意打ちを食らう様な下手は打たないだろうしね。

話し方は変だけれど、士官としての性能が悪い訳では無いし、まあ上等の部類だよね。―

831小隊に出来の悪い士官と兵士はいない。並の兵隊であれば、とっくの昔に第八大隊第三中隊へと編制されている筈であった。

しかし、一個小隊で三個小隊並みの戦力と同等の結果を出し続けていた。

小和泉達には、その様な実感は無い。一個小隊として良い結果を出している程度に判断をしていた。

だが、総司令部の831小隊への評価は高かった。現編成のままが妥当であると決定していた。

総司令部との戦闘能力の解釈の齟齬が、831小隊を83中隊への再編制による兵力拡充の可能性を失くしていた。

小隊から中隊へと規模が大きくなると作戦の幅も広がり、戦闘予報の死傷確率も下がる。ゆえに鹿賀山達は中隊への格上げを希望していた。

それは現在に至っても実現はせず、司令部にその予定も無かった。さらに実験小隊としても成功をしており、現状を変える必要性は無かった。

そして、今回の作戦でも831小隊は、総司令部が期待する一個中隊並みの戦果を出していた。

中隊編成への道のりは遠かった。


小和泉達は、機甲蟲の残骸を踏みにじりながら暗闇の通路を進む。奥には唯一の照明が残り、突き当たりの扉をポツリと照らしていた。

正面に照らされている扉は、先程と同じくトラック一台が通り抜けることが可能な大きさの観音扉であった。その扉の前に小和泉達は何事もなく到着した。

どうやら機甲蟲は全て撃破できていた様だった。

その扉には、制御室という名札が貼られている。

今作戦の第一目標だ。

「8312、制御室前に到着。指示を乞う。」

小和泉が831小隊の小隊長である鹿賀山に扉を開けて良いか確認をとった。

軍は、こういう場合、融通が利かない。何をするにしても基本的には上官の許可が必要なのだ。

「温度探査をまず行え。」

「了解。桔梗、温度探査を実行してくれるかい。」

「温度探査開始。反応でました。箱型の発熱体を五つ感知。恐らく、発熱体の形から情報処理装置と思われます。体温並みの発熱体は確認できません。月人及び機甲蟲の姿も確認できません。」

「続いて音響探査を実行だ。分厚い扉だが、念の為、試せ。」

「了解。カゴ、音響探査しておくれ。」

「宗家の仰せのままに。音響探査開始します。」

カゴが音響探査用の受信機を観音扉に貼り付け、情報端末を操作する。

その間に他の者達も扉の前へと到着する。

「聴音開始。無音です。超音波は透過しません。音波が扉を透過できない模様。効果無しと判定。」

「やはり、聴音はできないか。愛曹長、開錠準備。警報装置に気をつけよ。他の者は周辺警戒を続けよ。」

「了解。開錠作業に入ります。」

観音扉の横に据え付けられている制御盤へ愛が取り付き、情報端末と通信ケーブルを接続した。

情報端末を操作し始めるのを鹿賀山は見守る。しばしの時間だが、待つしかできない。


「小隊長。開錠番号特定。いつでも開けます。」

数分後、愛から鹿賀山へ開錠準備ができた報告が上がった。

「よし、8311が扉を解放。8312は部屋へ突入及び制圧。8313は8312を援護。8314はこの場で後方警戒。皆、配置につけ。」

『了解。』

831小隊は静かに素早く、突入に適した位置へと動く。

「突入五秒前。三、二、一、今。」

愛は開錠番号を送信する。

鍵が開く音を合図に奏と舞が扉を開ける。扉の隙間から光が漏れる。制御室は照明が生きている様だ。

扉のほんの少しの隙間からカゴが飛び込み、桔梗、鈴蘭が続く。遅れて小和泉が部屋へ飛び込んだ。横幅がある複合装甲を装備している為、開き始めの扉の隙間を通れないのだ。

いつもならば、小和泉が先陣を切るのだが、物理的にできなかった。

この部屋に何が待つのか。扉を抜けた瞬間に串刺しにされるのか。それとも力づくで叩き潰されるのか。あるいは光線に蜂の巣にされるのか。悪い事象ばかりが頭の中をよぎる。

最悪の事態を想定する癖だった。

部屋は明るいが、小和泉達のほんの僅かな未来は闇の中だ。

それは、扉一枚が隔てる光と闇だった。

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