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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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283/336

283.〇三〇七二一OSK攻略戦 震える部屋

二二〇三年七月二十八日 一〇一一 OSK 下層部 イワクラム発電所 除染室


クジの義足から発射された部品は、長さ二十センチ程の直方体だった。元はクジの脛やふくらはぎを形成していた為、多少の曲面を描いている。

圧縮空気の力により飛び出すと、四方向に分かれて月人の群れの頭上へと落ちていった。

直方体は、月人の群れに混ざる手前で小さな爆発音ともに破裂した。

直方体の四方の蓋板が外れ、中には小さなセラミック球がギッシリと詰まっていた。

それが爆発の勢いで四方へ月人の群れへと散弾として発射された。

月人の群れの七割へ散弾が襲い掛かる。

それは指向性対人地雷を改良した物だった。

対人地雷を四面に取り付けられ、三百六十度、隙間なく散弾が飛び散る。

散弾は、月人の頭蓋、眼球、耳、鼻、肩などに容赦なく抉り、体内へと入り込んでいく。

残念ながら、致命傷には至らない。しかし、幾つもの急所を同時に責められる痛みに正気を保つことは容易では無い。

苦痛、怨嗟、呪詛、悲痛、その様な感情が月人達の咆哮に乗せられ除染室に満たされていく。

咆哮は、小さな呻きから始まった。月人達の間で痛みの共感が始まり、呻きが咆哮に、そして絶叫へと変化していった。

痛みに耐える大きな絶叫は、空気を振動させ、小和泉達の身体をも震わした。


爆心地に近い月人達は血を大量に流しながら、苦痛から逃れようと床の上でのたうち回っている。

散弾が撃ち込まれた場所に手を当て、痛みを和らげようとするのは人間と変わらない。

月人達に大混乱が生じていた。

月人の攻撃の圧力は、クジの一撃で霧散した。

「撃て、撃て。五体満足なのを狙え。武器使用、自由。負傷者は後回し。戦力を削れ。」

現状判断した鹿賀山が命令を即座に下す。

何が起こったのかは把握していない。理解もしていない。

だが、状況は判明している。鹿賀山は、この好機を逃す無様なことを絶対にしない。

『了解。』

皆も何が起きたのかは、分からぬまま返答をする。

勝つ好機が到来したのだと理解はしていた。

返答と同時に身体は動いている。数多の訓練と実戦で培われた経験は、兵士の魂として、身体の奥深くまで刻み込まれている。命令が無くとも恐らく反射的に同じことをしていただろう。

未だに戦意を有する月人。

棒立ちになっている月人。

それらに濃密な光弾を浴びせかけていく。

さらに、温存していた手榴弾を早速使用する者もいた。要所で爆発が起き、五体満足であった月人の塊を吹き飛ばしていく。

831小隊は、手際よく、五体満足な月人から無力化していった。

下半身の自由さえ奪えば、敵は身動きが取れなくなる。

そうなれば、後は射的の的に過ぎない。


ちなみに一番状況を理解していないのはクジ本人だった。

―何だ。何だ。今のは何だ。ハゲデブの言う通りにしただけだぞ。あれは散弾を撒き散らしたのか。あのおっさん、手榴弾を投擲するとか言ってなかった。何が起きた。俺は何をしたんだ。―

クジの頭の中は混乱していた。しかし、訓練に訓練を重ねた身体は勝手に動いていた。

思考とは別に本能が優先されていた。

固定砲台と化しているアサルトライフルをそのまま維持し、手榴弾の安全ピンを歯で抜き、月人の群れの足元へ転がす。

手榴弾が爆発する度に月人の前衛が崩れ落ちる。痛みによる咆哮とともに。

本人が全く意図していないクジの一撃が流れを変えたのだ。

―ハゲデブめ。何が手榴弾だ。指向性対人地雷じゃねえか。もっと小隊よりで爆発してたら、こっちにも損害が出てたじゃねえか。あぶねぇ。都市に帰ったら、いて込ましてやる。

だけどよ、状況が良くなったことには、感謝だけはしてやんよ。これなら舞と生きて帰れるかもな。―

831小隊は、装備の消費を気にすることなく総攻撃に出ていた。


二二〇三年七月二十八日 一〇三二 OSK 下層部 イワクラム発電所 除染室


二十分後、除染室での戦闘は、ほぼ終結した。

除染室には月人の死骸が床一面に積み上がっていた。立っている月人は存在しない。

立っていた月人は全て831小隊によって撃ち倒された。

クジの一撃から一気に形勢が好転した。

クジがチビデブと呼ぶ義足を用意した白衣の技術者の功績といっても差し支えは無いだろう。

―義足に火薬を仕込むような危険なことを平気で行う人間は、あの人だろうね。―

小和泉の脳裏に一人の人物が浮かぶ。開発室室長の別木だ。

―あの人だったら、役に立つと思えば、何でも仕込んで来るよね。やっぱり、この九久多知にも僕が知らない機能が組み込まれているのだろうなあ。

もしかしたら、831小隊って実験小隊にされているのかな。

水上を走れる新型装甲車。

黒体塗装の新型複合装甲。

爆発物満載の常識外れの義足。

あと他に何かあったかなぁ。

僕が知らないだけで既に実験兵器が仕込まれているかもね。有り得る話だなあ。

否定できる証拠も無いんだよね。

それにしても、多智と別木室長の組み合わせは危ないな。

医療倫理の無い医者と自分の趣味を追及する科学者。

何故、あの二人を総司令部は引き合わせたのだろう。

僕も治療中に多智に何かされているのかな。怪我の手当てを任せているし、手術もしているよね。

検体の採取は、当たり前の様にされているのだろうなあ。

怖い怖い。今後は、多智のお世話にならない様に注意しよう。

実験小隊かあ。まあ、良い方向に成果が出れば良いけどね。

悪い方に転べば。

はあ、生きて帰れるかな。―

と考えながら、小和泉と桔梗達は、蛇喰の分隊と共に月人へ止めを刺して回っていた。


小和泉は、床に積み重なった月人の死体を何も感じずに踏みにじる。

医療倫理という言葉を出しておきながら、小和泉に罪悪感も嫌悪感も一切無い。

肉と血と脂で足が滑り、歩きにくいとしか思っていない。

死ねばただの肉塊に過ぎない。それは己自身も同じだ。

その死体の上を踏み歩きながら、ピクリとでも動くものがあれば、反射的にアサルトライフルの光弾をそこへ叩き込む。

正確には動いたかどうかは関係ない。動いたように見えたものに光弾を叩き込む。

不安要素は全て取り除くに越したことは無い。

生き残りやそれらしいものを見つけるたびにアサルトライフルで頭を吹き飛ばしていく。

動かない月人の急所を狙うことは造作も無いことだ。

頭を吹き飛ばすのが、確実に月人へ止めが刺せる方法だった。

そして、誰が見ても一目で無害化されていることが分かる。

武器の使用が自由とされ、アサルトライフルは勿論、手榴弾の全てが投入された。

手榴弾は貴重だ。火薬の生産量が少なく、補充も儘ならない。一人に三個までしか支給されない。

装甲車には予備の兵装や食料が積まれているが、手榴弾や対人地雷に関して予備は無い。

強力な兵器ではあるが、数が少ないため使いどころが難しい兵器となってしまった。

次に何時、補充を受けることができるか怪しいところだ。しかし、使わぬまま死んでしまっては意味が無い。

宝の持ち腐れと言うやつだ。

ここで使い切ったからこそ、大した損害なく831小隊が生き残ることができたのだ。


鹿賀山は、小和泉達が月人へ止めを刺している間に損害報告をまとめていた。

―軽傷六名。戦闘に支障があるのはクジだけか。左手が使用不能。生命への危険は無し。

促成種達は、斬撃や殴打による擦り傷、打ち身か。

自然種は、複合装甲により怪我は無し。

根を詰めた戦闘による精神の疲弊を認める。

手榴弾は全て使い切ったか。予定より早すぎるな。作戦の後半まで温存しておきたかった。

だが、使い時としては間違っていなかった。そう信じるしかあるまい。

とりあえず、作戦続行は可能。撤退の必要性は無し。前に進むのみか。

総司令部からの情報によると、制御室と炉心がこの先にあるはずだ。

そんな場所に戦力を配置しないだろうと、信じたい。が、敵は月人。我々と常識が違う。

警戒は一層強化しなければな。―

鹿賀山の双肩には、831小隊全員の命がかかっている。

しかし、この作戦で小隊全員が生き残れるとは思ってはいなかった。

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