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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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282/336

282.〇三〇七二一OSK攻略戦 クジの右足

二二〇三年七月二十八日 〇九四八 OSK 下層部 イワクラム発電所 除染室


831小隊と月人の攻防は、時折、蛇喰へ攻撃したような無謀な特攻が数回あった。

敵の目的が分かれば、その戦術への対処はある。月人が踏み台を飛び出し、射線に入った瞬間、撃ち落とせば良いのだ。それが功を奏し、現在のところ、陣地への突入に成功した敵はいない。

月人に対し、かなりの出血を強いているにもかかわらず、敵は撤退する様子を全く見せない。

敵の増援も無い。機甲蟲は投入されない。鉄狼は現れない。

月人達は、831小隊に少しずつ磨り潰されていく。

そんな状況にもかかわらず、狂ったかのように猪突猛進を繰り返す。

そんな単純な戦術ゆえに、831小隊は持ちこたえることができたと言えた。

だが、戦闘開始から一時間が経過しようとしていた。

様々な強化を肉体や精神に施されている促成種といえども疲労が蓄積されていた。

自然種であれば、尚更、疲労度は促成種と比べ物にならない。集中力も途切れ始める頃だ。

鹿賀山、奏、蛇喰の三人の呼吸は荒くなっていた。小隊無線に流れる呼吸音で三人の疲労度が高まっていることは明らかだった。

普段の戦場は、装甲車という盾があり、または塹壕に籠って、大隊規模にて交替で休息を取りながら戦闘を行うのが主だ。

だが、この戦場には盾になる障害物は無く、交替する要員も存在しない。

射撃の手を緩めれば、月人の包囲が縮まり、射撃戦の距離から格闘戦の距離へと詰められてしまう。

撃てども撃てども月人が減っている実感はわかない。831小隊からの目線では月人の群れが押し寄せてくるようにしか見えなかった。

そして、今まで耐えてきた831小隊に綻びが生じる瞬間が訪れた。


井守准尉が抜けた8313分隊は、オウジャ軍曹、クジ一等兵、カワズ二等兵の三人でこの戦局を乗り越えようと耐えていた。

「軍曹、銃身が真っ赤です。ヤバイです。割れそうです」

クジが状況報告を上げる。

「軍曹、マジで聞いたことも無い音が小銃からするんすけど。」

カワズが別の報告を上げる。

それはオウジャのアサルトライフルも同じだった。チリチリ、カリカリという音が銃身から聞こえていた。

「交換なぞしておったら、その間に攻め込まれるぞ。壊れるまで撃て。」

オウジャは、二人の言葉を切り捨てる。いや、切り捨てざるをえなかった。

他に手段が無いのだ。正面に迫る敵を撃つ。これ以外に方法は無かった。

「くそっ。早く消えやがれ。」

クジが叫んだ瞬間、右腿にバネが外れる様な衝撃と共に視界が右へ傾いた。体が右側に倒れていく。

クジの右足が太腿の中央辺りから文字通り右足が取れたのだ。

きっかけは些細なことだった。月人が投げた長剣がクジの目の前に落ち、跳ね上がり、右足に当たった。多少の衝撃と痛みは感じた。普段であれば、それで終わった。怪我どころか打ち身にすらならないはずだった。

だが、機械製の右足が腿の半分から爪先までが床に転がった。

続いて、身体の支えを失ったクジも床へと前方に倒れる。体を支える為に思わずアサルトライフルを杖代わりに突いた。

思わず、真っ赤に熱せられた銃身を左手が握りしめる。ジュッという音共に肉が焼ける。ヘルメットを取れば、周囲には肉が焼ける旨そうな匂いが漂っていることだろう。その肉が人肉であってもだ。

あまりの高温に野戦手袋は直ぐに焼け焦げ、素肌で握ることになってしまった。

「あつううう。」

クジは何とか左手を銃身から離すが、皮膚はアサルトライフルにこびり付き、無理やり剥した。

赤と白が混じる筋肉は露出し、アサルトライフルの滑り止めの模様が焦げ目としてついていた。

クジは、地面に伏すような状態で痛みを堪える。野戦服の下は、脂汗が噴き出ていた。


クジの右足が義足なのは、以前の戦闘で舞を助ける時に右足を月人に切断された為だ。

入院中、生体移植か義肢の取り付けかを選択する時、クジは義肢を選択していた。

治療が早く終わり、リハビリが短期間で済むためだ。促成種は寿命が短い。それに最前線での戦闘が義務付けられている。長期間のリハビリを選択する意味は無い。短い人生を少しでも楽しみたいのだ。できれば、舞と一緒に。

禿げ頭のチビデブから義肢装着時に聞いた説明をクジは唐突に思い出した。

すっかり、その説明の事が頭から抜け落ちていた。

義肢が自分の手足と同じ様に動き、元の生活に戻れるのか不安だったからだ。

「うんうん。残っている足に負担を掛けぬように、一定の圧力が掛かれば、安全装置が作動し、義足は外れる。気を付けるように。うんうん。」

「それは走ったり、飛んだりするなと言う事ですか。」

「その程度では、ビクともせぬよ。うんうん。そうだな。二十メートルの高さから飛び降りるとか、装甲車に足を巻き込まれるとかの力だろうね。うんうん。」

「通常の戦闘行為では外れない、と思えばいいんすね。」

「その認識でいいよ。あと、オモチャも付けておいたからいざという時に使うといいよ。うんうん。」

それ以降、その義足を使ってきたのだが、安全装置が初めて作動し、固定具が外れたのだ。

―ロープ降下の着地の衝撃で弛んだのか。減速ミスって、派手に着地しちゃったからな。で、その衝撃の蓄積がここで出た訳か。ついてねえ。いや、確認を怠った俺のミスか。マジ、やべえ。―

原因はわかった。長剣が当たった程度では、外れるはずは無かったのだ。

だが、戦線に穴が開いたことが重要だった。


「クジ、そのまま撃て。衛生兵、頼む。」

8313分隊長であるオウジャは、クジに射撃の指示を与え、衛生兵である鈴蘭を呼んだ。

クジは、アサルトライフルを床に置き、痛みを堪え、右手だけで銃を撃つ。

狙いをつける様なことはできない。月人の足を貫く様に撃つだけだ。だが、何もしないよりは良い。

鈴蘭は、小和泉の許可を得て、クジの元へ駆けつける。

鈴蘭が勝手に動いても小和泉は怒らない。小和泉が要請を拒否することは無い。

衛生兵がいるからこそ、兵士達は前線で全力を出せるのだ。

負傷した時に、すぐに助けてくれると信じているからだ。

衛生兵への信頼度と尊敬度は、兵士の中では上官よりも高いかもしれない。

「耐えて。すぐ終わる。」

相変わらず、管制官の様に会話は短い。

駆けつけた鈴蘭は、左掌の様子を見ると即座に鎮痛剤と抗菌剤を塗布し、包帯の様な透明フィルムを巻きつけていく。

透明フィルムは、時間経過と共に溶け合い、ギブスを形成し、患部を保護する。

戦場でできる最上の手当てであろう。

この間、クジは歯を食いしばって痛みを我慢する。鎮痛剤の塗布は、直接傷口を触り、透明フィルムは傷口を圧迫する。神経を直接触られる様な、電気的な強い痛みが体中に走り、歯を食いしばって耐える。

鈴蘭は容赦などしない。

ここは戦場。一秒でも早く戦線に復帰させることが最優先だ。

病院と違い、患者の痛みや気持ちなど一切考慮しない。

クジの額から脂汗が流れ落ちる。だが、弱音は吐かない。

―足を切断された時の痛みに比べれば、まだマシな方だ。―

意識もはっきりしており、月人を撃ち倒す気力はある。

「処置完了。戻る。」

鈴蘭は手早く、確実に応急処置を済まし、元の位置に戻ろうとした。

「鈴蘭上等兵、ワリイが義足を着けてくれないっすか。どうやらエレベーターの立坑を降下した時に着地の衝撃で弛んだと思うんっす。」

鈴蘭は右足を一瞥する。

右ももの真ん中あたりでズボンは凹み平たくなっている。

―ズボンの中に義足を通す必要がある。手間がかかる。ズボンを切る。着ける。ダメ。時間の無駄。断る。―

「時間ない。戦闘後に。」

即座に状況判断し、鈴蘭は断り、立ち去った。

時間が経過するだけ、小和泉達8312分隊に負担がかかる。それは鈴蘭の中では許されないことだった。


クジは、身体を起こし膝撃ちの姿勢に移行した。義足の装着は諦めた。

アサルトライフルの銃身の下にコンバットナイフを地面との間に挟み、上への角度をつける。銃床を左足で踏み付け、結束バンドで引き金を固定した。アサルトライフルは、光弾を次々と吐き続ける。

「よいしょと。固定砲台みてえだな。無いよりはマシぐらいか。」

そして、目の前に落ちている義足を手繰り寄せ、義足の足裏を月人の方へと向ける。

「確か、ハゲデブが言っていたのは、こうだったかな。」

足首の辺りに巻かれていた革ベルトを外す。そうすると布の無い傘の様に四方へ脛とふくらはぎが展開した。義骨を中心に四分割された。

「唐傘お化けていうやつじゃねえか。俺、こんな物を着けてたのか。まあいい。

で、次がここの蓋を開けて、中の赤いボタンを押すだったかな。」

クジは一度だけ教わったことを記憶の奥底から引き出す。

義足の膝の側面にある蓋を開ける。中に赤いボタンがあった。躊躇うことなく、クジは赤いボタンを押した。

義足の腿の部分から吸気音が聞こえ始めた。

「あとはしっかりと固定し、五秒待つ。」

吸気音が止まるとボタンを押してきっかり五秒後にバシュっという音共に四分割された義足の部品が圧縮空気の圧力により発射され、義骨と足先と腿だけになった義足が手元に残された。

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