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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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280/336

280.〇三〇七二一OSK攻略戦 凪を信じて

二二〇三年七月二十八日 〇八五八 OSK 下層部 イワクラム発電所 除染室


狼男と兎女が群れから飛び出し、同時に小和泉へ襲い掛かる。

二匹の目には、小和泉しか映らない。同胞の頭蓋を無碍に蹴ったのが、彼らの怒りに火をつけたようであった。沸々と生まれくる憎悪のあまり、周囲が見えなくなっていた。

しかし、小和泉へ近づく前に鈴蘭とカゴの銃撃に撃ち倒されてしまう。

再び先頭の数匹が小和泉へ襲い掛かるが、桔梗達の銃撃に撃ち倒されてしまう。

月人達は、簡単に小和泉に近づくことはできなかった。小和泉と月人が接触すれば、嬉々として格闘戦を始めるだろう。それは味方の射線妨害だけでなく、攻撃の穴ができることを意味する。

それを理解している桔梗達は、小和泉が格闘戦を挑まぬ様に近づく個体を制圧するのであった。

それを何度も繰り返す。中には味方を盾にし、肉薄する個体もいた。

だが、小和泉の銃剣に喉を貫かれ、眼窩から脳を抉られ、斃されていく。

小和泉へ一撃を加えることに成功する月人はいなかった。

桔梗は、遠距離から長剣を投擲しようとする兎女を撃破することで、小和泉を護り、同時に戦線を維持していた。


831小隊は、一歩一歩、確実に除染室の角へとゆっくり近づいていく。

百八十度から攻撃を受けるのと、九十度から攻撃を受けるのでは大きく違う。

少ない人数で防御と攻撃を分厚くできる唯一の方法だった。

欠点は、逃げ場がないことだ。もっとも致命的な欠点だ。

除染室の扉を閉塞した時点で831小隊は逃げ道を失った。

観音扉の閉塞を解除し扉を開ければ、外にいる月人の増援を招き入れるだけでなく、挟み撃ちになる。

扉を開けず、除染室にいる月人の群れを排除し、前進するしか生き残る道はない。

ゆえに致命的欠点すら許容するしかなかった。


殿を務める小和泉は体術を駆使し、月人を引き付ける作戦へと変更した。

包囲される危険性が高まったのだ。

敵が肉薄する。人口密度が濃くなる。周囲三方を敵に塞がれようとしていた。このままの状況を維持することは、小和泉の孤立を意味していた。

それは、第三者からの視点ではそうなるのだろう。

―よしよし。密着に近い状態に持ち込めたぞ。これで一対多から一対三までに減らせた。

攻撃も隣とぶつかって有効打が来ない。後続からの攻撃の肉壁にもなってくれる。正面と左右の雑魚三匹なら対応も楽だよね。―

などと、小和泉は楽観的に考えていた。皆の意見とは対極であった。やはり、精神構造が常人とは狂っているのだろう。

小和泉は月人の拳、噛み付き、剣戟、引っ掻きをアサルトライフルによる受け流しで対抗する。

無論、足は止めない。背部カメラの画像を確認しながら、小隊の後退に速度を合わせる。

月人へ止めを狙えば、別の月人に隙を晒し、致命傷を喰らうことになる。

―小和泉ですら、月人を足止めするのが精一杯か。―

鹿賀山の目にはそう見えた。

だが、現実は不可思議なことが起こっていく。

足を止めさせられた月人は、桔梗達が銃撃により無力化していく。

無理して急所を狙う必要は無く、殺す必要が無いのだ。

動けなくすれば良い。

下半身に光弾をバラ撒き、膝や腿を撃ち抜き、崩れ落ちたところを後続の月人に踏み潰させればよかった。

敵は怒りに染め上げられ、理性は消えている。

小和泉も致命傷を狙うことなく、床へ次々と転ばせていく。

都合の良いことにアサルトライフルの銃身は、高熱を帯び、敵へ押し付けるだけで重度の火傷を負わすことが可能だった。

手を伸ばしてくる月人をアサルトライフルで払いのける。

ジュッという音共に獣毛が焦げ、皮膚と筋肉を焼く。食欲を誘う香ばしい薫りがした。

思わぬ痛みに月人の足が止まる。それは悪手だ。後ろから押し寄せる月人に床へ押し倒され、その月人は踏み潰された。後続の月人は、前線の状況を把握できない。何が起きているか知る術をもっていないのだ。

潰された体から血と脂が飛び散り、床を汚した。そこに踏み入れた月人は足を滑らせ、急所を831小隊の前に大きく晒す。

すかさず、誰かがそこへ攻撃を加える。

月人の獣の咆哮が止まらない。人間で言う断末魔に相当するのだろう。

理性が働いていない月人は、小和泉の敵とは成り得なかった。

小和泉が月人の突進力を受け流し、味方と敵に殺させる。

油断して転ぶ者は、敵が踏み潰す。

小和泉に攻撃を受け流され、体勢を崩したものは戦友に撃ち殺される。

次々と小和泉を基点として死を量産していた。


831小隊は、流れ作業の様に敵を滅ぼしていく。

どこかで歯車が狂えば、小和泉は月人の群れに飲み込まれ、殺されるのだろう。

もしくは月人が冷静さを取り戻せば、足場に注意し攻めて来るだろう。

そうなれば、転倒せず隙を見せることなどなくなる。

831小隊は、数の暴力に押し潰されるだろう。

誰も声を出さない。

黙々と、淡々と、静々と、粛々と敵を狙い、引き金を引き続ける。

思考する暇はない。条件反射で敵を屠り続ける。


831小隊は、ようやく除染室の角に辿り着いた。

「陣形を整えよ。耐え、敵を殲滅せよ。それが我々の生き残る道だ。」

鹿賀山が沈黙を破り、部下を励ます。

即座に二面に二個分隊が配置され、攻守が堅くなった。二方向のみに戦力集中できることは、大きく状況を好転させた。

銃撃の密度は濃くなり、敵との接敵面積は激減した。

831小隊へ肉薄できる月人が一気に減る。

正面から敵の攻勢を受けていた小和泉への圧力も消え去った。

―あらら。こうもこちらの思惑通りに進むのかな。折角、盛り上がってきたのに、休憩時間と思えば良いかな。でもなあ。よし、前に出よう。僕が前に出ると味方が撃てなくなるけど、それも避けたらいいよね。少しちょっかいを出してこよう。―

小和泉がアサルトライフルを握り直した瞬間、桔梗に声をかけられた。

「錬太郎様。前に出ては×です。ここに居て下さい。」

小和泉の行動を読まれた様だった。

「だって、ここから撃つだけなんて、面白くないよ。」

「×です。私達が撃てません。」

「僕が避けるし、九久多知なら多少当たっても大丈夫だよ。」

「そういう問題ではありません。大人しく、ここから数を減らして下さい。」

「ちょっとだけ、あの筋肉質の奴だけ。少し、捻ってくるだけ。」

鉄狼までとはいかないが、一匹だけ周囲の狼男より引き締まった筋肉質の狼男がいた。

「このまま育てば、鉄狼として日本軍に分類されるよね。育つ前にその命を刈り取りたいなあ。

みんな僕を狂犬と呼ぶけど、ちゃんと理性もあるんだよ。」

「それでも×です。あの程度であれば、分隊で対処できます。錬太郎様が前に出る必要はありません。」

「はあ。分かったよ。ここでちまちましているよ。」

小和泉はアサルトライフルを立射で連射する。光弾が月人の群れに吸い込まれ、数匹が倒れた。


同じ様に他の者も月人を斃していく。

確実に部屋の隅に移動してからの戦況は、小和泉達の有利へと変化していた。

濃い火線と少ない接敵面積は、月人を確実に削っていく。

だが、終わりは見えない。いつ果てることなく月人が襲う。

時間の経過とともに疲労が小和泉達を襲い、堤防が決壊するかのように、小さな戦線は崩壊するのだろう。

そして、決め手を831小隊は持ち合わせていなかった。

確実に月人の群れを一気に消失させる武器も無い。

月人が迫る。撃つ。斃す。

ひたすら削る。削る。削る。

小和泉達の精神力も削られる。ひたすら、命をかけた反復作業を行う。

誰一人して気が抜けない。気を抜いた瞬間、この陣地の穴となり、そこから月人が流れ込んで来るだろう。


「撃て。撃て。休むな。確実に敵は数を減らしている。我々が優勢だ。勝てる。いや。勝つ。気を緩めるな。皆で勝利を掴む。」

鹿賀山が皆を励ます。だが、その声は皆の心に沁みただろうか。恐らく、誰も聞いていないだろう。

終局が見えぬ戦い程、精神力を要するものはない。

戦闘開始から五分経過したのか、一時間経過したのかもわからない。

時計を確認する余裕、いや時の流れを気にする余裕がないのだ。

目の前に途切れることなく襲い掛かる月人から目が離せない。

口の中が乾き、舌が口の中にへばり付く。だが、喉の渇きも癒せない。

水分を補給することすら、恐ろしい。月人から目が離せない。

一瞬でも目を離せば、数メートルある空間を一気に跳躍して詰めてくるかもしれない。

ひたすらにアサルトライフルの引き金を引き続けるしかない。

通常の月人であれば、獣毛を焦がし、皮膚を焼き、内部を破壊することができる。

毛皮で光弾が弾かれるのは鉄狼だけだ。

鉄狼さえいなければ、現状維持ができる。

発電所の出入口は、この除染室のみにあった。ゆえに月人が無限に湧くことは無い。この部屋にいる月人を斃し切れば、831小隊の勝利が確定する。

831小隊は、時の流れが分からぬまま、引き金を引き続ける。

今は毛玉の大波だが、いつしか凪になるはずだ。

それを信じ、831小隊の面々は静かに引き金を引き続けていた。

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