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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇二年

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28/336

28.手術より一年

二二〇二年十一月二日 二一〇二 KYT 中層部 金芳流空手道道場


道場の三階で小和泉と二社谷は、向かい合っていた。

二人は、洒落っ気も無い簡素な私服を着ていた。暗器は身に着けていない。

最近は肉体のみでの勝負に重点をおいて修練を行っていた。軍務においては、暗器の使用頻度は少ないとの判断からだ。

二人とも息を切らし、汗が靄の様に体から噴き出していた。

「姉弟子、今日の勝負は俺の勝ちです。」

綺麗に上段蹴りを二社谷の側頭部に決めた一撃を小和泉は言っていた。

「なんやと、あれで勝ったとかぬかすな。体重も載ってないフェイントの蹴りなんぞ、痛くも痒くもないわ。」

「ならば、どうすれば勝ちと認めるのですか?」

「そうやな。失神させたら勝ちにしたるわ。」

「ならば、もう一勝負お願いします。次は失神させます。」

「半年前まで、すぐにゲロ吐いてた奴が何いきってんねん。また、腕斬り落とすぞ。ワレ。」

このセリフが勝負の開始の合図となった。

二人は、呼吸を一瞬で整えると静かに構える。空気の中に溶け込み、気配が消える。

そこに実在しているのは事実だが、現実感が伴わない。幻灯機の映像の様に頼りなかった。

小和泉は、右足を無造作に二社谷の間合いへ踏み込む。

だが、即座に攻撃は来ない。これが誘いであることは二社谷も十分承知している。

ジリジリと二人の間合いが詰まる。蹴りの間合いから、拳の間合いへと変化していく。

にぶい肉を叩く音が数度響く。一呼吸の間に二人は拳を撃ち交わした。どれも有効打は無く、お互いの手の内を読むだけで終わった。

さらに小和泉が踏み込むと二社谷の右掌底が下から突き上げられる。小和泉は避ける事無く、さらに踏み込み、頬を掠めるのも気にせずに頭突きを二社谷の鼻に突き込んだ。

不意を突かれた二社谷は、まともに頭突きを喰らい、鼻血が大量に吹き出る。どうやら鼻梁が折れた様だ。しかし、それが狐顔の美女の魅力を損ねることは無い。逆に背筋が凍る妖艶さを引き出していた。

二社谷の目の前が衝撃により真っ白に染まる。この一年以上の修練で一度も繰り出されなかった技だった。完全に不意を突かれた。意識が瞬間的に鼻の痛みに集中した。

続いて、下腹部に杭を打ち込まれる強烈な衝撃を受ける。些細な隙に付け込まれてしまい、腹筋を締める余裕も無かった。小和泉の拳の形が内臓で分かる程喰い込む。

肺に溜まっていた空気が全て絞り出され、酸い物が食道を逆流してくる。朝食以降食べずに修練のみしていた為、胃酸しか出て来ない。

顎先に軽くすばやい手刀が掠り、二社谷の首が傾げ、脳を急速に揺さぶられた。

二社谷の意識が大きく揺さぶられ、手足に力が入らない。

後ろ向けに倒れていく二社谷の身体を小和泉がやさしく受け止める。

「姉弟子、俺の勝ちです。ゆっくり寝て下さい。」

小和泉の声がやさしく二社谷の耳に届く。

―久しぶりに負けたか。少し嬉しいものだな…。―

二社谷の意識は途切れた。

小和泉は、二社谷を両の腕で抱え上げると道場を出た。そのまま、同じ階にある二社谷の寝室へと向かった。


二社谷の寝室は、意外にもお姫様趣味の部屋だった。白とピンクのレースを多用したカーテンやクロスが部屋を飾り、中央に置かれているベッドは天蓋までついていた。

そのベッドに小和泉はゆっくりと二社谷を寝かす。

二社谷が着ていた服の前をはだけさせ、白い肌と双丘を露わにする。

小和泉の拳が埋まった鳩尾は、青い痣となってはいたが、手術が必要な内出血は起こしていない様だ。念の為、周辺の肋骨も一本一本丁寧に触診していくが、骨折は無い。

サイドテーブルに置かれている救急箱から湿布を取り出し、鳩尾に貼り付ける。

力の加減をせずに全力で撃ち込んでしまったが、思いのほか軽傷だった。内臓の一つでも破裂させているかと危ぶんだが問題無い様だ。

それよりも鼻の怪我の方が酷かった。ウェットティッシュで大量の鼻血と口の周りの胃酸を綺麗に拭う。

二社谷の綺麗だった鼻筋が小和泉の頭突きのせいでやや左斜めにゆがんでいる。

小和泉は躊躇うことなく、骨折した鼻梁を手技で整えていく。触る度に起こる激痛に二社谷が唸るが容赦しない。

ここで手を抜くと鼻梁が曲がったまま固着する可能性がある。本来は医者に行くべきなのだろうが、この程度の軽度の骨折であれば小和泉でも問題無く治療できる。鈴蘭ならば、麻酔を使用し本格的な治療ができただろうが、ここには居ない。居ない者をあてにする様な小和泉ではない。

人の壊し方を熟知する事は、治し方も熟知することでもある。人の構造をしっかり知らなければ、人を壊す事など適わない。人体を知ることがどの武術でも基礎になっている筈だ。

小和泉にとって二社谷は姉同然であり、女として見る事はできない。ましてや欲情する事など有り得なかった。

猥褻な気持ちなど一切湧きあがらず、一通り治療を終えた小和泉は、二社谷に掛布団をかけると静かに扉を閉め、台所へ向かった。

ベッドに寝かされる直前に気がついていた二社谷は溜息をついた。深い呼吸で腹が痛んだ。涙が一滴零れ落ちた。

「アホ。」


台所には、本日の仕事を終えた桔梗が夕食を用意し待っていた。

桔梗は、この一年間、仕事、小和泉の自宅の清掃、道場での朝食と夕食の準備、洗濯などを日課とし、道場にある小和泉の部屋に居候していた。

小和泉は当初は不要であると断っていたが、桔梗が押し掛け女房の形で押しきってしまった。

菜花や鈴蘭はズルいと愚痴をこぼしていたが、二人は桔梗とは違い軍務で遠征に出ることが多いのか、およそ月に一度の頻度で道場に顔を出す程度だった。

仕事の内容に関しては、軍機だと言い小和泉に一切漏らすことが無く、小和泉は桔梗達がどの様な仕事をしているか全く知らなかった。おそらく、軍機指定したのは、鹿賀山の仕業だろう。


「錬太郎様、お疲れ様でした。本日の成果は、如何でしたか。」

桔梗の小和泉の呼び方は、隊長から錬太郎様に変わっていた。つまり、桔梗の隊長では無いという事実を小和泉は理解していた。他の二人は、隊長から中尉と呼ぶ様になっていた。

「勝ったよ。ようやく、元の力を、取り戻したよ。」

ダイニングチェアに座りながら、小和泉は感慨深く、言葉を噛みしめる。

手術後のリハビリ。基礎体力の増強。錺流の技の研鑚と長い時間がかかった。姉弟子である二社谷に勝つのに一年以上もかかってしまった。

ようやく軍への復職の申請をし、新たな一歩が踏み出せる。そう思うと、小和泉の張りつめていた緊張が解け、椅子の上でだらしなく溶けていた。

そんな小和泉を正面から桔梗がやさしく抱きしめてくる。

「お疲れ様でした。でも、元に戻ったのではありませんわ。二社谷様も以前よりお強くなっておられるはずです。錬太郎様はさらにお強くなったのです。」

桔梗の優しい薫りが小和泉の鼻腔をくすぐる。この一年間、反応しなかった愚息が大きくなる。

やさしく、桔梗の顎先を指先に引っ掻け、顔の正面に持って来る。

桔梗は赤面するが、それが小和泉の嗜虐心を刺激する。何せ、一年ぶりの煩悩だ。ブレーキはかからない。昨日までは、錺流を極める事だけを考え、他の事に目を向ける精神的な余裕が無かった。

桔梗の顔を見つめると幼さが若干無くなり、大人らしさが少し出て来た様だ。そんな変化にも小和泉は気づく余裕が無かったのかと思い知らされた。

「錬太郎様、御夕食の準備をしてもよろしいでしょうか。」

桔梗が上気した顔で尋ねてくる。

「姉弟子を待とうか。ニ時間以内に、脳震盪から目が覚めると思うよ。」

「分かりました。では、その様に致します。」

「桔梗、すまないけれど背中を流してくれないかな。全身が筋肉痛でね。余り動きたくないんだよ。」

「は、はい。かしこまりました。お風呂の準備はできております。」

桔梗の顔がさらに赤くなる。今まで何度も小和泉と一緒に風呂に入っていたが、一年振りという時間が恥ずかしさを覚える元凶なのだろう。

小和泉は立ち上がると浴室へと歩き出した。背後には桔梗が静かについてくる。

ようやく、小和泉の時間が動き出した。鉄狼に敗北してから時間は止まっていた。今なら鉄狼に勝てるという自信があった。あの様な無様を晒すことは無い。

だが、鉄狼も一年前の強さのままでは無いであろう。小和泉の想像を超える成長をしているかもしれないし、何も変わっていないかもしれない。だが、鉄狼に勝てるという自信が小和泉を昂ぶらせた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 昔のガンパレード・マーチだったかと似たようなシリアスで良い作品。内容は違いますが雰囲気は似ていて好感が持てます。中隊長も嫉妬していた同輩も、少し成長した後輩も尉官はみんな死亡。その辺をもう…
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