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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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278/336

278.〇三〇七二一OSK攻略戦 除染室突入

二二〇三年七月二十八日 〇八三九 OSK 下層部 イワクラム発電所前


831小隊は、発電所の観音扉を開くことが未だにできていなかった。

舞と愛の二人は、情報端末を駆使し開錠番号を一生懸命に検索している。手を抜いているわけではない。

自分だけでなく、家族同然の小隊員の皆の命がかかっている。手を抜くことなどできるはずもない。

当初の総司令部の目論見より遅れが出ているが、その目論見が何を基準にしているか不明だ。つまり、最初からあてにできない時間を作戦進行の基準に組み込まれていた。

それを831小隊の士官は理解していた。

ゆえに誰も舞と愛を急かさず、声をかけず、作業に専念させていた。総司令部の作戦は、時折机上の空論が先行することがあった。


―前線に出たことがない者が作戦を立てたのだろう。

それを承認した上司もいい加減だと文句の一つもつけたくなる。

だが、それを今言っても状況が変わるわけではない。総司令部も時間割を組むのに無理やり、所要時間をひねり出したのかもしれない。―

と鹿賀山は一人納得するしかなかった。

恐らく、他の者も同じような気持ちでいるのであろう。小和泉を除いては。

「各種探査、異常はないか。」

待つ間にできることは敵の早期発見と排除だった。それが皆の命を守ることに繋がる。

「音感探査、異常なし。」

「温度探査、異常なし。」

「光学探査、異常なし。」

探査を担当する兵士からは異常なしの報告が上がる。

このやり取りは幾度目だろうか。

鹿賀山は、神経質なほど小まめに情報を求めていた。

「ねえねえ、鹿賀山。」

「どうした小和泉。」

小和泉が鹿賀山へ個人無線を入れた。

「異常があれば、即報告が上がるよ。それよりもこの後の展開を考えようよ。」

小和泉の提案を聞き、鹿賀山はため息をついた。そして、深呼吸を行った。

「少し焦りがあったようだな。すまない。助かる。私に意見具申をできる者は限られているからな。

外から見て滑稽だったか。」

「そこまでじゃないよ。新兵みたいには見えたけどね。」

「くくく。この私が新兵か。どうやら冷静さを欠いていたようだ。」

「仕方ないよ。障害物も何もない見晴らしの良い場所に陣取っているんだからね。普通の人間ならストレスを感じて当然だよ。」

「ストレスか。もっとも小和泉と縁が遠い言葉だな。」

「そうでもないよ。一番身近なものだよ。」

「ほう。ストレスを感じているようには見えんが。」

「今はね。鍛錬の時はストレスを大きくかけた状態だからね。」

「どういうことだ。」

「簡単なことだよ。鍛錬で失敗すれば死ぬ。そんな状況で鍛錬しているんだよ。」

「死なぬための鍛錬だろう。意味が分からん。」

「単純だよ。姉弟子と組み手をするでしょ。手加減してこない。殺しに来る。手足が無くなっても気にしない。医療技術が進みすぎた弊害だね。胴体と頭さえあれば、死なないもん。ゆえに姉弟子は容赦しない。」

「なるほど、どの様に壊そうが自由。昔の致命傷でも手当てが早ければ、現代医学ならば死なぬか。確かにその状況での鍛錬はストレス下にあると言えるな。」

「だから、今の方が死の危険から遠いかな。」

「小和泉が戦場で落ち着いていられる理由がよく分かった。」

「まあ、それだけじゃないけどね。で、扉の先に飛び込んだらどうするんだい。」

「総司令部からの情報では、除染室があり、その先の通路に制御室と炉心があるようだ。我々は制御室に向かう。

発電機停止後は、再稼働を防ぐため、ここに籠城する。

念のため、入り口の観音扉は施錠する。無論、開錠番号は変更した上でだ。お前、作戦要綱を読んでいないのか。」

「読んでないよ。どうせ覚えられないもん。その都度、桔梗に確認した方が間違いないよ。」

「そうだった。お前はそういう奴だった。士官学校の時も俺任せで、駒としてか動いていなかったな。今、思い出したぞ。俺がどれだけ苦労させられたか。」

「ああ、そういうこともあったかな。昔の話だし、忘れておこうよ。」

「KYTに帰ったら、昔の貸しを清算してやる。」

「ああ、藪蛇だった。小和泉大尉、任務に戻ります。」

「忌々しい奴め。警戒を厳にしろ。」

「了解。」

鹿賀山と小和泉の無線交信は終わった。


ほんの数分のやり取りだったが、鹿賀山の肩から無駄な力が抜けていた。

―小和泉に見透かされるとは情けない。だが、同時に感謝する。親友とはありがたいものだな。―

気負いすぎていた鹿賀山は、平常心に戻っていた。古参兵であろうと過度なストレスにさらされると正常な判断能力を失うことがある。

その手前で小和泉は止めたのだ。

鹿賀山の肩には、831小隊十五名の命がかかっている。命令一つで全滅することもありうる。気が付かぬうちに鹿賀山は視野狭窄に陥ろうとしていたのかもしれない。

事前に止められたのは小和泉との長く濃く深い付き合いのおかげであろう。

鹿賀山が小和泉に惚れているのは、己を理解し、包み込んでくれるということが大きいのかもしれない。


二二〇三年七月二十八日 〇八四七 OSK 下層部 イワクラム発電所前


「開きます。」

唐突な愛の報告に831小隊に緊張が走る。

周囲に敵影は無い。問題は観音扉の向こうに敵がいるかだ。

「散開。」

鹿賀山の号令と同時に831小隊は、扉の両側に分かれる。開く扉の前に棒立ちでいるのは自殺志願者としか言えない。その場に居ては敵に襲われるだけだ。

観音扉がゆっくり静かに開いていく。

兵士たちは、扉の向こうにアサルトライフルを構え、敵に備える。

「温度探査、反応多数。敵味方識別中。」

蛇喰が率いる8313分隊のオウジャ軍曹が報告を上げる。

「射撃自由。撃て。」

鹿賀山は即座に射撃命令を出した。この階層に第八大隊しかいない。そして、第一、第二中隊は831小隊の反対方向に展開している。

つまり、目の前にいるのは敵しかありえないのだ。

鹿賀山の命令に即座に小隊員は反応する。アサルトライフルを連射モードで光弾を発電所内部へ叩き込む。

阿吽の呼吸といえばよいだろうか、分隊単位で攻撃範囲が重ならぬように担当を上手く分担していた。

伊達に831小隊が組まれてから幾多の実戦を潜り抜けていない。

扉は容赦なく開いていく。それだけ敵がこちらを攻めやすくなるということだ。だが、逆に831小隊の射角が広がることでもある。

小和泉は照準に映る月人を三点射で確実に頭部を吹き飛ばす。

桔梗に至っては、一発のヘッドショットで指揮官級を狙い屠っている。

他の者は、連射モードで近づく敵を片っ端から屠る。

今のところ、鉄狼や銃を使う兎女はいない様だ。このままの状況を保つことができれば、時間はかかるが小隊の優勢を保つことができそうだった。

「音感探査、感あり。背後より接近する足音を感知。数、中隊規模。」

オウジャ軍曹が再び報告を上げる。

どうやら月人の増援がこちらに迫っているようだ。

「小隊前進。除染室へ進出。全員の入室を確認後、扉を閉めろ。」

鹿賀山は悩むことなく、大群の月人が待つ除染室への突入を命じる。

小隊は誰もたじろぐことなく、一歩一歩確実に前進していく。敵との交戦距離が縮まる。壁という遮蔽物もなくなる。確実に死傷確率が高まっていく。

選択肢がないのは、皆が分かっていた。前後挟まれての戦闘と壁を背にしての前だけに集中しての戦闘では、後者の方が生き残る確率が高い。


小隊員全員が、除染室に入る。

除染室はサッカーができるほどに広かった。その広さの半分を月人が占めていた。月人は凶暴化し、目を血走らせていた。狼男は口から涎をたらし、自慢の牙で人間を引き裂こうとし、兎女は手にした長剣を大きく振りかざし袈裟斬りにしようと襲い掛かる。

「撃て。休むな。近づけさせるな。愛と舞は、扉の閉塞を急げ。」

「了解。」

「オウジャ。音感探査はどうか。」

「接敵まであと一分。」

「愛、聞いたな。間に合わせろ。」

「了解。」

鹿賀山の矢継ぎ早の命令に皆が応える。

手の空いている者は月人を屠り、名を上げられた者は命じられたことを実行する。

この状況では小和泉ができることは銃を連射することだけだ。

背後では扉が閉まり始める。

扉が閉まるの先か、敵の増援が先か。命を懸けた賭けが始まった。

「増援到着まで四十五秒。」

「閉塞まで三十秒。」

オウジャと愛の報告が入る。

現状ではこちらに分があるようだ。

「訂正。閉塞まで五十秒。」

ここで状況があっさりと逆転した。扉が閉まるまでに月人が殺到するらしい。

「くくく。桔梗。楽しくなってきたな。」

「錬太郎様だけですよ。楽しいのは。」

己の命をチップにする賭けは、小和泉に生きていることを実感させる。

戦闘狂。ゆえに狂犬。それが小和泉の生き方だった。

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