277.〇三〇七二一OSK攻略戦 発電所を攻める
二二〇三年七月二十八日 〇八三九 OSK 下層部 イワクラム発電所前
「全軍停止。」
小和泉の思考を止める掛け声がかかった。鹿賀山だった。
発電所入口から三百メートル地点の裏道で831小隊は立ち止まった。
アサルトライフルのガンカメラで入口周辺を温度探査と音響探査を実施するが、月人や機甲蟲の姿は認められなかった。
過剰な照明の所為か、入口周辺は白く塗り潰したかのようであった。扉の輪郭すらぼやけており、光学探査は使用できなかった。
「奏少尉、どう思う。」
鹿賀山は、傍で同じ様にアサルトライフルを構え、ガンカメラを覗く副長の小和泉奏に声をかけた。
「照明の角度の所為でしょうか。入口付近が光の反射で視認できません。別角度からの確認の必要を認めます。」
―明確で正しい回答が即座に返ってきたか。結婚で浮かれてはいないようだな。奏少尉の精神面は問題無いと判断しよう。あとは。―
鹿賀山は、分隊無線を小隊無線へと切り替えた。
「小和泉、隠密偵察を頼む。」
鹿賀山から小和泉へ命令が下る。
「了解。8312、隠密偵察に出るよ。」
小和泉は迷うことなく、命令を受領し行動に移した。
―まあ、小和泉がこの程度のことで精神的に揺らぐ訳が無いか。―
どうやら、鹿賀山の杞憂で終わる様だ。小和泉に浮ついた気持ちは無かった。
小和泉からしたら、婚姻の儀を執り行っただけで、妻たちとの肉体的精神的関係性は何も変化していない。
式の翌日に出撃を命じられた為、新居探し等の環境的変化すら無い。
言い方は悪いが、一日お祭り騒ぎをしたに過ぎなかった。
小和泉率いる8312分隊は、道を少し戻り別の分岐から発電所の入口へと静かに向かう。
小和泉が先頭を進み、桔梗、鈴蘭と続き、後詰めをカゴが務める。
誰一人として物音を立てず、陰から出ず、大きく迂回して本隊と反対側から発電所入口を確認できる場所へと移動した。
イワクラム発電所は、煌々と照明に照らし出されていた。
この階層の天井に繋がる高い隔壁。巨大な石棺の様だ。
正面入り口は、搬入用トラックが出入りできる様に観音扉になっていた。発電所にて火災や爆発事故が発生した時に備え、頑丈そうな扉だった。
周囲に月人の姿は見えない。だが、監視カメラや機甲蟲が潜んでいる可能性はある。今の距離ではそれらは確認できなかった。
小和泉は手信号でさらに前進することを部下に指示する。
返事を確認もせず、小和泉はゆっくりと前進を再開する。
手信号を見逃す様な間抜けは8312分隊には存在しない。
小和泉の部下への信頼は確固たるものであり、桔梗達の小和泉への信頼も絶大なものであった。
距離二百メートルまで接近し、小和泉達は立ち止まった。
―ひのふのみのよのいつ。ふむ、機甲蟲五体か。やっぱり居るよね。―
観音扉の左右に各二体。上に一体の蠍型機甲蟲が壁にへばり付いていた。先程とは違い、照明が当たる角度が違う為、機甲蟲の影が壁に映っていた。
機甲蟲は、都市迷彩を施された個体だった。どうやら待ち伏せ専用の機種の様だ。通常の機甲蟲よりも薄く、平たく作られており、壁に潜むのに適した形状をしていた。
機甲蟲にも種類か個体差がありそうだった。
この情報は、総司令部から提供されていない。新発見かも知れなかった。
―温度探査、反応無し。熱源は無いね。音感探査も異常無し。駆動音、感知できず。光学探査も異常無し。都市迷彩と機体の薄さが壁と上手く溶け込んでいるね。
壁に映る影まで考慮できていたら完璧だったんだけどね。そこまでの知性は無いのかな。
いや、この場合は経験の方かな。
鹿賀山の勘が大正解ということか。監視カメラの位置も確認したいな。この距離ならまだ無線を使っても問題ないかな。見つかったら、さっさと逃げよう。―
小和泉は背後に控える桔梗達へ伝える。
「各員、監視カメラを探し、戦術ネットワークに上げよ。」
『了解。』
小和泉の命令に、一斉にガンカメラを四方八方に向ける。音も熱も発しない監視カメラを発見するには、光学探査しかない。十数秒経つと戦術ネットワークの地図に監視カメラの目印がついていく。時折、多重計上されるがそれは情報端末が光学映像を解析し、矛盾を解除していく。
同時に機甲蟲の位置も地図に掲載された。
「こちら8312。隠密探査完了。指示を求む。」
「8311だ。その場で待機。」
「8312了解。」
小和泉と鹿賀山の通信は、必要最小限度で終了した。
「錬太郎様。鹿賀山少佐はどの様に動かれると思われますか。」
後ろに控える桔梗が尋ねてきた。
「多分、一斉射で機甲蟲と監視カメラを破壊するんじゃないのかな。」
「なるほど、その為の別方向からの隠密探査ですか。」
「戦術ネットワークに記載されたら、情報端末に照準を任せれば見えなくとも当たるからね。敵は一切動いていないから、外す方が難しいよ。」
「照準覗く。補正方向が矢印表示。目標と交差で二重丸表示。引き金を引く。命中。以上。」
「そうだね。鈴蘭の言う段取りになるだろうね。今頃、情報端末が目標を各自に振り分けていると思うよ。」
「宗家。射撃はあまり得意ではないのですが。」
「大丈夫だよ。カゴ。各自の命中精度も考慮に入れた目標を割り当てられるからね。カゴには狙いやすくて壊しやすい監視カメラになるよ。
多分、優秀な狙撃手である桔梗が、一番難しく重要な目標を割り当てられるかな。」
と言っている内に作戦指令が小隊全員に届いた。
小和泉は指令書を展開し、自分の目標へアサルトライフルを向ける。
小和泉の目標は監視カメラだった。
―格闘戦は随一だけど、射撃戦は今一つという評価か。仕方ないよね。射撃練習する時間も武術の訓練に当てているもんね。妥当な評価だよね。―
結局、機甲蟲を狙うのは、重要度順に鈴蘭、愛、蛇喰、オウジャ、舞だった。
―蛇喰って、射撃成績良かったんだ。ふうん。でも、これって鹿賀山の成績は考慮に入ってないだろうな。小隊長が指揮を放棄するわけにはいかないよね。さて、蛇喰のお手並みを拝見しましょうかね。―
「射撃用意。三連射。照準合わせ。」
鹿賀山の命令前に照準器に表示される矢印に従い、照準を合わせる。
そこには白い壁しか見えない。だが、光の加減で見えないだけであり、監視カメラがあるのは間違いない筈だ。照準と目標が交差し二重丸に変化した。照準完了だった。
この状況は、鹿賀山も戦術ネットワークを通じて確認している筈だ。
「撃ち方始め。」
その命令の瞬間、831小隊全員のアサルトライフルから光弾が連射される。発射に時差は無かった。
一人につき三発の光弾が発射され、目標に吸い込まれる。十四人×三発の弾が発電所入口に散らばり、機甲蟲と監視カメラを一瞬で破壊していった。
機甲蟲の装甲やカメラの覆いが吹き飛ばされ、中の部品を周囲へ飛散させる。
重力に耐えきれなくなった機械は、床へとドスリドスリと落ちていった。身動きを取る標的は無さそうだった。
「状況報告。」
「8312、目標破壊。」
「8313、目標破壊。」
「8314、目標破壊。」
「8311、目標破壊。入口へ集合。敵の増援に注意。索敵を厳にせよ。」
『了解。』
撃ち漏らしは無かった。鹿賀山は、機甲蟲の装甲を三発の光弾で打ち抜き無力化できるか、心配をしていた。それは杞憂に終わった。薄型機甲蟲は、隠密性重視で防御力は低い様だ。
小和泉達は、発電所入口へ全力で走り出している。
舞と愛は、発電所入口の巨大な観音扉の横に据え付けられている操作盤に取り付いた。
ケーブルを接続し、自分達の情報端末へと接続した。
これからこの扉を開ける解除番号を走査し、開放するのが二人の仕事となる。
重要人物である二人を守る様に831小隊は円陣を組み、外敵の襲来に備えた。
前列は膝射姿勢を取り、後列は中腰にてアサルトライフルを構える。
「数分間耐えよ。近づけさせるな。敵に我々の存在が知られたはずだが、発電所内に籠れば幾らでも耐えられる。舞と愛の二人を絶対に護れ。」
『了解。』
鹿賀山の檄に831小隊は即座に反応した。
831小隊を沈黙が包み込む。
敵の足音、動力音、些細な音を聞きもらすことが無き様に全員が耳を澄ませる。
無論、音感探査、温度探査、光学探査も情報端末が処理している。
それでも全身を晒し、身を隠す場所が無い状況での数分間は、古参であっても緊張を強いられる。
以前であれば、敵の飛び道具は石つぶてだった。
だが、現在は兎女が日本軍から鹵獲したアサルトライフルを使いこなし、蠍型機甲蟲から光線銃が発射される。遠距離は、人類の味方ではなくなった。
この一年の間に戦場が大きく変わりつつある。
日本軍も手探りの中、変革していけなればならない。
もしくは、月人の変革が終わる前に滅ぼすかだ。
日本軍が、OSK攻略戦を計画したということは、変革する前に月人の殲滅を選択した意思表示ととれた。




