273.〇三〇七二一OSK攻略戦 OSKを占拠せよ
二二〇三年七月二十六日 一二二八 KYT 中層部 軍人会館 第二小会議室
軍人会館第二小会議室には、第八大隊所属の者だけが集っていた。
軍属といえども、他の隊に所属する者は入室しなかった。軍事機密の漏えいを防ぐ為である。
この部屋に居るのは、菱村、副長、鹿賀山、小和泉、東條寺、桔梗、鈴蘭、カゴの八名だった。
婚姻の儀式の直後ゆえに、服装はまちまちである。
略式制服を着る副長の真面目な顔と対比し、礼装、着物、ドレスと実戦態勢には程遠いものだった。
しかし、集合した者は、例の一人を除き、真剣な表情で正面のホワイトボードに表示される戦略図を見入っていた。例外者は戦略図を見つめ、笑みをこぼしていた。
菱村がホワイトボードの横に立った。
「説明するから、まあ聞けや。現在、再編された第四大隊から第七大隊までOSK攻略戦を実施中だ。俺らの第八大隊も出撃する。
ちなみに第一大隊から第三大隊は、KYTの守備だ。サボっている訳じゃねえぞ。
これは総司令部からの命令だ。俺の思いつきじゃねえからな。
俺らの出撃は式を終えるまではと、総司令部と交渉してやったんだ。
式の翌日に出撃に関しての文句は総司令部に言え。
ああ、文句は俺経由じゃなく、鹿賀山少佐経由だぞ。そこは絶対に間違えるなよ。いいかあ。俺を通すなよ。
よし、副長、続けてくれや。」
菱村は言いたいことだけを言うと近くにあった椅子にどっしりと腰掛けた。
いつも通り、面倒事は副長に押し付けたのだ。
副長は慣れたもので、菱村からのバトンを何食わぬ顔で受け取った。
「説明を続ける。この作戦は831小隊が持ち帰った情報を解析、分析、構築したものが基礎となっている。それらの情報を基に作戦が立案され、二週間前に発令された。
発令と同時に準備が始まり、一週間前にOSKに対して攻撃が開始された。
現在、工兵隊により正面出入口の開放に成功。
第四大隊が突入。上層階を攻略中だ。
第五大隊が第四大隊を援護。中央交通塔からの敵の増援を抑えている。
第六大隊は予備兵力として待機。計画では、まもなく第四大隊と交替し、上層部に前線基地を構築する。第四大隊は構築された前線基地にて負傷者の治療がされ、戦場に戻される予定だ。
第七大隊は地下駅より突入。OSK都市内へ侵入する為に敵と交戦中である。831小隊が突入した経路と同じだ。
こちらは敵の意識をOSK上層部から削ぐためである。侵入も退却も大隊長に決定権が総司令部より渡されている。
ゆえに、戦力として期待するな。戦力をあてにして合流を試みても退却済みの可能性がある。あくまで陽動部隊である。
なお、月人と蠍型機甲蟲の戦力はこちらの予測より多く、作戦は遅れ気味であるが、許容範囲内であると総司令部は判断している。
本日中には、第四大隊が上層部を制圧する見込みである。
第八大隊は、上層部制圧完了後、秘密裏にOSKの最下層を目指す。
詳細はここでは言えない。また、友軍も第八大隊が参加していることは知っているが、目的は知らされていない。我々が作戦目標を知った後も情報を開示することは禁止されている。注意せよ。
明日〇九〇〇。大隊控室にて集合。作戦の詳細を説明する。以上だ。」
副長は、言うべき事を一気に吐き出すと口を固く閉じた。
質問は一切聞かない、答えないという意思表示の様であった。
数分前までの祝賀ムードは霧散し、重苦しい空気が圧し掛かってきた。
どうやら小和泉達の新婚生活はお預けの様だ。
「ねえ、鹿賀山。総司令部は、第八大隊に最も危険な仕事を割り当ててきたよね。
これって、僕達に死んでこいって言っている様なものだよね。
僕達って本当に便利屋さん扱いだね。はてさて、最下層には何があるのかな。」
小和泉は、重苦しい雰囲気を薄めるために軽薄な口調で言った。
「小和泉、勝手に命令を決めつけるな。それは、明日の説明で分かることだ。今から気にしても仕方がない。軍人として命令を粛々と実行するだけだ。」
鹿賀山は落ち着いて答える。
―あぁ、これはおやっさんと鹿賀山は知っていたんだね。それも最初からかな。知らぬは下っ端ばかり也かあ。―
「は~い、井守准尉の代わりの補充はいつ来るのかな。」
「本来、この場では作戦に関わることは答えられない。が、補充は無いとだけ言っておこう。」
「副長さん、ありがとう。やれやれ、苦労しそうだよ。はあ。」
と小和泉はため息をついた。
「お父さんは知っていたの。だから、結婚式の期限を切って急がせたの。ねえ、答えてよ。」
東條寺が悲しげな表情で菱村を見つめる。先程まで幸福の絶頂にあったとは思えなかった。
「がたがた喚くな。俺らは軍人。命令一つで即応するもんでい。そこに反論はねえんだよ。小和泉 奏少尉。」
東條寺は、菱村の最後の一言で怒りを忘れた。
「え、私が小和泉少尉。そうよね。今から小和泉 奏なのよね。え、嘘。実感わかない。何か恥ずかしいのだけど。でも、どうしよう小和泉少尉って呼ばれて、すぐに返事できるかな。」
奏は、先程までの憤りを即座に失った。
菱村に姓が変わったことを指摘され、そちらに意識が向いてしまった。
―あらら。単純思考だなあ。完全におやっさんの掌の上で踊らされているよ。
ま、僕もその踊り手の一人なんだけどね。―
と、小和泉は内心で呟く。さすがに声に出すようなことはしない。
「でだ。同じ隊に小和泉が二人も居るとややこしいわな。
そこで第八大隊では、旧姓 東條寺少尉こと、小和泉 奏少尉を奏少尉と呼称する。
小和泉大尉はそのままだ。うざければ、小和泉でも狂犬でも助平でもいいぞ。
特別に許可する。好きに呼べ。責任は持たんがな。第八大隊全員に周知しておけや。」
『了解。』
重苦しかった雰囲気は、いつの間にか奏の能天気さに吹き飛ばされてしまっていた。
二二〇三年七月二十七日 〇九〇一 KYT 第八大隊控室
第八大隊控室には、荒野迷彩の戦闘服に身を包んだ隊員が勢揃いしていた。
今はまだ、複合装甲もプロテクターも身に付けていない。
これから始まる打ち合わせの邪魔になる為、誰も着込んでいなかった。
格納庫に行けば、整備大隊が入念に整備した武装を即座に装備し、出撃することは可能であり、慌てる必要は無かった。
正面の檀上に立つ菱村と副長が、隊員の注視を受ける中、菱村が口を開いた。
「よ~し、野郎ども。仕事の時間だ。
他の隊は先に行って、地獄へ片足を突っ込んでいやがる。
それは総司令部の都合だが、先に行った戦友どもはそうは見てくれんぞ。
後から来て、美味しいとこ取りだと言われるから覚悟しておけ。」
『了解。』
「さて、俺らの仕事はOSK最下層にあるとされる中央情報処理装置の無効化だ。真正面に突っ込むのは馬鹿らしい。いいか、手前ら、コッソリ行くぞ。
敵に見つからず、戦闘無しで最下層に辿り着くことが理想だが、それは無理だろうな。
変な期待はするな。無駄だぞ。
これから副長が総司令部の命令を説明するが、あくまで参考程度にしておけ。
戦場では臨機応変に行くからな。」
『了解。』
「よし、副長、あとは任せた。」
「では、〇三〇七二一OSK攻略戦について説明を行う。」
菱村は脇の椅子に座り、副長が正面へと立った。
副長から各員に総司令部からの命令書と情報が、第八大隊の兵士全員の情報端末に配信された。
小和泉は情報を開封し、一番に戦闘予報を確認し、命令書を次に確認した。
戦闘予報。
攻略戦です。不意打ち及び事故に注意して下さい。
死傷確率は30%です。
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二二〇三年七月一日 〇九〇〇
発 日本軍総司令部
宛 第八大隊
題 命令書
日本軍はOSKを占拠する。
人間の居住は確認できず、資材としての価値を認め、KYT発展の礎とする。
月人を排除する為であれば、施設及び備品の破壊を無制限に許可する。
第八大隊はOSK最下層に設置されている中央情報処理装置の破壊もしくは無力化を速やかに実行せよ。
この命令を実行するにあたり、友軍を戦力として自由に行使することも同時に許可する。
なお、この権限は小隊長以上に付与するものとする。
状況の変化には適時対応し、作戦を完遂せよ。
以上。
――――――――――
小和泉は、戦闘予報と命令書の内容に溜息をついた。
―死傷確率30%か。負け戦の数字だねえ。やっぱり死傷確率が高いね。
でも、この見積り甘くないかな。50%超える様な気がするよ。
さて、命令書はどうかな。あらま。これもやばい内容だよ。
これじゃあ、新婚なのに一週間もたない可能性があるじゃないか。
やれやれ、新居への引っ越しもしていないし、新居での初夜も迎えていないのになあ。
昨晩の乱痴気騒ぎが最後のお楽しみでした、にはしたくないなあ。
よし、できるだけ後方に下がれる様にしよう。味方は自由にしていい命令だし、盾にしよう。鹿賀山なら理解してくれるよね。―
など、と良からぬことを考えている内に会議は終わっていた。
各小隊に分かれ、詳細を詰め始めている。小和泉も鹿賀山の元へと集った。
ちなみに小和泉はほとんど内容を聞いていない。長い説明を聞くのは嫌いなのだ。
三行でまとめてくれた方が理解しやすかった。
―あとで桔梗達に確認すればいいよね。さあて、月人と遊びますか。―
小和泉はこれから行われる戦いに興奮し、血流を一極集中させていた。




