271.両家顔合わせ
二二〇三年七月二十六日 一一三五 KYT 中層部 軍人会館 小会議室
婚礼の宴は、挨拶、立食、歓談と滞りなく進んだ。
主役は、小和泉、東條寺、桔梗、鈴蘭の四人である。四人は代わる代わる親族の個々と対談し、親睦を深め合う。
月人との戦争中であり、ここに居る人間の大半が軍属だ。次に会える保証は無い。
そして、後事を託す意味でも家の繋がりは昔以上に重要となっていた。
残された者を支える者。もしくは、お互いを支え合う者が必要になっていたのだ。
実際に小和泉も幼き時に両親を失い、血の繋がりも無い姉弟子である二社谷に育てられた。ここで二社谷に保護されなければ、日本軍幼年学校に放り込まれ、新兵の内に死んでいたことだろう。二社谷に鍛えられたお陰で今日の小和泉の強さがあった。
昔は結婚せずとも一人で生涯を全うできたという。だが、小和泉達には夢物語にしか聞こえない。そんな余裕はこの世界から無くなってしまった。
この制度は、現在では理に適っていた。一人で生きるのは、過酷な世界と成り果てていた。
小和泉の親族は、姉代わりの二社谷と弟分であり妹分でもあるカゴが参加していた。
二人だけでは寂しいため、特別に親友である鹿賀山と、その婚約者であり小和泉の親友でもある主治医の多智を招待していた。
特に多智は、小和泉の命を何度も救っており、帰しきれない恩がある。
多智と友でなかったならば、多智が医者になっていなければ、小和泉の存在は、とうの昔に命の水に落とされ、分子へと分解されていただろう。
実は小和泉が二社谷の次に頭が上がらない存在であった。小和泉が良い女と認めているにも関わらず、手を一切出さないのは鹿賀山の婚約者だからではない。
小和泉の命を握られているからだ。ゆえに多智の機嫌を損ねる様な行動は、慎まねばならなかった。
桔梗と鈴蘭には親族はいない。促成種ゆえに育成筒から生まれた為、親と呼べるものは存在しない。一度、小和泉は二人に過去を聞いてみたが、悲しげに首を横に振るだけで一切話さなかった。恐らく、促成種の機密に関わるのだろう。
それ以来、小和泉は促成種に対し、過去を聞くことは無くなった。
二人に連なる者はいない。だが、今日からは親族が一気に増える。
桔梗と鈴蘭に何かがあっても、小和泉のことを託せる人々が増えたのだ。
二人にとって喜ばしいことでだった。
逆に小和泉も戦場から帰らぬ時に二人を託せる人々が増えることが嬉しかった。
小和泉は無敵では無い。過去、何度も死の淵を彷徨っているのだ。
東條寺の親族は、菱村が内縁の妻を二人囲っている為、参加者が多かった。
軍属は漏れなく第二種礼装を着用していた。
菱村中佐と落ち着いた柄の和装が良く似合う五十代の大和美人の正妻。
長男である第一歩兵大隊第三中隊隊長 菱村鉄之丞大尉。長身に筋肉を幾重にも纏い、礼装の胸元がパンパンに張っていた。髪は、短くスポーツ刈りに刈り上げ野太い声が室内によく通った。ちなみに、小和泉は顔合わせの時に初めて顔を知った。
昏めの紫のパーティドレスを着た四十代の長身モデル体型の第二夫人と次男である小和泉と顔見知りの白河市之丞憲兵少佐。
若々しさを感じさせるスカート丈がやや短い薄めの緑色のパーティドレスを着た三十代の短躯細身の女性が、東條寺奏の母である第三夫人だった。
菱村家の親族は合計六名だった。
どうやら菱村中佐の女性の好みは、身長は関係なく、細身の女性を好む様だった。
気が合えば、身体的特徴を全く気にしない小和泉とは趣味が違った。
小和泉にとって肉体は不変ではなく、自由に調整できるものだという考え方があったからだ。自分自身の肉体も力が弱いと感じれば筋肉をつけ、重いと感じれば筋肉か脂肪を落とす。それが当たり前であり、調整するのが常識であった。
それを相手に強要はしないが、気が合うということはそれを察することができる、ということだった。
既に両家の顔合わせは、事前に済ませていた。
その折に、鉄之丞が小和泉に大いに絡んだ。
腹違いとは言え、妹である東條寺のことが可愛いのであろう。
年が離れた妹だからこそ、小和泉に手折られたことに立腹していた。妹偏愛者だと白河が言った言葉に嘘偽りは無かった。
鉄之丞は顔を会わすなり、殺す勢いで小和泉に襲い掛かった。真正面から飛びかかり、力任せに小和泉を殴り飛ばそうとする。
だが、一瞬で体を固められ、動きを制されてしまい、数秒で敗北を喫していた。
小和泉はテレフォンパンチをかわし、不安定な足を刈り払い、そのまま床に倒して、上に乗りかかる。動けぬ様に鉄之丞の右腕を関節技で固める。水の流れの様な滑らかな動作だった。
鉄之丞は、殴りかかった腕を逆間接に決められ、気が付けば床にうつ伏せに押し付けられていた。
鉄之丞は何が起きたか理解できなかった。
―なぜ、地面に顔を擦りつけているのだ。
身体を動かそうとすると右手が痛み、身体の自由がきかないのだ。
なぜ、小和泉が俺の背中に膝立ちしているのだ。
ほんの数秒前から一変した状況に理解が追い付かん。
何が起きた。―
冷静になると正面には、指を指してゲラゲラ大笑いしている父である菱村。
澄ました顔でヤッパリと納得している弟の市之丞。
額に手を当てて溜息をついている妹の奏。
鉄之丞を見下ろす三人の姿が目に入った。
そこでようやく鉄之丞は理解した。
―狂犬、小和泉に制圧されたのか。
圧倒的な力量差があるのか。狂犬と呼ばれているが、優男にしか見えなかった。
完全に見くびっていた。筋肉量は俺が圧倒していた。
力比べで負ける要素は無いと思っていた。
だが、負けた。俺は弱いのか。それとも、奴が強いのか。―
現実は違った。鉄之丞は何もできず制圧された。何をされたか理解できずにだ。
つまり、敵に己の力量を悟らせない程の実力者ということだ。
それすら、見抜けなかった大馬鹿者が地面に転がされている。それが今の状況だ。
それを父が笑い、弟が嘆き、妹が呆れる。
―狂犬の通り名は、伊達では無かったか。奏の見る目は確かだったのだな。
ここまで簡単に無力化されれば、妹を託しても問題は何も無い。
これ以上無い縁談だ。心から祝福しよう。しかし、狂犬が義弟になるとは、この世も捨てた物じゃないな。―
溺愛する妹を取られた嫉妬心が、鉄之丞から綺麗に晴れた瞬間であった。
小和泉も常識くらいは弁えている。
鉄之丞へ正拳突きを喉仏に一発入れるだけで人生を終わらせることもできた。
一番楽な方法だが、今後のことを考えると後を引く悪手でもある。
ゆえに義兄となる者を殺したり、大怪我をさせたりせず、穏便に済ませたのだ。
鉄之丞が、小和泉がただの優男ではなく、そして狂犬という二つ名通りの男ではないと理解した為だろうか。
それとも小和泉を受け入れた為かだろうか。抵抗する意図はもう無いようだった。
体から力が抜け、敵意も消滅した。
―奏を守る力があれば良かったのかな。僕と同じで単純な思考の持ち主なんだね。
色々と面倒な話し合いをしなければならぬかと嫌気をさしていたけど、あっさりと話がまとまるかな。やっぱり、菱村中佐の息子だよね。こんなところも似ているんだね。―
己が納得すれば、すぐに胸を開き、信頼をする。小和泉には無い思考だ。
だが、理解できない訳では無い。そう云う人種がいることも知識として持っている。
そうでなければ、拷問などできない。拷問は、敵を理解し、もっとも嫌がることを実行する。
拷問は、肉体を痛めつければ良いのではない。敵の考えを知り、その弱点を的確に狙う。
精神面が弱いのであれば、精神的弱点を狙い、痛みに弱いのであれば肉体を苛め抜く。
それが出来なければ、拷問は成功しないのだ。理解できなければ、殺すか廃人にしてしまい、必要な情報を得ることはできない。
ゆえに小和泉は、鉄之丞の心の内が手に取る様に理解できた。
―もう解放しても攻撃されることは無いだろうね。逆に菱村中佐の息子であれば、両手で強く親愛の情をこめて抱きしめて来るかも。―
小和泉が拘束を解くと鉄之丞はすぐに小和泉を強く抱きしめた。今度は抵抗しない。
「弟よ。奏を預ける。泣かせるなよ。」
鉄之丞が大きな声で耳元に叫ぶ。
―ああ、脳筋に抱き付かれても嬉しくないよね。男なら、鹿賀山みたいな秀才君の方が好みだな。―
性別を気にしない小和泉らしい感想を抱いていた。
簡単に婚姻が許された理由の一つに、他の恋人の二人が促成種であったことが大きかった。
子供ができない。寿命があと数年しかない。頼れる者は小和泉しかいない。
この境遇の娘二人を別れさせる様なことは菱村の人間にはできなかった。
ここで見捨てることは、人として恥ずべきことではないかと、菱村家の中で話し合われた。
結論として、子育てには人手が多い方が良い。二時間おきの授乳を一人で行うことには無理がある。
協力しようとしても、小和泉の性格では上手くできないだろう。
協力者が絶対に必要となる。その点、孕まぬ促成種の二人が奏の側にいれば、子育ての支援が期待できる。
実際に小和泉が出陣すれば、長期間、家を空け、手伝える人間はいなくなるのだが、その期間位は、実家が協力できる。
菱村家でも正室と側室が協力して子育てをしてきたため、負担の分担が可能となり子供達を無事に育てる実績があった。情操教育には、今一つ悪かったようだが。
案外、菱村中佐自身が重婚に近いことを行っており、小和泉のことを責める訳にはいかなかったのが本音かもしれない。
こうして、両家顔合わせは、一波あったが円満に終了したのだった。




