261.〇三〇六二〇偵察作戦 帰還への新たな壁
二二〇三年六月二十一日 一〇一二 OSK下層部 大型エレベーター籠内
「宗家、お疲れ様でした。」
下半身を返り血に塗れたカゴが、小和泉へ声をかけた。
「カゴは凄いね。姉弟子に相当しごかれたみたいだね。今の動きを見ていたらよく分かるよ。」
小和泉も返り血で汚れている筈なのだが、九久多知の黒体塗装の影響なのか、目立たなかった。
「いえ、この肉体が防人として格闘特化型に設計されていただけであります。私の努力ではございません。」
「身体能力が高くとも、技は思うように決まらないよ。これは間違いなく、カゴ自身の努力の結果だよね。」
「そのように言って頂けるとは嬉しく存じます。」
「まさか、姉弟子並みの連携ができるとは嬉しい誤算だったよ。これからは僕の出番が無くなりそうだね。」
「そのようなことはございません。まだまだ、宗家の足元には遠く及びませぬ。」
小和泉とカゴが感想を述べ合っているところへ、小隊無線が割り込んだ。
「仲良くしているところ悪いが、動くぞ。時間が惜しい。装甲車に戻れ。良くやってくれた。」
声の主は、鹿賀山だった。勝利の余韻には浸らせてくれない様だ。
小和泉も現況は理解している。
831小隊の置かれている状況は、周囲は敵のみの撤退戦。最上層で送信した無線の反応は何も無い。つまり、援軍の見込みは無い。
敵が集まり動きに制限がかかる前に動き、こちらが自由に行動できる時間を一秒でも確保する必要があった。
「了解。じゃ、目的の階層のボタンを押すよ。」
「頼む。」
「カゴ、エレベーターの操作をよろしくね。」
「かしこまりました。」
小和泉は装甲車へと乗り込み、カゴはエレベーターの操作盤へと向かった。
小和泉が椅子に座ると同時に下への圧力を全身に感じた。エレベーターが上昇し始めたのだ。少し遅れて、カゴが装甲車に乗り込み自席に着いた。
小和泉はヘルメットの前面を開け、桔梗が差し出した濡れタオルで顔を拭いた。汗をかいたわけではないが、折角、恋人である桔梗が差し出してくれた物を無碍に断る様なことはしない。
受け取るだけで、桔梗は喜んでくれるのだ。断って悲しませる必要は全く無い。それが複数の女性と同時に付き合うコツだ。
―さて、連絡通路の隔壁は、問題無く開けられるのかな。
一山越えたけど、問題は何も解決していないよね。むしろ、隔壁解放が本番と言えるかな。ここらで落ち着きたいよね。―
「ああ、コーヒーが飲みたいなぁ。」
思わず本音が口から零れてしまう。
「状況が許せば、お出ししますので待っていて下さい。錬太郎様。」
桔梗は助手席から振り返り、ニコリとほほ笑む。
今はその笑顔に癒されておこう。
二二〇三年六月二十一日 一二三四 OSK下層部 旧大阪駅 地下改札口
小和泉達は、西日本リニア跡の旧大阪駅の地下改札口まで撤退に成功していた。
隔壁の解析に一時間以上かかったが、831小隊は敵との遭遇も無く、何事もなく地下改札口に辿り着いていた。
機甲蟲の待ち伏せや月人の追撃に神経をすり減らしていたが、敵は現れなかった。隔壁の閉鎖や施錠などの障害も想定していたのだが、その様な事態は発生しなかった。
「小隊長、旧大阪駅改札口に到着しました。損害はありません。ここまで、抵抗が無いのは不気味です。」
東條寺が鹿賀山へ告げる。
「東條寺少尉の意見に同意だ。敵は何を考えている。意図は何だ。それとも追撃する力が無いのか。」
鹿賀山は、ヘルメットの前面を開けて無精ひげを撫でた。
髭を剃る余裕すらなかったのだが、今の平穏さは信じがたいものがあった。
「月人は継戦能力が低いのかもしれません。先のKYT防衛戦の後は、目立った行動は確認されておりません。戦略ネットワークには、ケーブル敷設部隊との散発的な遭遇戦が報告されているだけです。」
「そうかもしれないが、気は緩められん。最終防衛線があり、そこで待ち構えている可能性を考慮すべきだろう。全隊停止。無音・灯火管制を敷き、精密探査を実施だ。」
「了解。各分隊に通達します。」
東條寺はそう返答すると、小隊無線へと接続した。
「全車停車。無音・灯火管制に入れ。精密探査を実施し、状況を報告せよ。以上。」
「8312了解。」
「8313了解。」
「8314了解。」
各分隊長より返答が入り、四両の装甲車は静かにコンコースに停車し、外部灯の全てが消灯した。
周囲は漆黒に戻る。何も見えない。暗視カメラに切り替わり、全周囲モニターにノイズが走った。
装甲車に取り付けられている外部音用スピーカーが静まりかえる。車内には微かな空調の音と情報端末を操作する音だけになった。
東條寺、舞、愛が情報端末を忙しく操作を始めている。熱源探査や音響探査をいつも以上に丁寧に情報として集めていく。また、停止しているからこそ行える振動探査も実施している。
手が空いている鹿賀山は、機銃のガンカメラを利用した光学探査を行っていた。
機銃を三六〇度回転させるが、廃墟と化した駅設備が延々と情報端末に表示されるだけだ。動体や生物らしきもは映らない。埃にまみれた灰色の廃墟が延々と映し出された。
「各分隊より探査報告受信中。途中経過ですが、警戒の必要性を認めます。」
東條寺は、鹿賀山へ辛そうな視線を送った。その目は帰還ができるのだろうかと訴えかけていた。
「途中経過でも聞こう。先手を取る必要がある。」
「では、報告します。地下ホームより熱源多数確認。人型です。数は二個中隊規模と予測。この場所からは視認できません。索敵部隊を出すことを具申します。」
「月人の防衛隊か。そこで待ち伏せをしていたか。熱源だけで二個中隊ならば、それに反応しない機甲蟲が隠れていてれば、一個大隊の戦力が潜んでいてもおかしくないか。
まずいな。こちらは一個小隊。大隊には太刀打ちできん。機甲蟲の存在を確認したい。その有無だけで今後の作戦が変わる。」
「集めた情報の精査をした方が良いのではないでしょうか。索敵部隊の危険度が計れません。ですが。」
「情報の精査には時間がかかる。」
「はい、その通りです。」
「待っている間に先手を取られたくない。索敵部隊を出す。」
「了解。」
「誰を出すかだが、やはり、実力を考えれば、小和泉の隊か。しかし負担をかけすぎか。」
「そうですね。しかし、8313は三人ですので分隊運用が難しいでしょう。8314は蛇喰少尉の性格を考えると偵察に向いていません。消去法で考えても8312を選択すべきではないでしょうか。」
「よし、8312分隊を索敵に出す。」
「了解。戦術ネットワークに情報共有します。」
東條寺は情報端末を操作し、小隊に作戦内容を共有させた。
「小和泉大尉、応答せよ。」
「はいは~い。小和泉ですよ。」
鹿賀山の拳に力が入り、握っていた機銃の操縦桿が軋む。だが、感情を殺し、何ごとも無いかのように言葉を繋げる。
「索敵に行ってくれ。ホームに二個中隊相当の熱源を感知した。機甲蟲は確認されていない。」
「了解。機甲蟲は確認されていないだけね。」
「そうだ、確認していないだけだ。気を付けろ。」
「では、8312哨戒行動に入ります。」
全周囲モニターに小和泉達が一斉に装甲車から下車し、ホームへ静かに走り去る姿が映る。
しかし、小和泉の姿だけが視認できなかった。黒体塗装が闇の中で効果を発揮していた。
その姿を見送りながら、鹿賀山は呟いた。
「奴には戦闘では頼りっぱなしだな。」
「その分、普段から不都合のもみ消しをされておられるではありませんか。」
「褒められたことではないが、持ちつ持たれつということか。それとも惚れた弱みか。」
「私も似た様なものです。」
「ふっ。馬鹿の相手は大変だな。お互いにな。」
「全くです。」
会話はそこで途切れた。再び、空調と情報端末の操作音だけが車内を占拠した。




